55.王女レナータと恋の行方
「ここが王国か。でも、お前と俺しかいねえな。本当の場所とは違う所に俺を招いたんだろ?」
「――うん」
ハヴェルは俺たちが見ている前で、水の壁で出来たらしい魔防壁の中に包まれていった。俺とドゥシャン、ルカニネ、それにイグナーツとラルディ王女はそこで立ち尽すしかなかった。
「ヒゲ騎士だけ何故……」
「え、えっと、ラルディ王女……ハヴィは、その……」
「事情の知らぬアスティンはお黙りなさい! あのヒゲ騎士……ヒゲはもう無くなっているけれど、あの男との出会いはアスティンと出会うよりも、もっと昔のことよ。あなたごときが口出ししないで頂きたいわ」
「う……ごめん」
「おいおいおい! イグナーツと一緒にいるそこのねーちゃん! その言い方は……」
「雑魚はお黙りなさい!」
「うおっ!?」
驚くドゥシャンの足元には鋭く尖った氷の塊が出来ていた。一歩でも動けば怪我は免れないくらいの氷だった。
「全く、なにしてるんだか……私、これでもヴァルキリーなの。それに口は悪いけれど、コイツのこと気に入ってるんだよね。だからさ、王女さん。下手な事をしたら、ただじゃ済まさないからね?」
「ちょっと、ルカニネ! だ、ダメだよ」
「泣き虫アスティンは、黙っててくれない?」
「は、はい」
ど、どうすればいいんだ。ハヴィは中に入っちゃってるし、でもラルディを止めなきゃだし……。
「ラルディ、しないよね? 良くないことはもうしないって約束したよ?」
「愛するイグナーツ、分かっているわ。あの氷もすぐに融けるものなの。むしろ、あちらの方が良くない感じがするわ。すぐに怒るだなんて、よほどわたくしが嫌なのね。それでもわたくしはイグナーツさえいてくれればいいの。ヒゲ騎士だけが中に入ったのもきっと、お姉様の想いを伝える為だけのことに違いないわ」
「……ラルディ」
「それさえ済めば、わたくしとイグナーツとお姉さまとで王国は永遠に守られるわ。王国に入れるのはお姉さまが招いたヒゲ騎士だけ。アスティンとそこの連中を入れるつもりなんてないわ」
「それは良くないよ。僕がお願いしても駄目かい? アスティンは僕の弟のようなものなんだ。ドゥシャンも同じ騎士仲間なんだ。ルカニネさんは初めてだけど、でもジュルツの騎士なんだよ。彼らだけを拒むなんてことはして欲しくないんだ」
「うぅ……貴方が言うなら」
「あのラルディ王女がイグナーツの言葉であんなにもしおらしくなってるなんて、本当にすごいなぁ。恋する王女、愛する騎士ってすごいんだなぁ」
「アスティン……キミ、間抜けよね。それそのまま、あなたとルフィーナ様のことよ? その場合は恋する騎士と愛する王女だけどね。キミは自分のことを分かってないんだね。そこが憎めないとこだけどさ」
「いや、はは……ごめん」
「レナータ王女、か。ジュルツで双子を見た時は子供だったのにな。それがまさか、どっちも王女でしかもびくびくして怖がってたお前が、あのキツイ妹王女の姉なんだもんな! 世の中、不思議だな」
「もう! ハヴィだって似たようなものじゃない! 騎士なのにヒゲ生やしてたし……って、あれ? ヒゲが無い。え、それって……あ、あの……ハヴェルさま、あの約束ということでいいの?」
「――あぁ、レナータを迎えに来たんだ。王女じゃなくなってもいいなら、俺と一緒に来い。来てくれるか? 俺の愛するレナータ」
「愛しのハヴィ――ずっと、お待ちしていました。あなたがわたしの傍にいて下さるのなら、わたしは王女ではなく、あなたのレナータとなります。ハヴィ、あなたが大好き」
「俺も、レナータ。お前を愛している。俺と一緒になってくれ」
「あぁ、ハヴェルさま……」




