54.王女が望む確かな愛に
「ウフフ……ようやく王国に帰って来たわ。さぁ、わたくしの故郷マジェンサーヌ王国! 拒まずにわたくしを受け入れなさい!」
双子王女の片割れでもあるラルディ王女の呼び掛けで、いよいよ王国への扉が開かれるものだとその場にいた誰もが思っていた。しかし、厚い水の層で覆われた魔法壁が反応することはなかった。
「な……!? どうして何も起こらないの? 中にはレナータお姉さまがいるはずなのにどうして?」
「ラルディ? 王国に入れないの?」
「イグナーツ……もしかしてお姉さまは怒っているのかもしれないわ。ここにたどり着くまでにあなたと一緒に、良くないことをしてきたわ。あなたが記憶を失っている間、とても悪いことをしてきたの……お姉さまは全てお見通しなのかもしれないの……」
「悪いのはむしろ僕の方なんだ。ずっと傍にいたのに、ラルディを止めることの出来なかった僕を、禍の騎士として拒んでいるのかもしれない」
「そんなこと……」
イグナーツとラルディ王女を先頭に、俺とハヴィ、ドゥシャン、ルカニネたちとで、ようやく目的地のマジェンサーヌ王国らしき入口へたどり着いた。だけど、ラルディ王女の呼び掛けに何の反応も示さない。こうなるとどうすればいいのか、王国になんの関係も無い俺たち騎士は言葉も掛けることが出来ずにいた。
「おい、アスティン。この国ん中にミストゥーニの女王が捕らえられているって聞いていたが、どうやら違うような気がするぜ。イグナーツにくっついてる王女でも入れねえってことは、もう一人いるっていう王女を守る為に魔法壁を作ってるように思えるぜ?」
「う、うん。ハヴィはどう思ってる?」
「ははっ……あいつ、俺の為にここまで――」
「ハヴィ? ど、どうしたの?」
「アスティン、ドゥシャン。それとルカニネ。ちょっくら、行ってくる。お前らはイグナーツとラルディが暴れないように止めといてくれ」
「――え」
「おいおい、まだお別れじゃねえぜ? 俺が王国に行ってくっから、その今にも泣きべそ掻きそうなアス坊を落ち着かせとけ。頼むぜ、相棒ドゥシャン!」
「仕方ねえ野郎だな。アスティン、ハヴェルは愛しの王女に会って来るらしいぜ。そうすりゃあ、あそこでしょんぼりしてる王女とイグナーツの野郎も中に入れることになるかもしれねえ。べそ掻いてねえで、俺らでイグナーツと王女を止めとくぞ!」
「う……うぅ……わ、分かったよ」
さっきまで懐かしの話をしていたハヴィ。その彼が王国の中へ入ろうとしているのを見て、途端に涙が溢れて来た。これでもう会えなくなるとかじゃないってことくらい、分かっているのにそれでも、俺の傍から離れて行く彼の背中を見ているだけで涙が止まらなかった。
「アスティンって泣き虫だったっけ~? ルフィーナ様に後で報告しちゃおっかな~」
「ぐすっ……や、やめてよ~」
ハヴィはラルディ王女とイグナーツから離れた所で、魔法壁の適当な所から誰かに向けて語り掛けている。
『随分と待たせちまった。中にいるんだろ? 迎えに来たぜ……とりあえず今は、俺だけでも王国に入れてくれないか? 俺の愛するレナータよ』
『あぁ……ハヴェル――あなたなのね。もう会えないかと思っていたわ。あなたに会えるこの日をずっと、ずっと……お待ちしていました。ハヴィ――あなただけ、わたしの元に来て』
『ふ……今行く』
厚く覆われていた魔法壁は、ハヴェルだけを優しく包むようにして彼を中に招き入れた。それに気づいたラルディ王女は、大人しく眺めるしかなかった。その時点で何かを悟っていたかのように、ただ黙ってその場に立ち尽していた。
「ハヴィ……俺、信じてるから。だから、いっぱい話をして来てね」
俺が慕う兄騎士ハヴェル。彼の内なる想いを拒むことなんて出来ない。ずっと会いたくても会えなかった人……ずっと想っていた人に会えることを俺が咎めることなんて出来ないのだから。




