いたずら王女とわがまま王子①
庭師のタリズが何だっていうのかしらね。あまりハッキリと覚えているわけではないけれど、ジュルツのお庭でアスティンにいたずらを仕掛けた時には、彼に助けてもらえたし庇ってもらえたといういい記憶しかないのだけれど。
護衛も付けずに、足早にお庭のある方へ進むと、見覚えと面影のある後ろ姿を視覚で捉えることが出来た。どうせなら後ろから見つからないように、タリズを脅かすのも面白い。そう思って足音を立てずに近付いた。
「何者か!!」
「――きゃっ!?」
音もたてずに近付いたはずなのに、タリズらしき人物の握りこぶしがわたしの顔をかすめていた。な、なんてことなの……もう少しで当たっていたわ。
「むむっ!? あ、貴女様は……姫さまではありませぬか!」
「そ、そ……そうね。元気そうでなによりだわ」
何故かしら。わたしが幼き頃よりも若く見えるわ。わたしが見ていた庭師タリズは果たしてお爺様だったかしら。単に小さすぎたわたしからはそう見えただけなのかしらね。
「お懐かしゅうございます。ルフィーナ様。し、しかし、迂闊に私の背後に立たれると危険ですぞ? 間一髪でございました。いえ、当てていれば私めは裁きを受けていたに違いありませんな」
「あなた、ジュルツ城の庭師のタリズで合ってるかしら?」
「はい、私めはタリズにございますが……どこかおかしいですかな?」
「いまいくつなの?」
「歳など数えておりませぬ。それというのも私めは、変わらぬ姿を維持出来る術を得ているからです」
究極の美容を得ているのかしら……これは知りたいわ。ずっと若々しくいられるだなんて、最高ですもの。
「タ、タリズ……わたくしにもその術をお教え願えるかしら?」
「しょ、正気ですかな?」
「もちろんよ!」
「ルフィーナ様は受け身は出来ますかな?」
「受け身? 体術の基本は出来るわ! それがどうし――」
あっという間に地面に倒されていた。受け身なんてする余裕も無く、空をただただ眺めていた。それ自体は大した時間でも無ければ、さほど体の痛みも感じなかった。けれど気付けば辺りは騒然としていた。
「こ、これは何事か!? 何故、我が王女様が倒されているのでありますか? ルフィーナ様、ご無事でありますか? さぁ、我が手にお掴まり下さいませ」
あら? この声はテリディアかしら。意外と早く戻って来たのね。アスティンの問題は片付いたのかしら。
「そこの貴様! その罪、逃れられぬぞ!」
聞いたことの無い女性の声ね。それにしても、アルヴォネン様がいち早く来られるかと思っていたのに、どうしてテリディアの方が早いのかしら。
「ありがとう、テリディア……と、あなたは?」
「お初にお目にかかります! わたくしはテリディアの姉で、ルヴィニーア・ジュリアートにございます。ルフィーナ王女様、どうかわたくしも貴女様のお傍に置いて下さいませ」
「あなたも綺麗な顔立ちをしているのね。わたくしの傍に? あなた、レイバキアの騎士なのではなくて?」
「そうでございます。ですが、ルフィーナ様にお仕えしたく無理を承知で妹について参りました。どうか、お傍に……」
な、何だか分からないけれど、近衛騎士が増えるのかしら。それは構わないけれど……そう言えばタリズは無事なのかしら。
「いやはや、さすがはルフィーナ様の騎士ですな。あのいたずら姫さまがご立派に、国をおまとめになられているという確かなことのようで、安心致しましたぞ。一先ず、剣を下げて頂けますかな?」
見るとタリズの眼前で、テリディア、ルヴィニーア両名の剣先が彼の動きを封じていた。
「剣をお下げなさい」
「は、失礼致しました」
「ところで、テリディア。アルヴォネン様はおいでではないのかしら?」
「そ、それが……こちらの国王様と談笑をされておりまして……」
ああ、どうりでお姿が見えないわけだわ。確か旧知の仲だったわね。それなら仕方ないのかしらね。
「ルフィーナ様、お怪我はございませんか? お体に土が付いておりますので、すぐに取り除き致します」
「怪我は無いわ。それに、土も付けたままで構わないわ」
「え、し、しかし……」
テリディア以上に、ルヴィニーアも過保護なのね。
「あなた、ルヴィニーア。ルヴィとお呼びしても?」
「何なりとお呼びくださいませ」
「ルヴィ、わたくしを必要以上に守らなくてもいいわ。近くにいてくれればいいの」
「は、はい」
それはそうと、やはりお庭の土の感触と匂い、柔らかさは格別ね。
「ルフィーナ様、思い出されましたか? お庭でのことを」
「ええ、懐かしいわ。それはともかく、早く美容の術を教えて下さる?」
「そ、そうではありませぬ。私めの術は体術、武術を極めたからにございましてな……それ故、若々しくいられるというわけです」
なんだ、そうだったのね。だからわたしを投げ飛ばしたのかしら。色々と聞くことは多そうね。ふふ、それにしてもお庭なんて、面白そうなことしか浮かばないわ。まさか他国のお庭でいたずらが芽生えるとは思わなかったわ。
「ルフィーナ様の今のお顔はまるで、アスティン様にいたずらを仕掛けていた日々のお顔のようですな」
「それだわ! タリズはこの広大なお庭のことは知り尽くしているのでしょう?」
「そうですな。それがどうかしたのですかな?」
「うふふっ! 面白くなりそうだわ。偽アスティンを変えることが出来るかもしれないもの」
「偽アスティン?」
しばらく退屈な日々と苛立つ日々を過ごしていたけれど、とっても楽しくなりそうだわ。




