5.慕う彼女たちとやきもち
「いやぁ~~見事な負けっぷりだったな! それもお前らしいけどな」
「そうだね。期待を裏切ってごめん、ハヴェル」
俺を幼少の頃から可愛がり、実力も騎士歴も上なのに俺が副団長に決まった時に、直属の騎士として名乗りを上げてくれた、ハヴェルとドゥシャン。それについては団長のカンラートも、ルフィーナも異論は唱えなかった。
「アスティン、ヴァルキリーと戦ってる騎士はお前と団長くらいなんだぜ? 負けてもむしろ誇りに思っていいと思うぜ。俺も頑張らねえとな!」
「ドゥシャン……そうだね、そうするよ」
「……ところで、アスティン――」
ドゥシャンが次を話そうとした時、彼女たちが割って入り、心配の声を続々とかけてきた。
「あのっ、副団長……アスティンさん、お身体の具合はいかがですかっ?」
「アス様、お怪我の具合は?」
「アスさん。お花、持ってきました! よ、よかったら……」
「だいぶ痛みは取れてきたかな。ごめんね、みんな。お手本になるべき立場なのに、あっさりと負けちゃってがっかりさせちゃったよね」
「そっ、そんなことはありません! 頑張りをいつも見てましたから。その、副団長には剣や盾の使い方を教わりたいですっ! 回復しましたらぜひぜひっ」
「ありがとね、そうだね、みんなに教えることがあるんだよね」
「は、はいっ! そ、それじゃっ、また来ていいですかっ?」
「うん。歓迎するよ」
新人騎士の女子たちは嬉しそうに微笑みながら、俺に頭を下げて部屋から出て行った。新人の騎士で女の子って初めてだなぁ。今まで出会って来た人はみんなすでに、強い人たちばかりだったし俺から教わりたいだなんて随分と可愛いことを言ってくれる。これも副団長になったからってことなんだよなぁ。
「あ、それで、ドゥシャンの話ってなんだっけ?」
「……いや、俺らはこれで失礼するよ! すんません、王女様!!」
え? 王女様? 焦る様にしてハヴェルもドゥシャンも部屋から出て行ってしまった。首を傾げながら部屋の扉が閉まるのを見ていると、ベッドの後ろ側から彼女の声が聞こえて来た。
「――アスティン」
「ルフィーナ? どうしたの、そんな見えないところから声をかけてくるなんて……」
「お邪魔しちゃいけないのかなぁなんて思っていたの」
んん? 何のことを言っているんだろ。
「あ! あぁ、さっきの子たちは新人騎士たちだよ。キミも任命式の時に会ってるよね? まだまだ駆け出しの騎士……俺もだけど、初々しい感じが可愛いよね」
「ふぅん……? アスティンはお姉さまが好みだと思っていたけれど、小さくて可愛い子に心変わりしたのね。アス様とか、アスティンさんとか? ふぅん……」
「へ? 何のことを言っているのか俺には分からないけど、俺にはキミしかいないよ?」
ルフィーナとは副団長になってからも、会えなくなることもなく常に傍に居て、一緒に過ごす時間が多い……と言うのも、カンラートやヴァルティアも含めて、王女の側近たちは城の中で寝泊まりをしているからだった。
「ねえ、アスティン。わたし……」
「うん?」
「アスティン!! 具合はどうだ? まだ痛むか?」
ルフィーナが何かを言い出そうとした時、カンラートが声を大にしながら俺を激励に来てくれた。
「……カ」
……どうしていつもカンラートは、ルフィーナが何か大事なことを言おうとした時に限って来るんだろうか? 見えない何かが通じているのだろうか。
「どうした、アスティン?」
「バカンラート!! あなたはどうしていつもいつもいつもーー! どうしてなの!?」
「うっ? ル、ルフィーナか……ど、どうしたんだ? そんなに怒鳴って……バカと俺を繋げないでくれよ」
「どうしてわたしが何かを話そうとした時に限って、あなたは邪魔をしに来るのよーー!」
「ま、待て待て、アスティンは一応病人なのだ。ここではまずいから、部屋を出て話そう、な?」
「け、喧嘩しないでね。ルフィーナもカンラートも」
俺の声はすでに聞こえていないのか、勢いよく部屋を出て行くルフィーナと、苦笑いをしながらルフィーナの後を追うカンラート。俺とヴァルティアがそうだったように、ルフィーナとカンラートも少なくとも5年以上は一緒にいた関係だ。それもあってか、互いに想い合っているのは俺も分かっている。
かつてヴァルティアを想っていた俺のような感情的な想いではなく、彼女とカンラートは恐らくは兄妹のような関係だと思っている。俺と婚姻をしたルフィーナはよほどカンラートのことを兄さまとして慕っているんだろうなといつも見ていて、微笑ましく感じている。そういう意味では俺はまだまだ、カンラートには敵わない。
「わ、悪かったよ。何でか分からないんだが、お前が話そうとした時に限って俺は部屋に入ってしまうんだよ。これはアレだな、やはり俺とお前の心はどこかで繋がっているのだろうな。はっはっは、すまんな」
「カンラート……」
「どうした?」
「――わたし」
「お、おお……すまぬ。ヴァルティアの声が聞こえてしまった。すまぬが、行ってくるぞ。ルフィーナ、また後でな!」
ルフィーナの瞳に見つめられるとついつい逃げてしまうカンラート。自分のことを慕っていることは分かっていた彼。分かっていても深く想ってはいけないと、心に念を押すしか無かった。
「また逃げられてしまったわ……」
愛しのカンラート。ずっと彼のことを慕っているルフィーナ。ずっと、守ってくれた初めての騎士であるカンラートのことを、未だに慕い続けている彼女だった――
「ルフィーナ。彼の具合はどうだ?」
「え、あ……うん。順調に回復しているわ! お父さまこそ、体調は?」
「うむ。王の権限をルフィーナに譲った時から、気が楽になってな。ビーネアと仲良くしているよ」
「そう、それは良かったわ! お父さまも、もうお歳なのだから無理してはダメよ?」
「そうだな。この国はお前に任せたのだ。わしはゆっくりとするとしよう」
前国王陛下である父には、自分の気持ちが気付かれていることを悟っていたルフィーナ。アスティンと婚姻してもそれでも、自分の想い人が誰なのかということを。
「わたしの想いはわたしだけのモノよ――それをあなたは分かっていて? 騎士カンラート様。アスティンも好き、ヴァルティアも好き。わたしの慕う騎士カンラート。あなたはどうなの?」