53.兄騎士と弟騎士の思い出話
来たことも無い未知の王国に行けるというだけで本当は、気分も浮かれるはずなのに隣で話している兄騎士ハヴェルとの別れが刻々と近付いているかと思うと、落ち着かない気分だった。
「なぁ、アス坊。お前、ずっと大好きな許婚姫と別れて試練の旅へ行ってた時は平気だったか?」
ルフィーナと俺が離ればなれになった時のことか。もちろん俺は平気じゃなかった。あの場で突然聞かされて、すでに出立したことを知らされて、フィアナ様にもの凄く泣きついていたのを覚えている。
今思えば、フィアナ様の方がもっと悲しかったんだろうなと思うけど、まだまだあの頃の俺は子供すぎた。ルフィーナの方がよほどしっかりしてて、一歩も二歩も先に成長されていたんだよな。
「平気なわけがないよ。俺が泣いていた所だってさんざん見てるでしょ?」
「まぁな」
「まさかと思うけど、ハヴィと別れるのが辛くて泣きわめくとか思ってる?」
「思ってるぜ? アス坊は泣き虫だからな」
「ははは、そんなわけないでしょ。俺、一応副団長だよ? 兄騎士の幸せを送り出すことが出来るのに、子供みたく駄々なんてこねないよ」
「いや、わりぃな。まぁ、そういうことを言いたいわけじゃねえんだ。離れて平気な奴なんていないってことを知りたかっただけだ」
もしかしなくても俺とルフィーナの関係以上に、ハヴィは会えるか会えないか分からない大事な人と、ずっと離れていて、お互いがその状態を続けていられるかどうかをずっと不安に思っていたのだろうか。
幼い頃から見て来たヒゲのハヴェル。試練の時も酒を飲んだ時も、ずっと「恋とか愛とか興味ねえよ」なんて言いながら、ヒゲを剃ることを拒んできた彼は、もの凄く硬派な兄騎士だとばかり思っていた。
それがまさか俺とルフィーナが離ればなれになっている以上に、会えるかどうかが分からなくてしかも、普通では行けない場所にある国の王女とそんな関係だったなんて、全く想像できなかった。
ずっと近くにいてくれた兄騎士がまた1人いなくなるのは辛い。だけど、彼の愛する人に会って欲しくないだなんて、俺にそんなことを言う資格なんて無いんだ。
「どうした、アス坊?」
「い、いや、何でもないよ。王国ってどんなところなのかなーって思ってた」
「だな、俺も行ったことが無いから気になってるぜ」
「えっ? だって……王女を迎えに行くんじゃ?」
「迎えに行くからって、そこの国を知ってるわけじゃねえよ。お前も俺も行くのは初めてだ。細かいこと気にすんなよ。お前もカンラートみたく、細かい事気にするようになったら嫁にどやされるぞ」
「そ、そうだね。カンラートは元気かなぁ。それとシャンティも……」
「なんだぁ? まだシャンティなんて言ってんのか? まだ好きかよ」
「ち、違うよ。シャンティは俺がそう呼ぶのを許されてるから呼んでるだけで、好きとかもう……そういうのじゃないよ」
「ふ、そうか。まぁ、もうすぐ王国に着く。それまで昔話でもしようや?」
「うん、そうだね」
たとえ離ればなれになっても、兄と弟……好きな人を嫌いになるわけがないんだ。そうだよね、ルフィーナ。君は今、どこにいて、何をしているのかな。会いたいよ、会って抱きしめたいよ。ルフィーナ――




