92.ルフィーナ王女とトビアス王子:後編
「むぅ、それにしても玉座に座り続けるというのも心が落ち着かぬものだな。それに、どうしてお前たち以外の兵の姿がここでは見られないのだ? 何か聞いていないか? ハズナ、テリディア」
「カンラート様、お静かに。ヴィア様が泣いてしまいます」
「む。す、すまぬ……自分の娘なのに何故、泣かれてしまうのだろうな。同じ子供としてどう思うのだ? ハズナ」
「黙れ。わたしはお前の騎士じゃない。黙ってそこで座っておけ」
「ぬ……」
「駄目ですよ、子供扱いしては。カンラート様のそういう所が足りないと思います」
「むむむ……騎士団長であるのに、騎士が俺を拒むなど何たること。俺に足りない所とは一体、何なのだ」
ルフィーナに言われたままに、カンラートは見せかけだけの国王陛下として玉座に居続けていた。彼の両脇には、ヴァルキリーであるハズナと、娘をあやすテリディアが護衛として立っていた。この二人以外の兵は玉座の間には近寄ることが無く、カンラートだけが一抹の不安を覚えていた。
「とはいえ、ここから民がいる城下の様子を眺められるのだな。ここの国王は民に近しい存在であられるということがよく分かるぞ。ふ、ルフィーナにもそうであって欲しいものだがな」
「王女さまを愚弄するのか?」
「しておらぬ。何故ハズナは、そうまで王女にこだわるのだ? 何がお前をそこまで……」
「貴様に話すことはない」
「そうか。すまぬな……」
自分の娘には泣かれ、護衛として立つヴァルキリーたちにはぞんざいに扱われ、カンラートはただ黙って座り続けるしか無かった。言葉無き王として、座るだけの役目を遂げるだけだった。
「むっ!? 揃いの足音が向かって来ているようだな。まさか国王を狙う奴等か?」
玉座から腰を上げることすら許されないカンラート。大勢の兵が向かって来ている気配を感じながらも、二人のヴァルキリーはその場を動こうとしなかった。彼の不安は的中し、王のいる場へ見慣れぬ兵たちが列を成して、両側の壁を背に立った。兵士各々は玉座の国王では無く、そこに向かって来る者の姿を待ちかねているように思えた。
「本物の国王のお出ましか? だとすれば俺の役目を終えるか……いや、待て。何故あの騎士は俺に対峙しているのだ?」
整列する兵の間を一人の騎士が剣を手にして、カンラートに対峙している。無防備の国王として座っているカンラートは、思わず護衛の二人に声をあげていた。
「お、おい、俺を守ってくれ! そこに俺……国王を狙う騎士が来ているのだ」
焦るカンラートの言葉に耳を貸さず、彼に向かって来る騎士を黙って見過ごす二人のヴァルキリー。カンラートは諦めの表情で、覚悟を決めて対峙の騎士に言葉を投げかけた。
「何者か知らぬが、残念だったな。俺はここの国王では無い。命を狙うなど、騎士の姿をしただけの賊と同じだ。偽の国王に剣を向けて突っ込んで来るか? それもよかろう。無防備の俺を倒した所で、貴様は英雄になどなり得ぬのだからな」
「……ふふ」
「女の声?」
「覚悟しなさい、カンラート」
「ぬっ、そ、その声……」
身構えるカンラートの正面に、騎士姿の彼女が体当たりをした。しかし、びくともせずに玉座から彼を動かすことが出来ずにいた。その光景には、ヴァルキリーの彼女たちも苦笑いをするしかなかった。
「こ、このこのー! どうして? どうしてびくともしないのよ! カンラートのバカー!」
「……そんな恰好をしてまでお前は俺に何をしようとしていたのだ? ルフィーナ」
「偽国王の役目は終わりなのだから、あなたがそこに座り続ける理由もないわ。だから、どいてってばー!」
「やれやれ、お前、俺と出会った時よりもいたずら過ぎる王女になってしまったのか? 結局、俺の役目は何だったのだ。お前のことだから、単に滑稽な俺を遠くから眺めてみたかっただけなのだろう? その為だけに国王陛下にまで協力をさせて。全く、変わらないにも程がありすぎるではないか。考えが浅すぎるぞ」
「浅はかなのはどっちよ! とにかく、早く玉座から立ち上がりなさい!」
「どうしてだ? そんな似合いもしない騎士になるくらい、余裕があるのではないのか?」
「うーー! 分からずや! 早く、早くどいてってば!」
ルフィーナの姿と分かった途端に、カンラートは安堵した。いつもの口調で、彼女をからかい始めようとした。必至に玉座から動かそうとするルフィーナにも、わざとらしく頑なに動かない姿勢を維持している。
「――今すぐ従わねば、貴様の帰る国は無い」
「う……お、お前……いつからそこに――」
「ずっといたぞ。我が王女と共にな」
玉座に居座り続けるカンラートの喉元には、シャンタルの剣が寸での所で止められていた。夫相手であっても、彼女の目は本気でかかろうとしているようにも見えた。
