76.プリンセッサと繁栄と
「アスティン。僕は君にひどいことをし続けてしまった。何度謝っても謝りきれない」
「イグナーツお兄ちゃんにそんな事された覚えは……あ――」
「君の前からずっと姿を消してしまったことが僕の罪だ。そして、ラルディの手助けをして君を苦しめてしまったことだよ」
「で、でもそれは、戦地に行ったからであって、それにラルディの時はまだ記憶を失っていたよね?」
「いや、それは言い訳に過ぎないんだ。僕は幼い君を長い間、ずっと悲しませた。だから僕はジュルツに帰ることは出来ない。もちろんそれだけじゃない理由が僕にはあるけど、アスティンの傍にいられないんだ。ごめん」
僕の兄騎士カンラート、ハヴェル、ドゥシャン……そして、イグナーツ。僕が騎士になろうとしたきっかけの兄。彼が謝っていることはもう許している。それどころか、彼が自分の道を決めてくれたことに嬉しさを感じていた。それなのに、僕に謝り続けている。これでは祝いをするどころか、重荷さえ背負わせているような、そんな気がした。
「イグナーツお兄ちゃん……じゃあ、僕からお兄ちゃんにお願いをしたいんだ。それを聞いてくれるなら、僕は全てを許したい」
「うん、何でも聞くよ。アスティンの為なら」
「イグナーツは、この王国でラルディ王女の傍に居続けて欲しいんだ。彼女の騎士として、王国の騎士として守り続けて欲しいんだ。そうすればきっと、王国は繁栄をし続けるはずだから」
「ア、アスティン……それでいいのかい? そんなことで僕の罪が……」
「それと、僕の前でラルディ王女に誓いの言葉をかけて欲しい」
「えっ?」
ふと周りを見ると、彼の言葉を待つラルディだけじゃなくて、レナータ王女とハヴェル……それに王国の民たちも僕たちに注目をしていた。ラルディの返事が、王国としての運命が決まるとでも言うかのように。
「そっか、それなら言うよ。キミの為、ラルディの為に……」
「あら、イグナーツ。何かしら?」
イグナーツから声をかけられるのを待っていたにもかかわらず、彼を見つめながら言葉を待つラルディ。
「ラルディ。僕と……いや、僕の半分のオレンジになってくれないかな?」
「――っ!」
「な、なんだぁ? オレンジ~? イグナーツの奴、何言ってやがんだ?」
「ダ、ダメ、ハヴィ。少し黙ってて!」
「お、おぉ……」
「イグナーツ。わたしの騎士様……喜んでお受けしますわ。あなたの人生の伴侶として、お受け致します」
「うん、よろしくね。僕のラルディ」
ラルディの返事と共に、王国の民たちは喜びを露わにした。その言葉は王国の繁栄が約束されたものであったから。
「……お? 何か上手く行ったみたいだな。で、レニィ。あれはどういうことだ?」
「Media naranja……半分のオレンジ。それの意味は人生の伴侶になって欲しい。その言葉を彼なりに付け加えてラルディに言ったの。いいなぁ」
「へ、へぇ……」
「じー……」
「ま、まぁ、そのうちな」
「うん、期待してる」
イグナーツとラルディ。良かった。僕の兄騎士もようやく幸せになれるんだ。これで僕も彼も、悲しい過去のことを忘れることが出来るんだ。
「レナータ。お前も、決めたことを妹に伝える時だ。そして、王女じゃなくなっても俺と来てくれるというのなら、ここで俺に誓えるか?」
「はい、わたしの運命はハヴェルさまと共にあります」
喜びを見せているラルディ王女と、騎士イグナーツの元にレナータ王女が近づく姿を、僕は黙って見ていた。ハヴェルは僕の肩に手を置きながら、いつになく真剣な表情でもう一人の王女を見守っていた。
「アスティン、お前にも教えとくぜ。俺とあいつのこれからってやつをな!」
「へ? あ、う、うん」
双子王女の恋。妹のラルディは人生の伴侶を得て、幸せを掴めた。残る姉のレナータ王女はどうなるんだろうか。僕は兄ハヴェルと共に、レナータ王女の言葉に固唾を呑んで見守った。




