ルフィーナ王女と守護者③
「――つつっ……な、なんてことだ」
「なんだ? 自分の娘にひっかき傷を作られてショックか?」
「それはそうだろう! まだ3歳にも満たぬ娘に傷を負わされてとあっては、部下に示しがつかぬではないか」
「ふ……ヴィアには分かっているのだろうな。貴様が父親では無く、敵だということを」
「お前まだそれを言い続けるつもりか? 皇国の元皇女とやらは案外しつこい性格をしているのだな」
「――ほぅ? この狭い馬車の中で我にけしかけるとは、貴様は小さい男に成り下がったものだな」
「むむむ……」
カンラートとシャンタルたちは、ルフィーナの命じに応じて外の国キヴィサークに向かっていた。馬車の外は、騎士マフレナが守り、馬車の中では夫婦と子が久しぶりの仲睦まじい時間を過ごしていた。
「くっ、何てことだ。せっかく久しぶりにお前の近くにいるというのに、娘に邪魔をされるとは」
「貴様がいつも難しい顔を見せているから懐かないのではないのか? それに言ったはずだ。我は妻となったからといって、特段変わるわけではないとな」
「何とも面倒なヴァルキリーめ……」
カンラートとシャンタル。出会った時から敵同士の関係だった二人は、互いに想いを抱いていても、特にシャンタルは元々が気高き皇女だったことから、優しく穏やかな表情は見せることが無い。彼女がその表情と態度を見せるのは、子とルフィーナ王女だけであった。
「しかしアスティンたちと違って、ルフィーナの行く先は平和過ぎるものなのだな。こうも順調に進むことが出来るとは」
「元騎士としては戦いたいのか?」
「今も騎士だ! それを言うならお前の方が元ヴァルキリーではないか」
「戯言を……娘がいるとて、貴様ごときに負けるほど衰えてはいないぞ」
「減らず口を叩きおって……可愛げのない奴だ全く……」
「ほう? 我を可愛いと思っていたのか? 褒め言葉として受け取っておく」
二人のやり取りはこれが当たり前であることを理解しているかのように、幼子は母シャンタルの傍で声を発することなく大人しくその光景を眺めていた。
「そ、そういえばアスティンのことだが、どこかの王女の魔法とやらで手痛い目に遭ったと聞いたぞ。それも、昔に会ったことがある王女のようだ。アスティンと、その時近くにいたヴァルキリーを探しているという報告を聞いた。もしかしてそれはお前のことではないのか?」
「魔法か。あんなものは我……いや、ヴァルキリーには通用せぬ。そのことを思い出しさえすれば、今のアスティンならば、魔法であろうと打ち破るはずだ」
「あいつが危機に陥っていても、お前は助けに行かぬのか?」
「アスティンは我がいなくとも、奴を慕う騎士がいる。あの頃のアスティンではないからな。流した涙の数だけ成長しているだろうな。貴様と違ってな!」
「なんのことだ?」
「さぁな」
かつてのヴァルキリーシャンタルは、旅を共にしたアスティンを想っていた。それは過去のものとして、すでに想いは無くし、今は近くの夫よりも王女ルフィーナだけを想うようになった。
しかしカンラートは未だに、王女ルフィーナへの密かな想いがあることを見抜いていた。自覚のないカンラートに苛立ちを覚えながら、それでも夫カンラートを愛する気持ちに揺らぐことなど無かった。
「エドゥアルト。貴様は単純だ。そのまま過ごせばいい」
「ん?」
「……気にするな」
ルフィーナに再会するまでの時間、シャンタルはカンラートに密かな想いを抱きながら、到着の時を待つことにした。




