89.ルフィーナジュルツ王女の微笑み
「シャンタル! ルフィーナはどこにいる……いますか?」
「……さぁな。そこで間抜けに立っているカンラートに聞いてみてはどうだ?」
「そ、そうですよね。ごめんなさい! ってことだから、カンラート。妹のルフィーナはどこにいる?」
「そ、そうだな。彼女のことだから庭にいるのではなかろうか。トビアスが自分で探しに行けばいいのではないか?」
「随分と生意気な口の聞き方をするんだな。ルフィーナの兄だからそうなのか? それともルフィーナの家族は全員、無礼な連中ばかりなのか」
「……それは我も含まれているとでも?」
「あ、い、いえ……シャンタルだけは違いますよ!」
「ふん」
「そこのカンラート! 庭にいるんだな? ちょっと様子を見に行ってくるから、お前は彼女たちをなだめておけよ? じゃあ俺は少しだけ離れるぞ!」
「うむ。存分にな」
「何かやりにくい相手だな」
カンラートと呼ばれている彼の言葉に首を傾げながら、トビアス王子はルフィーナを探すために部屋から出て行くことにした。同時に、シャンタルの怖さを知って戸惑いを隠せずにいた。
「さて、偽のカンラート。いや、国王陛下なのだろう? 本物のアレはどこにいる? ルフィーナは何をしているのか教えてくれないか?」
シャンタルの言葉に、セラとマフレナは驚いた。確かに目の前にいるのはカンラートだったことを疑わなかったというのに、シャンタルだけはすぐに気付いていたということに。
「さすがはジュルツ最強のヴァルキリーであるな。察しの通り、わしはキヴィサーク国王のサークだ。此度のことはルフィーナ王女に頼まれたことにある。そなたの夫君であるカンラート殿は、わしの代わりに城にいて衛兵に守られておる。彼の身の安全は保障しよう」
「……なるほど、やはりルフィーナが仕掛けたいたずらか。そしてアレが偽の国王だと? 見せかけだけで国民を騙しているのか。それをあなたは認めておられるとでも言うのか?」
「うむ。これは王女の企みによるものだ。故に、わしを含め全ての国民をも巻き込んでおる。何も知らぬのは末王子のトビアスだけだ。そなたたちに苦汁の日々を送らせていることは、わしの不徳の致すことでもあるが、全てはトビアスを改心させようとする王女の思いだということを理解してくれぬか?」
「――よく分かった。では、失礼ではあるがサーク殿のことはカンラートとして、相手をさせて頂く。多少の痛みも伴おうが……よろしいか?」
「ふむ……ヴァルキリーの夫も中々に大変なのだろうな」
サーク国王は思わず、自分に成り代わったカンラートを同情してしまった。シャンタルの厳しさを目の当たりにしたからこそ、そうした思いが浮かんでしまった。ヴァルキリーの夫は大変なのだと。
「話に割り込ませて頂きますが、ルフィーナ様はもしかして落とし穴をあちこちに作っているのでしょうか? 王女のいたずらといえば、お庭の落とし穴が有名ですので……」
「それはあたしも思った! 姫さんが庭にいることが多いって聞いて、もしかしたらって思ってる。あなたは国王陛下だ。それなのに、姫さんのやることを全面的に許されておいでなのか? 庭に穴を作られても平気なのですか」
「ルフィーナ王女が庭でタリズと何かをしているのは承知しておる。だが、落とし穴を作っていることは聞いてはおらぬ。もしそうであれば後が大変になるだろうな……はっはっは!」
国王陛下の度量の広さにセラとマフレナ、ルヴィニーアは呆気に取られていた。国王陛下が全てを許されるほど、自分たちの王女はすごい方なのだと彼女たちは各々で、惚れ直していた。
「……ふふ、いたずら王女も少しは成長したということか。国王と民と、我らをも巻き込むとはな。いいだろう、王女の企みが上手く行くように我らも王子に従うとするか」
お姉さまたちとサーク様が協力し合おうとしていた時、わたしとタリズは最終的なやり取りの為にお庭で立ち話をしていた。トビアス王子の言いつけを守りながら、少しずつお庭の草木たちに細工をしていたわたしとタリズ。お城の手前に位置するお庭から変えて行くことこそが、わたしの企みの一つだった。
「ルフィーナ! 何なんだ、あの兄は! お前といい、兄といい……家族揃って態度が悪すぎるだろ」
「あら、それはお姉さまたちも含まれるのかしら?」
「いや、シャンタルとセラはそうじゃない。特にシャンタルには逆らってはいけない気がするんだ」
「ふふん、王子もお姉さまの魅力には敵わなかったのね。それに、わたしの兄さまであるカンラートは、あなたのことをとても気遣っていると思うわ。見た目と態度で決めつけない方が身のためよ」
「と、とにかく、お前は黙って庭の手入れを……ん? 何かおかしい気が……」
「トビアス様。お庭の草木というものは日々、変わるものでございまする。毎日のように手入れをされているルフィーナ様だからこそ、変化しているということでございましょう。そ、それよりもお早くお部屋にお戻りなされては? 花嫁候補の女性達の機嫌を損ねられては困ることでしょう」
「そ、そうだな。と、とにかくルフィーナは、タリズの言うことを聞いて庭と城の掃除もして綺麗にしとけよ? そうしないと俺の晴れの日に、汚いままの庭や城を民たちに見せることになるんだからな!」
「ふふっ、抜かりはないわ。トビアス王子が誰を選ぶのか、楽しみにさせて頂くわ」
普段はずっと自分の部屋にいて、セラやシャンタルばかり見ていて気付かないとばかり思っていたけれど、案外抜け目のない王子だったわ。お庭の変化に気付くだなんて、やはり油断してはいけないことね。
「ではルフィーナ様。わたくしはあなたさま向けの鎧を作って参ります。シャンタル様の鎧はカンラート様にでもお返ししておきますぞ」
「お願いするわ」
さてと、これで手筈は整えたわ。後はヴァルティアお姉さまへの対処かしらね。それともセラになるのかしら。マフレナとルヴィニーアには理由を話しておくとして、セラは事前でも応じてくれるはずだわ。やはりお姉さまが、わたしにとっては最大の敵となるかしらね。そうなると、ハズナとテリディアにも伝えておかなければ厳しいかもしれないわ。
トビアス末王子には散々な目に遭わされたわたしは、国王陛下と城の者たち全てと、国民全てにジュルツの王女ということを正直に明かし、民たちにも頭を下げ続けた。わたしとしては、外の国に来てまで戦を仕掛けるつもりなど無くて、お庭全てに落とし穴を掘りまくっていたずらを仕掛けるつもりだった。
ところが、ヴァルティアお姉さまたちがアルヴォネン様と入れ替わりに来たことを機に、大袈裟すぎるいたずらを仕掛けようと考えてしまった。話の分かる国王陛下と、かつてジュルツにいたタリズの協力を得られて、今回の計画が動き出した。これが成功すれば、きっと末王子の傍若無人なわがままは消え去ってくれるはずだから。
「ルフィーナ様、城へおいで下さいませ。カンラー……国王陛下がお呼びでございます」
「テリディア。ヴィアは健やかかしら?」
「ええ、幸いにしてわたくしはお城でシャンタル様の傍におりましたので、ヴィア様はわたくしには笑顔を見せて下さいます」
「そう、それは良かったわ。うふふ……待ち遠しいわね」
「ルフィーナ様?」
「ふふっ、城へ入ってからテリディアとハズナにも話をするわ」
「かしこまりました。どんなことかは分かりかねますが、ルフィーナ様の微笑みは、わたくしも他の者たちも幸せになることと思います。みな、あなたの笑顔を待ち望んでおります」
「ありがとう、テリディア」
後はカンラートを何としても我慢させることだけね。フフフッ……これで、キヴィサーク国の長い日々を終えることが出来そうだわ。あなたに再会出来る日が近づいているわ。わたしのアスティン――




