50.兄騎士の選択そして……
「イグナーツお兄ちゃん!」
「アスティン、君に会えて良かったよ。本当はカンラートや、ドゥシャンたちにも会えたら良かったんだけどね。でも、僕はもうジュルツには帰れないんだ。僕にはもう帰るべきところが出来たからね」
「……え」
イグナーツは俺に優しい笑顔で微笑んでくれた。そしてそのまま、王女ラルディの元へゆっくりと歩き出した。
「フフ……記憶を戻した騎士イグナーツ。わたくしをどうするおつもりなのかしら?」
「ごめんね、ラルディ」
「――ッ!?」
腕を組みながらイグナーツを見下すように眺めていたラルディ。その彼女の頬を勢いよく叩いたイグナーツ。叩かれたラルディは自分がされたことの状況を理解出来ていない。
「あ、あなた、一体何をしたのか分かっているの!? こ、この、わたくしに向かって……」
「ごめんね、ラルディ。ずっと君をひとりにしてきた。レナータ様と離れて、ずっと傍にいたのは僕だった。だけど、誰も君を怒る人はいなかった。君は本当はそんなヒドイ事をする子じゃないってことは、僕が一番分かっていたのに。あの村で出会った時からずっと、君を想って来たのに。君をひとりにしてしまった」
「あ、あなた……」
「僕は君を……ラルディを愛しているんだ。記憶は確かに戻った。でも、僕は君の騎士だ。愛するラルディの元を離れることなんて僕には出来ないよ。だからどうか、君の傍にいさせて欲しいんだ」
「イ、イグナ――ッ!?」
「ラルディ……愛してる」
彼の告白と口づけに、ラルディは驚きを隠せないまま、その身を彼に委ねた。口づけを交わしながら、辺りに張り巡らせていた魔法の脅威を全て解いていた。
「な、なかなか恥ずかしい光景ね。でも、いいなぁ……愛する人と結ばれる、かぁ」
「い、いや、何と言うか……何も言えない」
「……ルカニネ、早く王女さまの元へ」
「あ、そ、そうね。でも、わたし……ちょ~っとだけ用があるんだよね。ハズナだけ先に向かってていいよ。ルフィーナ様によろしく言っといて!」
「……わかった」
「え? あ……ハズナ。じゃあ、ルフィーナのことをよろ――」
「貴様に言われる筋合いはない」
「ええっ? ま、参ったな」
それにしても、イグナーツお兄ちゃんがラルディのことを……そうだったんだ。見ていて恥ずかしいけど、俺とルフィーナもそうだったから、何も言えないや。
「じゃあ、アスティン。この場はもう大丈夫なはずだから、わたし、レイバキアに戻っとくね。後で合流するし、また後でね」
「あ、うん。ありがとう、ルカニネ」
後で合流? どこかに行くのかな。彼女はドゥシャンと上手く行くのだろうか。
「――はぁ……イグナーツ。好き、大好き。もう、わたしから離れちゃダメよ。一緒に王国で暮らしましょ」
「うん、もちろんだよ。だから、もう、魔法で嫌な事はしちゃ駄目だよ」
「しないわ。わたしの魔法は王国の為にあるの。あなたがいてくれるのなら、もう必要もなくなるわ」
良かった。どうやらイグナーツとラルディは上手く行きそうだ。これで俺も助かったんだなぁ。
「アスティン。君に会えて良かった。ジュルツにはもう帰れないけど、君もみんなも忘れるわけじゃ無いんだ。だから、君が良ければお姫さまと一緒に、王国へ遊びに来てもいいんだ」
「そ、そうだね。で、でも」
「フフッ、アスティン。わたしにはもう、イグナーツしかいないの。彼と、お姉様と一緒に王国を守っていくだけの王女なの。今までごめんなさい。彼の言う通り、いつかあなたとあなたの愛する人とも遊びに来ても構わないわ。わたしは彼の国、ジュルツの騎士を歓迎するもの」
「ありがとう、ラルディ。そして、イグナーツお兄ちゃん。あの、俺……会えて良かった。また会いに来てもいいよね?」
「うん、待ってるよ!」
イグナーツにぴったりと寄り添うラルディ。あの禍々しさはずっかりと無くなっていた。これでもう俺も心配することは無くなったんだ。イグナーツと別れるのは悲しいけど、また会える日がきっとあるんだ。
「じゃあ、アスティン。僕らは行くよ。君も元気で……」
「うん、ありがとう。イグナーツお兄ちゃん、ラルディ王女」
「っておい! そのまま終わらせるんじゃねえよ、アスティン!」
俺とイグナーツ、ラルディはその場で別れを告げようとした時だった。俺の肩を勢いよく叩きながら、声を張り上げて来た。しばらく姿を見せなかったハヴェルが姿を見せた。
「え? あれっ!? ハヴィ? い、今までどこに……と言うか、本当にハヴィなの? そんな顔だったんだ」
声は確かにハヴェルだった。振り返ると、そこには髭の無いハヴェルがいて一瞬、誰だか分からなかった。
「お前、失礼な奴だな。それにお前、目的忘れてねえか?」
「目的? イグナーツと戦ってそれで……」
「そうじゃねえだろ! マジェンサーヌ王国にいるはずのミストゥーニ王女陛下を連れ戻すんだろうが! 忘れてんなよ全く。頼りねえな、お前は。まぁ、でも、そんなお前でも頼りたい騎士がジュルツには沢山いるんだからよ、お前はそれでいいのかもしれねえな」
「え? ハヴィ?」
気のせいか分からないけど、ハヴェルの笑顔が寂しく感じられた。何でだろうか。
「ヒゲ騎士ハヴェル。あなた、お姉様を迎えに行くのでしょう? それなら、わたくしたちと行きましょ。それに、アスティンとそこの長髪とヴァルキリーも。それが目的だったわけね?」
「迎え? ハヴィ……?」
「アスティン、王国に着いてから話す。それまで短い時間だが、俺と話でもしようや。な?」
「う、うん。いいけど」
何だろう……ハヴィのこの言い方。まるでお別れをするような言い方に聞こえる。嘘だよね、ハヴィ。




