ヴァルキリー、再び。
「同じ馬車の中にいるだけのことなのに、こうもお前と口喧嘩をするとは思わなかったぞ。その上、実の娘にまで攻撃を受けるとは……これでは、ルフィーナに何て言われるか分からないではないか」
「何をぶつぶつと言っている? エドゥアルトが待ち望んでいた我と娘の時間ではないか。それとも何か不服でもあるのか?」
「い、いや、そうではないが……外の様子が気になるのでな。マフレナと交代でもしてくるとしよう。さすれば、お前もルフィーナに会う前に気持ちも落ち着くことだろう」
「我と娘の前から逃げるのか」
「そうではない! 俺は団長なのだ。部下の様子を見ることも大事なのだ」
「……意気地なしめ」
シャンタルの密かな想いに気付くことなく、カンラートは外の守りをしていたマフレナに声をかけた。
「マフレナ! 俺と変わってくれ。馬を馬車の近くに付けてくれれば、そのまま飛び乗ることが出来よう」
「カンラート様。馬車はお止めにならないのですか?」
「ああ、そうだ。一度止めると馬車の馬というのは機嫌が悪くなったりするものだ。馬車の中の奴もそうなのだが……と、とにかく馬を寄せてくれ」
「は、はい」
「よし、いいぞ。そのままお前は馬車の中へ入って、我が妻と子を守れ」
「かしこまりました。カンラート様もお気を付けて」
「うむ」
「シャンタル様。カンラート様と交代を致しましたマフレナにございます。ご機嫌はいかがですか?」
「悪くない。ふ、我が娘ヴィアも機嫌が途端に良くなったようだ。よほど小言の煩い父親が嫌だったのだろうな」
「そ、それは私からは何とも……」
「それにしても、馬車も止めずによく飛び移ることが出来たものだな。マフレナは、よほど出来た騎士とみえる」
「い、いえ、団長のご指導がよいだけでして。団長が馬車を止めるわけには行かぬと申されたので、気を付けて飛び移ったまででございます」
馬車を止めずにマフレナと交代したカンラートの気遣いに、シャンタルは少しだけ彼のことを見直していた。何だかんだで、自分と子のことを心配している夫の気持ちを嬉しく思うようになっていた。
「ふ……あの悪ガキ大将がここまで気遣えるようになるとはな」
「何だかんだでカンラート様は、シャンタル様とヴィア様にお優しいのですね。馬を止めてしまえば馬の機嫌が悪くなるから、止めてはいけないとおっしゃっておりましたから」
「――なに? 馬の?」
「ええ、そう申しておりました」
「奴め……やはり見直す所など無かったか。ヴィアを抱いていなければ、今すぐにでも奴には仕置きをしてやれたものを」
「シャ、シャンタル様。どうか落ち着いてくだ――キャッ!?」
「何事だ? あやつめ。早速馬車を止めるなど、やはり気遣いの出来ぬ男だったか」
夫のカンラートを見直したシャンタルだったが、やはり見直すのをやめ、今すぐにでも馬車を降りて説教をしようとしていた。
「お、お待ちを。私がカンラート様に聞いて参ります」
完全に動きを止めた馬車。外の様子を探るため、マフレナは外へと飛び出しカンラートに声をかけた。
「カンラート様! 一体何が……?」
「待てっ! マフレナは、馬車の中で待つのだ。いや、すまぬがお前は我が娘を守り、シャンタルを呼んできてはくれぬか?」
「え? は、はい」
「全く、貴様はそれでも騎士団長か? 何故我に頼るのだ。馬車の動きを止めて何をやっている? 賊だろうと敵だろうと、貴様1人で事足りるではないか」
呆れながらカンラートの元へ近付くシャンタルは、その気配に気づきカンラートに少しずつ近付いた。
「エドゥアルト。この子供、確か……」
「あぁ、そうだ。何故ここにいるのかは分からぬが、ルフィーナを守護しているはずのヴァルキリー、ハズナという子供だ。報せではアスティンの所にいたはずだ。だがなぜ、ここにいるのか分からぬ。それも、こちらに向けて敵対心を向けていることもな」
「貴様では歯が立たぬのだろう? 情けない夫だ。だが、ああもこちらに牙を向けているとすれば、たかが騎士如きでは歯が立たぬことは明白だ」
「お前それは無いだろう? しかし事実だ。俺では勝てん……だがお前であれば」
「正気か? 我は1年以上も槍も剣も手にしていないのだぞ? 手にしていたのは我が娘だけだ。その我に戦えと?」
ヴァルキリーであるシャンタル。彼女の言葉通り、カンラートとの間に授かった子の育てに専念して以降は、まともに戦うことをしてきていない。それでも、カンラートには妻である彼女に頼らざるを得ないほど、目の前の幼きヴァルキリーには勝てないと踏んでいた。
「お前なら何とかできるはずだ。たとえしばらく実戦から離れていても、ヴァルティア。お前ならすぐに感覚を取り戻せるはずだ。お前こそが最強のヴァルキリーなのだからな! 俺が認めている唯一、最高の女だ」
「貴様に認められなくとも、我は最強にして最高の妻だ。そうであろう?」
「あぁ。だから、存分にやれ」
カンラートが手にしていた騎士の剣を渡されたシャンタルは、長いブランクの不安を自ら打ち消して、かつてのヴァルキリーとしての研ぎ澄まされた感覚を思い出していた。
カンラートにかけられた言葉に、不覚にも喜び、嬉しくて仕方がない程に、彼女は笑顔を見せながらハズナに剣を向けていた。




