48.精一杯の気持ちを胸に
「うわっっ!?」
相手の勢いと威圧感に耐え切れず、俺は何度も尻餅をついていた。こうして久々に剣を手にしていると、いかに実戦から離れていたのかが分かってしまう。実戦と言っても俺は、城の守り……いや、愛する王女を守る騎士に過ぎない。それでも咄嗟のことに対応出来なければ騎士とは認められないけど。
「お前、アスティンと言ったか。それでよくここまで生き延びて来られたな。よほど平和な地にいたと見える。もっとも、妹が暮らす地が平和ならばよいことではあるが……それにしても弱い。それでよく務まるものだ」
「はは……そう言われると何とも言えないです」
「くっ、ヘラヘラと。それなのに、私は何故非情になりきれないのだ? 妹の手前に関係なく、男の騎士には容赦なく打ちのめすべき事なのに。何でコイツは許してしまえるのだ……何かの惑わしか?」
「姉さま、落ち着いてください。アスティンは普通の男です。ただ、何と言うか憎めない奴なだけです。決して強くはありません! ほどほどにしてあげてください」
父さまに言われたとはいえ、俺との試合を受けてくれた騎士、ルヴィニーアさん。俺より年上の女性。俺は、年上のお姉さんには勝てないようだ。
相手も何故だか分からないけど、俺には優しくなってくれるらしい。シャンティも最終的には、優しい笑顔を見せてくれるようになったけど、俺ってそんなに弱く見えるのだろうか。
「やり辛い相手だ。お前その顔……いや、そうやって私を見るな! 懐かれるのは好きじゃない。甘えを捨てなければ、王女付きの騎士には勝てぬぞ?」
「そ、そうですね。でも、俺は勝ちます。彼に勝って、彼を取り戻すんです。そうするのが俺の役目ですから。だから、何度でも俺に剣を向けて下さい! お願いします」
「なるほど。これがコイツの強さか。ならば、私に代わって、彼女にも挑んでもらうとしよう」
ルヴィニーアさんがそう言うと、案内役をしてくれたアリーさんが部屋に入って来た。この国の女性はほとんど騎士。だからこそ相手をしてくれる。それはそれで頼もしい気がする。
「アスティン、次は我が相手をしよう。騎士の盾はどこへやったのだ?」
「あ、そう言えば……連れて来られた時にどこかに。それに、盾で女性を打ち突けるのはさすがに」
「甘いな。それがお前の魅力だとしても、それでは勝てないぞ?」
ずっと言われて来ていることだけど、そこまで相手を憎んでどうとか俺は思えないし、思いたくないな。それでも俺は勝ってみせる。誰の涙も見せずに相手に勝ちたい。
「まぁ、いい。それもお前の戦い方なのだろうし、敵を屈さずに倒せるものなら倒してみせろ。よろしいか、アスティン」
「はい、お願いします!」
俺は何度も女性騎士たちに剣や槍で急所の一つでもある、喉元ばかりを狙われ続けた。だけど、恐らく、イグナーツはそこを突いては来ないと思っていた。それは彼が騎士だから。俺に騎士を志させた騎士。傍には狡猾な王女ラルディがいたとしても、彼は記憶の中の正しき戦い方をしてくるはずだと思っている。
信じ続けることこそが俺の強さ。だから甘さが残っていても構わない。俺はもう、迷わないんだ。
× × × × ×
キヴィサーク国境付近――
「セラ、そろそろ大きな国が近いのかしら?」
「あぁ、そういや、ミストゥーニから通行証をもらってたっけな」
「そうね。確かこの辺にしまい込んで……って、あら? ど、どこに行ったのかしら?」
「ひ、姫さん、もしかして無くしちまったのか? それが無いと通れねえぞ? いや下手すりゃ、捕まるかもしれねえ。ど、どうすればいいんだ」
「ど、どうしようかしらね……あはは」
通行証が見当たらないルフィーナとセラ。馬車はもう間もなく、国境へたどり着こうとしていた。油断をしていたルフィーナ。彼女たちの運命はどうなるのだろうか。そんなことになっているとは知らずに、俺はもうすぐ、彼と戦う日が近づいていた。
「アスティンよ、お前の実力は上がりきらぬと思っていたが、少しは変わったか?」
「はい、父さま。俺は、単なる動きの強さで相手を倒すことはしません。俺は甘さを捨てずに、屈さずに、相手を……彼の気持ちに応えたいと思っています」
「ふ、そうか……ならば、何も言うまい。お前やハヴェルが危機に陥りそうだったのでここに参ったが、要らぬ心配であったな。それならば、早急にここを去るが大丈夫か?」
「父さま? な、何故ですか? イグナーツとの戦いには立ちあわないのですか?」
まさかルフィーナの身に何かが起きているのだろうか。確かルフィーナには、セラだけがついているんだよな。セラがいれば問題ないと思うけど。
「うむ。実はな、王女様に持たせていたはずの通行証を渡しそびれていたのだ。つまり、我の懐にあるわけだ。その意味が分かるな?」
「そ、それはまずいです! は、早く、父さまはルフィーナの所へお急ぎください!」
「そうだな。王女ならば、多少の事でも動じないとは思うが……責任は我にある。すまぬが、急ぐぞ」
「はい! どうか、王女をルフィーナをお守りください!」
「分かった。では、ここにはハズナとルカニネを残しておく。テリディアは我と共に来い」
「はっ! 至急に支度を致します。もう一つ、お願いがございます。わたくしの姉もご同行願えませんでしょうか?」
「うむ、聞き入れよう」
「有難き幸せ。では、姉と共に出立の準備を致します」
「アスティン、奴を頼んだぞ!」
「はい! お任せください!」
父さまは現役を退いても確かな強さと威厳を備えていた。だけど、やっぱり俺の父さまだった。まさか、通行証を手元に持っていたなんて、案外ドジな所があるんだ。
それにしても、ルフィーナの元にまた女性騎士が増えてしまうのか……なんか、何とも言えないなぁ。と、とりあえず俺は、イグナーツとの戦いに備えるしかないよな。俺しかいないんだから。




