夕凪
目を閉じた世界は酷く静かだった。
『遺書
拝啓、僕の親友様。
きみは小さい頃から幽霊が見えると言っていたね。歩くとき、話すとき、息をするとき、きみの目線はふしぎな場所を、震えながら追っかけるみたいにぎこちなく泳いだ。
ほんとか嘘かなんて聞かないよ。ひとつだけ告白させて下さい。僕はそんな、きみの揺れる目が大好きでした。
いまは夕日の時間です。手紙も、教室も、目の前はぜんぶオレンジ色。今日が終わるって思うと、いつもちょっとほっとしちゃうよね。
きみは素敵だから、いつか学校に行くようになったらみんなきみのことを好きになると思っていた。
だけどみんなは「そう」じゃなかった。みんなにとって学校に幽霊がいることは楽しいことなんかじゃなくて、嘘だって口にしなければ恐ろしくてたまらないものごとだってこと、僕は知らなかった。きっと君はわかってたんだよね。
嘘だ、嘘だ。そう言われてぎゅっと目をつぶるきみを助けられなくてごめんね。それでもきみが目を開けていられるぐらい、いじわるなんてどっかへ消し飛ばしてしまえるような世界を見せてあげられなくてごめん。
気づいたんだ。僕はもう、きみのすごさを分かち合えるだれかじゃなくて、永遠にきみとだけ見つめ合っていければ、それでいいな。
僕の親友様。僕はこれからもずっと、教室のかどっこできみを見ている。
もしきみ以外に見えないなら、僕はそっと透明になって、きみをいじめたやつらの机をひっくり返してやる。だからそのときは、ひらいた目を合わせて笑ってほしいんです。生前だめだめだった僕を、ちょっとでも素敵だなって思ってほしい。
歩くとき、話すとき、息をするとき、きみの姿はかがやいているから。
僕は幽霊を信じる。浮きっぱなしで話をしない、息をしない、それでも世界が終わるまでそこにじっと息づく地縛霊を信じる。
だからどうか、このふがいない心が、明日のきみが正直者だってこのせまい世界に教えてやれる、たったひとつの証明になりますように。
。』
目を開けると、変な方向に頭を曲げた君が微笑んでいた。好きだ。なんてね。