75.星降る森のマジェンサーヌ:後編
ハヴェルとイグナーツ。兄騎士ふたりには愛する王女が傍に居て、ずっと一緒にいられるんだなぁ。僕もそうだったはずなのに、どうしてまた離れ離れになっているのかな。あぁ、ルフィーナちゃんに会いたいな。
× × × × ×
「ルフィーナ様、そろそろお休みになられてはいかがですか? 今宵は星が綺麗に輝いておりますよ」
「あら? 本当ね。久しく夜の空を見る余裕なんて無かったけれど、星でも見ればまた気分でも違って来るかしらね。わがまま偽アスティンなんかじゃなくて、わたしの愛する本物のアスティンに会う夢でも見られたらいいわね」
「お互いが想えば会えますよ、きっと」
「ふふっ、そうね。それじゃあ今夜はあなた、テリディアに甘えようかしらね」
「あぁっ……ルフィーナ様。有難き幸せです――」
× × × × ×
ああ、ダメだなぁ。他国に来てまで彼女のことを思いながら人前で涙を流すなんて、副団長失格だなぁ。
「アスティンどうしたの、泣いているの?」
彼女を想いながら目を瞑っていたら、とうとう彼女が出て来てしまった。眠っていないのに、これは夢の中なのかな。それでもいいかな。何でもいい、ルフィーナちゃんと話がしたい。
「ルフィーナちゃんなの?」
「まぁ! 本物のアスティンだわ。愛くるしいあなたの顔が見えるわ。でもどうして泣いているの?」
「うぅっ……ルフィーナちゃん。会いたかったよ、僕はずっと君に会いたいんだ」
「口調がまた僕に戻ったのね。それくらいわたしに会いたくなっていたのね。あぁ、アスティン……大丈夫よ、そんなに泣かなくてもすぐに会えるからね。きっと、アスティンがわたしを迎えてくれる。そう信じて、わたし……耐えて見せる――」
「ルフィーナちゃん……?」
目を瞑ったままの暗い視界の中に、ルフィーナちゃんが出て来た。それが夢なのか何なのかは分からない。だけど、僕はずっと涙を流していた。彼女への想い、そして彼女が今何かに耐えている……そんな想いも伝わって来たような気がしていたから。
「あぁ、ルフィーナ……必ず、僕は君の元に行くよ。大好きなんだ」
天を仰ぎながら、その場で目を瞑っていたはずの僕は、彼女の夢を見て安心したせいか一瞬、体の力が抜けて倒れかけていた。そこに何かがあるのかなんて見られずに。
「――きゃっ」
「うおっ!? ア、アスティン……お前、俺の王女に抱きつくとはいい度胸してんな」
「ううん、わたしは平気。アスティンくん、泣いてるみたいだからこのままで……」
「そ、そうか。泣いてやがったか。アス坊はやはり変わらねえか」
どこかに倒れてしまったはずなのに、体の痛みを感じるどころか優しい感触に包まれていた。森の国だからなのか、きっとたくさんの木々が自分を受け止めてくれたのかもしれない。おまけに頭を優しく撫でられている感触さえしている。だとすれば、今度はフィアナ様の夢でも見ているのかもしれない。
「お姉さん……」
「うふふっ、同い年のはずなのにアスティンくんって弟みたいに可愛い。ねえ、ハヴィ。あなたの弟なのでしょう?」
「まぁな。正しくは弟騎士だ。騎士はガキの頃からずっと一緒にいるからな。家族のようになっちまうのさ。いや、それにしたってアス坊は姉と名がつくもんに甘えすぎだろ……」
「ヤキモチを焼いているの? 心配しなくても、わたしはハヴィのだよ」
「そ、そんなんじゃねえよ。そろそろアス坊を夢から覚まさせてやれ」
「え、えと、それじゃあ……」
「ふふ……お姉さま。そのアスティンをわたくしに渡してくださるかしら」
「えっ?」
しばらくとてもいい夢心地になっていた。頭も優しく撫でられていたし、まるでフィアナ様のように優しかった。だけどこれは、僕がルフィーナに夢で会ったという寂しさを森の木々で感じているに過ぎないと思っていた。でも今は違っていて、さっきと違ってとても冷たくて、凍えそうな感じになっている。
「ふふふ……アスティン、あなた。今すぐ目を覚まさないと、そのまま永遠に眠ることになるわよ?」
「へ? って、あれ!?」
ラルディの声がして、すぐに目を開けると目の前には僕を見つめているハヴェルとレナータ王女、イグナーツの姿があった。もしかして僕は氷の中に閉じ込められたまま眠っていたのだろうか。
「ちょっと、ラルディ! アスティンを死なせないで!」
「お姉さま、心配しなくてもすぐに氷なんて消すわ。わたくしの許可なく、お姉さまに抱きついた挙句に頭を撫でられるなんて、許せなかっただけよ!」
「え、えーと……ご、ごめん。僕、何だか夢を見ていたみたいで、その拍子にレナータ王女に抱きついてしまっていたみたいなんだ。ごめん、ごめんねラルディ」
「ふんっ! マジェンサーヌの星に好かれただけのことよ」
「星?」
「アスティン、あなた呆けたまま立っていたじゃない。そんな人間にはここ、マジェンサーヌの星が寄り付くのよ。一瞬でも夢が見られたのではなくて? それなのに、お姉さまに抱きつくなんて許せないに決まっているじゃない!」
「夢……そうか、やっぱりルフィーナに会えたのは夢だったんだ」
「あなたの言うルフィーナというのは、ジュルツの王女で合っているかしら?」
「そ、そうだけど」
「そう、それならあなたがその王女に再会した時にでも、謝っておいてくださらないかしら。一度も姿はお見かけしていないのだけれど、あなたとあなたの騎士たちを侮辱してしまったの。アレはわたくしの愚かな言葉だったわ。どうか、そのことでマジェンサーヌ王国に敵意を募らせないで欲しいの。お願いできるかしら?」
そうか、直接に会っていないだろうけどルフィーナや父さまの所にも行っていたんだ。それでもルフィーナなら気にしていないはず。
「分かった。伝えておくよ。だけど、彼女は……僕の王女様はそんなことを気にしないんだ。だから、ラルディは安心していいよ」
「ふぅん? よほど愛しているのね。それを聞いて安心したわ。お姉さまに抱きついたことも許してあげるわ」
「ありがとう、ラルディ!」
「ふんっ! あ、あなたなんかにお礼を言われる筋合いはなくってよ!」
「はは……」
ラルディは照れ隠しなのか、ふてくされながら僕から目を逸らしていた。そして、その時が近づいたかのように、彼が声をかけてきた。
「アスティン、大丈夫みたいだね。君と会えて良かったよ。君と戦わなければ、僕は記憶の中をずっと彷徨っていたかもしれない。僕にとっても、みんなにとってもアスティンは特別だったみたいだね」
「イグナーツお兄ちゃん……」




