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90.ルフィーナ王女とトビアス王子:前編

「ええ、そういうことですわ。お兄様もそのつもりで、偽国王を演じきって頂戴ね」


「むむむ……こ、この為だけに俺はお前に呼ばれたというのか?」


「それ以外に何かあったかしらね?」


「うぐぐ、し、しかし。俺はルフィーナ王女には逆らわぬと決めたのだ。素直に従うとしよう。それはいいが、まさかお前自らが表舞台に立とうとするとは驚いたぞ。それもあいつに対するなどと……何があっても俺は助けぬぞ。俺は玉座に座り続ける国王なのだからな」


「助けなんていらないわ。それに、カンラートはずっと玉座に座り続けることは不可能なの。だって、国王は民たちに手を振り続けるのが役目ですもの。そうでしょう?」


「そ、そうであったな。では、玉座には誰を座らせるのだ? 本物の国王か?」


「うふふっ、それは見てのお楽しみね」


 わたしとセラがキヴィサーク国で足止めをされてから早、数か月が経とうとしていた。従士の報せによれば、アスティンや他の騎士たちはすでに、王国の王女と出会い、約束を果たしたとかでジュルツに戻っているとの事だった。それでも、アスティンと再会する場所は決まっていて、後はわたしだけの問題が済めばいいだけになっている。


「王女さま。もしもの時、守ります」


「心配してくれてありがとう、ハズナ。でも、大丈夫よ。少なくとも有利なのはわたしの方なの。たとえ、力で負けたとしても、それでも平気なの」


「分かりました」


 この戦いは、負けてしまうのは分かりきっているわ。どう考えても敵うはずがないもの。


「い、いよいよ明日だ。い、いいか、セラとシャンタルは俺の両隣を歩け……歩いて下さい。マフレナとルヴィニーアは、後ろを付いて来るだけでいいからな! 俺の花嫁候補になったってことだけでもすごいことなんだぞ。あんなルフィーナなんかが候補じゃなくて良かったって思えるくらい、お前たちは輝いているんだ。これは自信を持っていいぞ」


 すっかりといい気になりすぎたトビアス王子は、最強の花嫁候補たちを引き連れて、城へ入城する日を待ちわびていた。末王子が城へ花嫁候補と入ることは、すなわち国王陛下に絶大な支持を得られる証となり、ゆくゆくは、国を背負う立場と成り得ることを意味していたからだった。


「偽アスティンのわがままが終えるのも後わずか。ふ……我が王女の企みが上手く行くといいが」


「シャンタルとセラ。お前たちには一切の武器とその類は持たせられないぞ。抵抗の為に隠し持っていることくらいお見通しなんだからな。花嫁候補が戦おうとする方がどうかしてるんだ。明日はドレスだけだから、侍女たちに綺麗にしてもらっといてくれよな」


「恐れながら、それではいざという時にわたくしたちが王子をお守りすることが出来ません。それでもよろしいですか?」


「セラは騎士だったからそういうことを言うのは分かるけど、城には衛兵が沢山いるんだ。晴れの日に、俺を狙う輩なんて現れるわけがないだろ。俺だって多少の心得はあるんだ。とにかく、心配しなくていい」


「分かりました。わたくし、セラフィマはシャンタルと共に、トビアス王子のお傍にて付き添いを致しますことを誓います」


 事の詳細を聞かされているセラとマフレナ、ルヴィニーアは大人しく従うことを決めた。シャンタルは、ルフィーナが何かを企んでいることは知っているものの、何をするかは知らずにいた。それだけに、セラの思惑通り、自分たちの武器を外させたことはルフィーナにとっていい方に来ていると確信に満ちていた。


「トビアス王子。俺も式に参加していいのか? ルフィーナの兄ということで煙たがっていたようだが」


「……ん? 別にいい。肝心のルフィーナがどこかに行ってしまったみたいだからな。そういう意味じゃ、兄が一人いたところで何も変わらない」


「ふむ、そうか。では、トビアスの心得とやらを確かめさせて頂くとしよう。お前の心の強さをこの目で見極めさせてもらうぞ」


「何だ? 何でそんな偉そうなんだ。全く、ルフィーナの兄ってのも変な奴なんだな」


 偽カンラートでもある、サーク国王は末王子の改心と、王子としての自覚を持てるかどうかを確かめたかった。その為に一芝居を打ち、全ての国民と城をルフィーナ王女に託すことを決めたのだった。