「わ、分かった。いつもよりも冗談が通じぬではないか。何なのだ、一体……」
「カンラート。今はお兄様と遊んでる場合ではないの。即座に言うことを聞くということも学んで欲しかったわ」
「ぬ……そ、そうか」
「それでは、セラ。あなたはカンラートを別室に連れて行きなさい。そして、3人ともこの場にお連れするのです。よろしくて?」
「は、今すぐに」
「うん? セラか。何事だ? 何故俺の腕を掴む」
「あなたには別の役目が残っております。こちらへ、私と共においで下さいませ」
ルフィーナの態度と妻であるシャンタルの威圧に気付いたカンラート。城を守る近衛騎士たちの普段とは違う雰囲気を察し、素直にセラに付いて行くカンラートだった。
「ようやくだわ。お次は、テリディア。あなたはヴィアをシャンタルに戻して、その足で花嫁候補たちを全員、ここにお連れしなさい。もちろん、民たち数人もよ。さぁ、お行きなさい」
「かしこまりました」
ルフィーナの命じに応じる騎士たちの動きは素早かった。無駄な動きをすることなく、やるべきことを理解して、王女の為に行動を起こしていた。
「では、カンラート様はこちらの部屋で役目を果たしますよう、お願い致します」
「む? うむ……」
カンラートを別室に連れて行ったセラはすぐに部屋を出て、扉の外で待機していた。役目が何なのかを説明せずにいたものの、さすがに気付いてくれるだろうと思っていた。
「ち、父上!? な、何でここに来られたのですか?」
「父上だと? いつおれがそなたを……あ、いや、お前こそ何故ここにおるのだ? 部屋にいたのではないのか?」
「お、お忘れですか? この日は僕の晴れの日ではございませぬか。なのに、何故陛下たる父上が斯様な部屋にいるのです?」
「お、おぉ……そ、そうであったな。いや、なに、お前の晴れ姿を見ようと探していたのだ」
「父上? 気のせいか、いつもと違うように見えますが、父上でございますか?」
「そ、そうか? いつもと変わらぬと思うが……」
焦るカンラートに様子のおかしい父親を疑いの目で見つめるトビアス王子。このままでは、いずれ偽であることを分かられてしまう。それならいっそのこと、正直に話そう。そう思ったカンラートが声を出しかけた時だった。
「それはわしではない。そこにいる男はとある国の騎士であるぞ。トビアス王子は自分の父親ですら見抜けないほど、節穴だらけとなってしまったのか?」
「お、お前は、カンラートだな? ルフィーナの兄の分際で俺に何て口を利くんだ! 衛兵! 衛兵はいないのか? この男をつまみ出せ! くそっ、誰もいないのか」
「カンラートは俺のほうなのだが……」
「何を仰るのです! あなたは俺の父上にして陛下ではございませぬか」
「ふ、なるほど……人の、いや親の顔すらまともに見られないほど、周りに何が起きて起こっているのかさえも、判断がつかぬ愚か者となっていたか。情けないことだ」
「な、なにっ!? ルフィーナの兄とやらは……俺にどこまでも失礼を……え? ち、父上? で、では、僕の部屋にいたのは父上――」
「うむ。お前の全てを見させてもらったぞ。お前という息子がよく分かってしまったぞ」
「――え」
「分かった所で、そろそろ参ろうか。なぁ、カンラート殿」
「そ、そうですな。陛下は全て、お見通しなのでございますか?」
「うむ。そなたの王女の思い通りであるな。そなたの王女はそなたたちにとっても誇りなのであろう?」
「さ、さようにござりまするが、恐れ入ります」
「え? え? あ、あの……父上と、カンラート。ど、どういう?」
「知りたいか? では共に参ろうぞ。わしとお前、そしてカンラート殿と共にな」
国王陛下と思っていた男は本物のカンラートで、カンラートとしてぞんざいに扱っていた男が父親だったことに戸惑いを隠せないまま、トビアス王子は言われるがまま部屋を出るしかなかった。
「カンラート様、そしてサーク国王陛下。それとトビアス王子。どうぞ、こちらへお進みください」
「お、お前、セラフィマか? その恰好、ドレスを脱いで騎士などと、どういうつもりだ。ルフィーナはどこだ? あいつ、こんな下らないことをしてタダで済まさないぞ」
「ルフィーナ様は、この先にてお待ちでございます。後はあなた様ご自身でお確かめくださいますよう」
「セラフィマ殿、愚息の無礼をお詫び致す。そして、こやつには真実を見せつけるのが最善の仕置きとなりましょうな」
「いえ、ですが、全てはあの方の遊び心ですから。上手く行ってくれることを、我らは祈るだけです」
キヴィサーク国王までを巻き込んだわたしのいたずら計画。全てはわがまま王子を可愛い王子に戻すためだけのこと。どんな顔をして、どんなカタチで受け止めてくれるのか楽しみでしかないわ。うふふっ。




