94.王女の輝き②
「さて、トビアス王子。あなたにはお聞きしたいことがありますわ。それに答えて頂いても?」
「な、何だよ? 王女かなんか知らないけど、俺に何を言わせるつもりだよ!」
「あなたはご自分の国をどうしていきたいおつもりかしら?」
「国を? そんなのは父上、陛下が決めることだ。俺には関係ない」
「そうなのね。では、もし陛下があなたに王位を譲ると言ったらどうするのかしら。それでも関係が無いと、つっぱねるおつもりなのかしらね?」
本当は他国の、それも王位のことに関わっていい問題ではないのだけれど、サーク陛下がわたしにお任せしている以上は最後まで面倒を見ないと駄目ね。
「それも父上がお決めになることで……そ、そうですよね?」
「トビアス。わしの言葉はすでに意味を成さない。それも全てお前の一言で決まるのだが、答えてくれるか?」
「――え、どういう」
戸惑うトビアスの前に花嫁候補の女性達が姿を見せ、一人ひとりが王子に向かって声をかける中、物静かな雰囲気の女性がひとり、前に出て訴えかけるように問いかけた。
「わたしのことをお覚えでございますか? わたしはトビアス様を一番にお慕いしてます。あなたと過ごしたあの日々をわたしは忘れたことなどありません。このフィーリアと共に、どうか王女様のお言葉をお聞き入れされて、わたし達の国をお創りくださいませ」
「お前のことなど覚えてない。俺の花嫁候補はセラフィマとシャンタルだけで十分……え、あ……」
「……っ」
他の花嫁候補女性を残したまま、フィーリアと名乗る女性は涙を流しながらその場を後にしてしまった。
「ルヴィニーア! 彼女を追いなさい」
「は!」
「トビアス王子。女の涙は許し難い罪。過去にも、そこのシャンタルとわたくしに涙を流させたカンラートにはわたくしからとてつもない罰を下したわ。あなたにはそれ以上の罪を背負って頂こうかしらね」
「むっ? 罰か。アレは確か……」
「カンラート黙れ」
「す、すまぬ」
「罰? 父上を拘束しときながら俺の動きまで封じておいて、何をするっていうんだよ!」
なかなか頑固な王子だわ。それにサーク様を拘束などしていないし、自由に発言も動きも出来ているのに。よほど周りが見えていないのかしらね。参ったわね。それでもフィーリアと名乗った花嫁候補がいたのは意外だったわね。彼女の雰囲気は、わたしとアスティンのような関係のようにも思えたわ。だとすれば、答えは出ているかしらね。
「トビアス王子、いえ、名も無きトビアス。あなたとそこの元国王陛下サークは、わたくしの配下とします。あなたたちには存分に国のために働いていただくわ」
「な!? 何を言って……父上! コイツの言ってることは嘘ですよね? この国は父上のキヴィサーク国で間違っていないはずです!」
「い、いや……ルフィーナ王女のおっしゃっていることが真実なのだよ。お前が花嫁候補と称して、ルフィーナ王女の近衛騎士たちにわがままし放題だった日々の間に、事は大きく動いていたのだ。せめてお前にはもっと外のことに目を向けて欲しかった。末王子だからといって国を継がせぬわけではなかったのだが、贅沢に味を占め過ぎたお前のことを、放って置いたこともわしの過ちであった」
「で、では、父上の国は……」
「うむ。ルフィーナ王女の支配下となった。すまぬな」
トビアスに頭を下げて謝罪するサーク陛下を見ていながらも、その態度を変えず未だルフィーナを睨み続けるトビアス。ここまで敵に囲まれながらも、王女に歯向かう姿にはその場にいる誰もがため息をついた。
「俺は認めないぞ! たとえ父上がお前を認めても、この国の民たち全てが他国の王女なんかに屈するわけがないはずだ。ここから国民たちの姿が見えるんだ。そこからお前がいかに認められていないかを確かめてやるぞ」
「ふふ……いいわ。よくあなたの目でごらんなさい。あなたはこの国の民たちに支持などされていないことが分かると思うわ」
玉座の間から城下を眺めたトビアス。その目に映り込んだのは、ルフィーナ王女を呼び続ける民たちの声だった。末王子とはいえ、自分の姿を国民にさらけ出しても、誰一人として気に留める者の姿がないことに落胆したトビアス。
「な、何で……何でこんなことになってるんだよ。俺……僕が全て悪かったのか。こんなんじゃ、こんなのを見せられたら僕はこの国にも居場所がないじゃないか。父上、僕のせいで申し訳ありません」
王女の隣に立つサーク陛下には目もくれず、トビアス王子には気付きもしない国民の姿にはさすがに堪えてしまったトビアスは、その場で打ちひしがれ涙を流しながら言葉を失った。それまで強がりを見せていた王子の本当の姿を兵たちの前で現していた。
「それでは、トビアス。あなたには最後の機会を与えますわ。本当にあなたが望む花嫁の名前をこの場で叫ぶのです。そうすれば事態は変わるかもしれなくってよ? さぁ、キヴィサークのトビアス。立ちなさい」
「ぐすっ……あぐっ……僕が望む花嫁? ぼ、僕の好きな人は――」
「トビアス様。その答えを出すまで暫しのお時間と猶予をお与え致します。我が王女ルフィーナ様は、あなたをお許しになっております。よく考えて好意の言葉をお出しなさい。私、マフレナ以下、この場にいる衛兵もあなたの言葉をお待ちします」
はぁぁ……ようやく大人しくなったわ。こんな大掛かりないたずらはもうこりごりだわ。陛下へのわがままといい、国民全てに頭を下げることといい、わがまま王子を元のいい子に戻す為だったとはいえ、面倒すぎたわね。後はフィーリアというトビアスの幼馴染っぽい人とくっつければおしまいね。
「ルフィーナ王女、苦労をかけさせてしまった。だがようやく、わしの国にも希望の光が見えそうだ」
「あら、陛下らしくないお言葉だわ。支配下にするつもりなんて毛頭ないのですけれど、これからもよろしくお付き合い願いたいですわ。その前に、王子の答えを聞かなくては始まらないですわよ」
「うむ。あいつの好きな女性は恐らく――」
わがまま偽アスティンよりも、やっぱりわたしには本物の愛おしいアスティンがいいわ。でもこれでようやくキヴィサーク国の問題は解決しそうだわ。トビアス王子の花嫁はきっとあの彼女に決まっているのですもの。
「ルフィーナ王女。フィーリア様をお連れしました」
「ありがとう、ルヴィニーア。お下がりなさい」
「は」
これで準備万端だわ。王子の想い人を目の前に据えて告白をしてもらえば、万事解決ね。フィーリアという女性は大人しそうで末王子に似合っていそうだもの。是非ともトビアスのわがままを封じて、サーク様の手助けをして行って欲しいものね。
「僕の好きな人は、ルフィーナ。ルフィーナ王女なんだ」
「――え」