 翌日、花嫁候補を横と前後に付き添わせながら、トビアス王子は自室から城へ向かって歩き始めていた。多少の違和感を感じながら、国王がいる城へ足を進ませた。


「うん? セラ、何か様子がおかしくないか?」


「いいえ、わたくしにはそう思えませんが」


 見慣れた光景のはずの城下町と、お城へ続く道がおかしいと感じていたトビアス。国民がこぞって自分を祝福する為に立ち並んでいると思っていたのに、至っていつもと変わらぬ様子に首を傾げるしかなかった。そして何よりも、普段から自分を必死に守るための衛兵が一人として付いていないことに不安を覚えていた。


「シャンタルとセラ……い、いざという時は、騎士として俺を守れ」


「それは無理だ」


「な、何でだ!?」


「王子が言っていたことに背くわけがないだろう? 私とセラは武器はおろか、攻撃する手段を持ち得ていない。もちろん、マフレナとルヴィニーアも同様だ。王子が言ったではないか。晴れの日に危険が及ぶことはあり得ないと」


「そ、そうだったな。ま、まぁ、城へ着けば分かることだろ。父が、国王がいる所が危険なはずがないのだからな」


「そう願う」


 そうして、トビアス王子と花嫁候補のシャンタルたちは、城の手前に位置する庭に着いたところで、明らかな異変に気付くしかなかった。


「な、何だ? この庭は違う……まるで別の国の造りに見えるぞ。ど、どうして」


 いつもと違う庭の景色に思わず、首を何度も動かして動揺を隠しきれないトビアスの元に、見慣れぬ国の鎧を着た兵士たちが、彼とシャンタルたちを取り囲んだ。


「セラ、これは敵国の仕業か?」


「……どうだろうな、今はとりあえず従うしかないんじゃないか?」


「くっ……こんな、こんなことが起こるなんて。だから民たちの姿も見えなかったというのか?」


「トビアス王子と、付き添いし者たち。我らに従って、城の中へ進め」


 ヴァルキリーでもあるシャンタルでも、武器を持たずにドレス姿のままで、下手に逆らうことは避けていた。城に行けば分かることであるし、状況はそこで一変させられると踏んでいた。


 手足の自由を封じられたトビアス王子とシャンタルたちが城内に進んだその時、見慣れぬ鎧を身に纏った一人の騎士が王子目がけて、剣を振りかざした。咄嗟のことだったものの、王子の傍にいたシャンタルが身を挺して、騎士の前に立ち塞がった。


「何者か知らぬが、王子に剣をかざす輩をみすみす見逃すわけには行かぬ。武器などなくとも、我が貴様の相手をしてやる」


 見慣れぬ騎士の挑発に乗ったシャンタルの動きと同時に、王子とセラたちは兵士たちによって拘束を余儀なくされていた。


「くっ、くそ……何でこんな日に」


 成す術の無いトビアス王子だけが別室に連れて行かれたものの、セラたちはすぐに拘束を解かれ、シャンタルと、不明の騎士の成り行きを見守っていた。


「貴様、鎧で顔を隠したままで声も出さぬというのか? それとも武器を持たぬ我では相手にもしないというのか? 答えろ! 貴様は何者だ」


 こ、これは本気にさせてしまったのかしら。で、でも、武器を持っていないし盾も剣も手にしているわたしの方が有利よね。これはもう突っ込むしかないわ。


 どう考えても敵うはずのないシャンタルに向かって、なりふり構わず盾を前面に押し出しながら突っ込んだルフィーナ。


「ふっ、剣は紛い物か。だとすれば、その盾だけが貴様の武器だということか」


「やぁぁぁぁぁ!!」


「……甘い」


 あっという間だった。盾は手元から弾かれ、床に落ちた音だけが空しく響き渡っていた。


「そんな程度で王子を狙うなどと、おかしなことだ。その盾を破壊して、貴様の面を拝ませて頂くとしようか」


 床に落とした盾を拾い上げ、そのまま破壊しようとしたシャンタルは目を疑ってしまった。あるはずのない盾が、今この場にあるということに。


「何故、これがここにある? 貴様、まさか……アスティンか? それにしては弱すぎたが……」


「シャンタル。待て、ちょっと待ってくれ」


「ん? セラ? 何故お前がそこにいる。いや、ルヴィニーアとマフレナも何故自由に動けている? 一体どういう――っ!?」


 一瞬の気の緩みに気を取られたシャンタルは、知らぬ間に天井の壁を眺めていた。それでも、咄嗟に受け身を取っていたので痛みこそあまり感じなかった。


「な、何!? まさか、この技……」


「ふふん、お姉さまに勝てたわ! やったわー! あの時とはまるで逆の光景だわ」


「――なるほど、やはりお前か。我が愛しの王女、ルフィーナ」

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