8.ルフィーナとシャンタル:前編
カンラートは、かつてわたしが姫だった時にお父様に言われ、外交と言う名の旅に出る時に一緒に傍に付いてくれた騎士様。彼は、アスティンと離れ離れになったわたしを優しく諭し、優しい笑顔で接してくれた人。
旅の途中で、他国の外交を拒絶して他国の騎士と姫ですら、手酷いことをした国があった。わたしは人生で初の牢屋行き。カンラートは重傷を負わされた。その時、互いに愛しさを募り、心の中で想い合った。そのことは忘れようとしても忘れられない思い出。
婚約者と何年も離れていたのはわたしだけじゃなく、カンラートもまた婚約をしていたヴァルキリーと数年以上も会っていないみたいだった。わたしとアスティンのように彼も想いあっている女性の為にわたしを必死に護り、支えてくれていた。
時は過ぎ、わたしはアスティンよりも先に帰国した際にカンラートの想い人であるシャンタルと改めて出会う。お父様に言われ、仮の王女となったその時……カンラートとシャンタルの口付けを目にした。信じたくなかった。わたしにもアスティンという幼き頃からの想い人がいるにも関わらず、わたしはずっと傍に仕えてくれた騎士カンラートのことが好きになっていたという事実を。
涙を流し、気持ちを切り替えて即位するその時まで、カンラートとシャンタルとの行く末を何とも言えない想いで眺めていた。やがてアスティンとも再会したわたしは晴れて、彼と婚姻を果たした。嘘でも無ければ、嫌いでもない。わたしはアスティンを愛している。ずっと、ずっと……それでも、騎士カンラート様への内なる想いを消し去ることは出来なかった。
シャンタルとの子を授かったカンラート。それでも、わたしへの接し方は以前と変わらない。それがとても、嬉しくてそして寂しくて……わたしは、怪我で動けないアスティンの傍を離れ、ひとりでかつての想い人のことを思い出しながら、ため息をつく日々を過ごすようになっていた。
そして――
「ルフィーナ! お前には、愛するアスティンがいるだろう? 何故、傍にいてやらない? そんなにアレのことがまだ忘れられないとでも言うのか! 忘れろとは言わぬ。我、ヴァルキリーシャンタルは、ルフィーナとの決闘を望む! ルフィーナ、お前の想いを我にぶつけてみろ」
「あなたと戦えば、カンラートのことを忘れられるのかもしれないわ……いいわ、戦う」
子を授かり、ずっと城の中で子守をしていたシャンタルが、わたしにヴァルキリーとしての敵意を向けて来ている。今まで彼女が、わたしに対して攻撃する心を向けてくることは一度も無く、常にわたしに忠誠を誓い、笑顔だけを与えて来た彼女。それが今は、まるで別人のようにわたしを睨み、戦いを促している。
「ルフィーナは、我にとって常に心のお強い御方としての存在だった。それは我とアレが共になり、子を授かり、戦わなくなってからも変わらずにだ。それがどうしたことだ? 何故、アレとの想い出に浸っていつまでも弱さをさらけ出している? お前はそうじゃないはずだ!」
ヴァルキリーの彼女がわたしに本気で向かって来れば、すぐに怪我では済まされないほどの実力差があるのは明らかだった。だから、わたしは剣や弓を手にするのではなく、体術で彼女に対している。
シャンタルも武器は手にしていないまま、ただひたすらにわたしを真っ直ぐに見据えている。これはきっと、心の戦いなんだ。自分を弱くしたわたし自身の心を正すために、シャンタルはわたしに勝負を挑んできたんだ。
「わたしは常に強い者よ! それでも、あなたもそうであったように、離れ離れになればなるほど、近くの人に心を預けるようになっていたわ。それは決して、偽りではないわ! そうでなくて? シャンタル!」
「ならば、我にかかって来い! お前の想いを我が投げ飛ばしてやろう」
真に心も力も強いのはシャンタル、あなたよ。わたしはきっと、最初から弱い心を誤魔化してきたに過ぎないのだわ。愛するアスティン、どうかわたしを許して――カンラート、わたしを忘れて――