74.星降る森のマジェンサーヌ:前編
「す、すごいね」
「あ、あぁ。いや、ラルディもレナータもホントに王女なんだな。ジュルツと比べちゃいけねえが、王女ってのはこんなにも民から崇められる存在だったか?」
「それはきっと、この王国だけだと思うけどね」
ハヴェル、イグナーツと僕たちはマジェンサーヌ王国に来ている。この中で僕だけは招待された他国の騎士という紹介をされた。ふたりは双子王女たちの騎士であり、ふたりにとっての大事な存在という言われ方をしていた。
マジェンサーヌ王国は想像とかけ離れた国だった。目立って大きな建物は王女たちのお城くらいなもので、それ以外は全て大きな森に覆われていた。これなら霧に紛れて、他国から訪れさせないことも出来るんだろうなと思ってしまった。
一見すると王国民の姿は、ジュルツの民と同じように見えたけど、ラルディ王女が使っていたような魔法らしき光を普通に使っているところを見てしまうと、ここはそういう所なんだと認めるしかなかった。
見たことの無い景色と民たち、そして全ての民たちに声をかけている双子王女。僕はその光景に夢中になっていた。この光景はおそらく、ルフィーナは見ることが出来ない。だから僕は彼女の為にここの記憶を焼き付けて、彼女の元に戻った時に語れる様にしたい。
「ところでイグナーツ。お前はこの国でラルディと暮らして行くんだろ? ジュルツに一度も帰らずに。それでいいのか?」
「……そうだね。彼女には僕がいないと駄目、いや、離れては駄目な気がしてね。ジュルツに帰ってしまえば、理由はどうであれ騎士である以上、王命に従ってしまうだろうね。そうなれば、ラルディとは二度と会えない。そんな気がするんだ。だから僕は、せめて僕だけは彼女の傍にいて彼女と共に王国を守っていきたい」
「イグナーツ、お前……気付いてるのか」
「ハヴェルはレナータ様と一緒になるつもりで、此処へ来た。そうだよね?」
「まぁな。悪ぃけど、妹王女はお前に任せる。姉王女……いや、レナータは俺が守ってやる。お前をずっと探し続けて来たが、お前をもう探す必要が無くなっちまったからな。俺の騎士としての役目は終えたのさ」
「彼の兄貴分じゃないのかい?」
「それはお前もだろ。アスティンの奴は泣き虫だが、ああ見えて騎士団の副団長になっちまった。そのうちに団長にもなるはずだ。そんなアスティンにはもう、兄騎士なんて心の支えは必要ねえと思ってる」
「そうかな? 僕がいなくなってから、ハヴェルとドゥシャン。それにカンラートの存在がアスティンを支えていたんじゃないのかな。僕とハヴェルが彼の前からいなくなっても大丈夫だと言い切れる?」
「その辺は心配ねえよ。あいつにも大事な王女様がいるからな。それにカンラートがあいつを可愛がってる。まぁ、それに会えなくなるわけじゃねえしな。俺は心配なんてしてないぜ」
「そっか。ずっと彼を見守って来た君が言うんだ。ずっと会えなかった過去の僕が心配しなくても平気かもしれないね」
しばらく王国の光景を眺め続け、そろそろハヴェルとイグナーツのふたりと話をしようと思っていたら、彼らの傍らにはそれぞれ、王女が付き添っていた。その雰囲気には入れない気がした。嬉しいことのはずなのに、僕だけは何だか悲しくなって思わず天を仰ぎながら目を瞑った。
僕も王女に会いたい――そう思いながら。




