81.アスティンの寄り道③
「いやー何か随分と久しぶりな気がするぜ! 帰って来ると落ち着くって感じだな」
「うふふっ、ハヴィってば可愛い。それにしてもジュルツに来たのは何年ぶりなのかな」
数年経ったわけでもないのに、確かに見慣れた光景には落ち着きを感じさせられた。行き交う人の流れであったり、挨拶し合う城下町の風景だったり。ここが僕の故郷なんだな。
「え? レナータはここに来たことがあるの?」
「うん! わたしとラルディがまだ13くらいの時に来たことがあるの。そこで彼に出会ったんだよ。あ! アスティンも実は見たことあるよ」
「えっ? そ、それはどこで……」
「綺麗な人を必死になって泣きながら追いかけているアスティン。可愛かったよ! 可愛い子と騎士さまも見かけたけれど、あれがアスティンの彼女だったのかな?」
13の時と言えば……シャンタルが僕の指導役になった時だ。そして同時にルフィーナがカンラートと旅立ちをした時か。そんな時からハヴェルと出会っていたなんて、それじゃあ分からないよね。
「全く、あんときは驚いたぜ。双子の嬢ちゃん達の強引さにはよ。まぁ、あれがあったからこそ今があるってのも事実ではあるがな」
「うん、ハヴィに出会えて嬉しかったよ! 優しくて撫でられて……好き」
ハヴェルがこんなにも想われているだなんて何だか羨ましいな。でも分かる気がする。それだけハヴェルは優しくて、裏がない人だったから。
「楽しい話の所すまないが、城への謁見をしたい。アスティン、案内してくれないか?」
「あ、そ、そうだった。それじゃあ、アリーとレナータ。それとハヴェルとルプルも僕に付いて来てください」
「アスティンさん、あのっ……」
「ルプル? どうしたの?」
「み、見習い騎士のわたしなんかがお城の中に入っていいのでしょうか?」
「気にしないでも大丈夫だよ。それにルプルは僕たちに同行した騎士なんだ。臆することなんてないんだよ。もっと自信を持っていいからね!」
「あ、ありがとうございます! アスティンさん。アスティンさんにずっと付いて行きます!」
「あはは……そんな大げさな」
それにしてもジュルツ城にはシャンティ……じゃなくて、カンラートがいるはずなんだよな。こんな途中で帰ることになるなんて思わなかったけど、またすぐに行くから文句は言われないよね。
ジュルツ城――
「ご報告申し上げます。ただ今、副団長アスティン以下、騎士と騎士見習いそして、王国の王女さまが参られましてございまする」
「副団長……? では片付いたのか。ふ、まぁよい。中へ通すがよい」
「ははーっ!」
「し、失礼致します! アスティン・ラケンリース、ハヴェル・ヴィジュズ、ルプル・ネシエル。戻りましてございまする」
「頭を上げよ、アスティン」
「へっ? と、父さま!? 何故ここに……ではなく、カンラート団長はおられないのですか? それと、シャンタルも」
まさかとは思ったけど、城の警備とか兵の雰囲気に緊張が走っていたからもしかしたらとは思っていたけど、父さまが戻っていたなんて。それじゃあ、やっぱりカンラートはルフィーナの所に向かったのかな。
「アスくん。お帰りなさい」
「お、お母さん!? え、何で……」
「我とロヴィーサが、カンラートとシャンタルの代理を務めているのだよ。察しの通り彼らは王女の命じで、かの国にいる。特にカンラートは、重要な役目があるのでな。彼らに代わって我が、城の守りに当たっているのだ。久しいな、アスティン」
「そ、そうだったんですね」
「ふふふっ、また成長をしたようね」
「は、はい」
父さまだけでも驚いたのに、まさか城にお母さんまでもがいるだなんて何だか何とも言えないなぁ。
「して、後ろの者たちは?」
「レイバキア以来でございます。わたくしめは、アリー・スニアでございます。此度の同行につきましては、アスティン直々の声掛けに応じたものにございまする」
「ほぅ?」
「アスくん……? どういうことかしら?」
「え、えっと、レイバキアで剣の試合と、剣術を教わったことに感銘を受けまして、我が国の騎士にもお教え頂きたく思いまして、声を掛けたのでございます。決して邪な思いではありません……」
「ふ、そうか。ならば、歓迎しよう。アリーは我が国の賓客として扱うがよいか?」
