6.想いの行方
カンラート・エドゥアルトはシャンタル・ヴァルティアの夫であり、今は騎士団の団長である。普段はあまり彼女のいる寝室に長く留まるような腑抜けでは無かった。たとえ子の様子を見たくなったとしても。
ところが最近、ウザいほどに寝室に来るようになっていたカンラートに、シャンタルは疑問を持ち始めていた。
「おい、エドゥアルト。貴様は何故、寝室に来るようになった? 貴様は団長だろう。暇なのか?」
「す、すまぬな。これにはとてつもなく深いワケがあってな」
「別に我はいいのだぞ? 貴様と別れ、1人で子を育てても……」
「そ、そうではない。そのな……ルフィーナが――」
わたしの名を口にしたカンラートの表情は、何とも言えないものだった。勘のいいシャンタルは気付いてしまった。
「まさかコレとの思い出が今になって、熱を帯びられたというのか? ルフィーナ」
見習いヴァルキリーとの試合によるアスティンの敗北、そして彼を慕う見習い女騎士達を傍目で見ていたわたし。
そんな光景を間近で見ていたわたしは、嫉妬と不安を覚えていた。そして今になって、心の頼りとしていたカンラートのことを思い出すようになっていた。
そんなことではまずい。カンラートの様子で不安を感じていたシャンタルは、意を決して傍にいる彼を睨み付けた。
「おい、エドゥアルト……いや、カンラート。貴様、子は抱けるだろう?」
「ん? あ、あぁ。それがどうかしたか?」
「貴様はしばらく、我が子の世話をしろ。当分、この寝室から出るなよ? いいな?」
「お、おい! 俺は騎士団の……」
「我はヴァルキリーだ。騎士団? どうせ暇だろ。可愛い子を大切に扱い、見ろ。我は王女と話し合いをする」
そう言うと、すぐにシャンタルは部屋から出ていった。
「失礼します。シーツを取り替えに参りました。あれっ? カンラート様!? 何故ここにおられるのです? シャンタル様はどちらへ?」
子守りのシャンタルについていた世話係は、部屋にいたカンラートに驚き、慌ててシャンタルを探しに行こうとした。
「ま、待て! 今、俺は子を見るので精いっぱいだ。このことは騎士団に言わないでくれ。そして、騒がずにしていてくれ。シャンタルは、すぐに戻るはずだ。頼む……」
「わ、分かりました」
毎日欠かさず、アスティンの様子を見に来ていたわたしが来なくなった。それはどうしてなのだろうか? 彼は不安を感じるようになっていた。
わたしは王女。国のことを考えなければならない立場。そのことについては、彼自身も理解していた。
ほんの僅かな時間を作ってでも、彼に会いに来ていたわたし。それが何故、来なくなったのか。試合の怪我でまともに起き上がることもままならない彼は、歯痒さを感じていた。
婚姻をする前、彼は1人のヴァルキリーに想いを抱き続けた。彼女にも彼と同じく、幼き頃からの想い人がいて婚約をしていた。その想いはどこかの墓まで持って行くほどの想いだった。
そのことまでは、わたしには知られていないと彼は思っているみたいだった。
婚姻後、彼が副団長となり新人騎士の女の子達と向き合うようになってから、わたしは時々寂しさを顔に出すようになった。まるでフィアナ王女のように儚げな表情で。
「ルフィーナ……キミは今、誰を想っているの? 俺は、俺にはもうキミだけなのに……」
Audience Chamber――
「……騎士様」
ルフィーナ王女はここの所、誰かを想っているのかとても儚げだった。婚姻をして幸せになったはずではなかったのか? 自問自答する彼女の名は、近衛騎士セラ。
王女の明るさと強さに惹かれてずっと傍に仕えているセラは、ヴァルキリー候補にもなっていたが、それを断り王女の傍に仕えている。
王女の心ここにあらず……セラはそう感じていた。彼女は近衛騎士としてどうすればいいのか、王女を見守りながら悩み続けていた。
「失礼する、ルフィーナ王女はおいでか?」
「シャンタル様? 王女は奥におられまするが……危急の用でございますか?」
「分かった」
「あっ、シャンタル様!?」
セラのかつての上官……王女を可愛がり、妹の様に想われている。それが、シャンタル・ヴァルティア。
今やアスティンよりも、王女を想う心の方が強いヴァルキリー。その彼女がまるで、闘いに行くヴァルキリーとしての様相で、王の間へ向かって行く。
「何故、シャンタル様が? それも、あの雰囲気はまるで……」
「ルフィーナ王女! 我、シャンタル・ヴァルティアは、恐れながら貴女様に決闘を申し込む!」
「ヴァルティア? え、何故わたしと? ヴァルキリーに敵うはずがないわ……」
「力だけが全ては無い。それは貴女がよく存じているはずだ。そうだろう? ルフィーナ」
彼女には何もかもお見通しかもしれない。カンラートを愛するヴァルキリー。彼女には心の奥底まで見通せる力がある。そうだとしたら、わたしは彼女とその想いを懸けて戦うしかない。
「分かったわ。ただしこれは、王女としてではなく、ルフィーナ個人としての闘いよ。どうして挑まれているのかも理解しているわ。明朝、庭で待つわ。それでいいかしら?」
「ああ、それでいい」
アスティンにも、カンラートにも知られない朝の庭で、わたしはヴァルキリーであるシャンタルと、彼への想いを懸けて闘う。
力じゃなく、想いの強さをぶつける闘いを――
そして、どうか忘れさせて欲しい。わたしが想い続ける、騎士カンラートのことを――