「いえ、我も騎士のはしくれ。その様な扱いなど無用でございます。ジュルツの騎士同様に扱って頂いて構いませぬ」
「分かった。では、そなたは我が家にて寝泊まりをして頂こう。宿舎などでは失礼に当たるのでな」
「は。お気遣いいただきありがとうございます」
「えっ? い、家ですか?」
「あら? アスくん。何か?」
「ひっ! な、なんでもないです」
僕の家で寝泊まりだなんてそんなの……で、でも、僕はすぐにミストゥーニに向かうから問題は無いよね。
「見習い騎士ルプルよ。アスティンの部下とはいえ、よくぞ無事に戻った。具合はどうだ?」
「は、はい。かすり傷でしたので、今は何ともありません。わ、わたしの方こそ、見習いでありながらお連れして頂いて、感謝でしかありません」
「うむ。ルプルもよく休むがよい」
「はい」
アリーとルプルはジュルツの案内と他の者に紹介をするとかで、退出していった。この場に残されたのは僕と、ハヴェルとレナータだけになった。もう王女ではないけど、父さまもお母さんも緊張しているのか顔つきが変わった気がする。
「ハヴェルよ、紹介してくれぬか?」
「は……」
「騎士団長アルヴォネン様ですね? わたくしはマジェンサーヌ王国のレナータでございます。ですけれど、わたくしはすでに王女ではありません。わたくしの望みはここにいる、ハヴェルの傍に付き添いたいだけです。それ故に、騎士ハヴェルにつきましてもお願いがあって参りました」
「王国のレナータ様が騎士ハヴェルと?」
「お、恐れながら……さようにございます」
な、何だか緊迫してるような気がする。いつものハヴェルじゃないし、父さまも威圧の様なものが感じられるし、僕がここにいていいのだろうか。
「横から失礼するわね。わたくしはロヴィーサ・ラケンリース。アスティンの母そして、アルヴォネンの妻になりますわ。あなた、レナータ様は王女を捨ててそこの騎士と添い遂げるつもりで参られたのかしら?」
「はい。わたくしはたとえ、王国に戻ることが出来なくなろうともハヴェルと共に生きていきたいのです」
「……そう。それがあなたの想いですのね」
「では此度の帰還はハヴェルとレナータ様のことによるものか? どうなのだ、アスティン」
「えっ? あ、は、はい」
急に僕に言って来られても何も言えないよ。父さまもお母さんも何を考えているんだろうか。
「騎士を捨て、王女を捨てて……か。ふっ、それもまた人生。我ごときが下せることではないな」
「そ、それでは……?」
「よくぞ参られた。王国のレナータ様。では、王国はラルディ王女と騎士イグナーツが治めているのか?」
「はい、そうです。あ、あの、アルヴォネン団長様。わたくしとハヴェルのことはお許しいただけるのですか?」
「いや、許すも何も我では反対も賛成も出来ぬのでな。それに、我はすでに団長では無い。そなたらのことについては、アスティンの王であるルフィーナ王女に委ねて頂くしかないのだよ。だが、その覚悟をお持ちであるならば、ルフィーナ王女は必ずやそなたらをお許しいただくであろう」
「あ、ありがとうございます! そ、それではわたくしとハヴェルは、ルフィーナ王女様にお会いしたく存じます。王女様はどちらにおいでなのでしょうか?」
「ふ、それについてはそこのアスティンに聞くがよい。近しい息子であれば、聞きやすかろう」
「えっ? あ、わ、分かりました」
やはり僕になるのか。ルフィーナならすぐに認めると思うんだけどな。
「では、アルヴォネン様。わたくしとハヴェルは、すぐにでも……」
「いや、そう急くこともなかろう。数日はここジュルツにて体を休め、その後に報せが入り次第、再びミストゥーニへ戻られるがよかろう。そういうことだ。アスティン、お前も我が家で休め」
「いや、でも……ルフィーナを迎える必要が」
「――アスくん」
「ひいっ!? わ、分かりました」
よく分からないけど、ルフィーナの方はすぐには片付かないということなのだろうか。そうでなければ、カンラートとシャンタルもすぐには戻って来られないってことになるんだよね。とにかく、家に帰って来たことだし少しはゆっくりできるのかもしれない。早く会いたいけどきっと彼女も頑張っているはずなんだ。




