47.証を持つ者
ふふ……面白い展開になって来たものね。まさかイグナーツとアスティンがそんな関係だったとはね。因縁とは巡るもの。そういうことなのね。記憶を失くした騎士と、取り戻そうとする騎士……なんて愉快なのかしらね。
「ラルディ……どうして彼と戦わせてくれるんだい?」
「あら? あなたは戦いたくなかったのかしら? それとも怖気づいてしまう何かが彼から感じられたのかしらね。わたくしは何も心配なんてしていないのだけれど、あなたはそうではないのかしら?」
「違うんだ。僕は、彼の剣を受けた時に妙な懐かしさを感じたんだ。彼と戦えば、僕は失った記憶を取り戻せるかもしれない。だけど、思い出したら君のことをどう思うようになるのか、それが怖いんだ。君はそうじゃないのかい?」
あぁ、そういうことね。イグナーツの記憶が戻れば、きっと戻るでしょうね。ジュルツ国に。所詮、その程度の騎士ということ。そうなったら、せめてわたくしの手であなたを消し去ってあげるわ。わたくしの傍に付いて、国を支える騎士なんていないのだわ。お姉様とわたくしで国を守っていけばいいのよ。
「フフフッ、あなたが負ける心配なんてしていないわ。わたくしが傍にいるもの。万が一にでも、あなたが危機に陥ることになったら、わたくしがアスティンを凍らせて差し上げてもよろしくてよ?」
「いや、それはダメだ。僕は騎士として正々堂々と勝負をしたい。それほどの実力を彼は備えているんだ。ラルディの気持ちは嬉しい。けど、魔法に頼って勝てても嬉しくは無いんだ」
面倒くさいわね。騎士ってのはどいつもこいつも。まぁ、いいわ。わたくしの見立てでは、アスティンなんかに勝ち目なんてないもの。たとえわたくしの魔法が無くてもね。
「いいわ、あなたの好きにやらせてあげる」
「ありがとう、ラルディ」
ばれなければいいのよ。イグナーツはわたくしが魔法を使っていても分かっていないはずだし、知らずのうちにアスティンの足元に氷を張り巡らせておけば……フフ。
「イグナーツ、アスティンが挑んでくるまでにはまだかかりそうな感じがするのだけれど、その間はどうしようかしらね? ここからさほど遠くも無いし、どうにかして王国に入る術でも見つけ出そうかしらね?」
「ラルディ。その前に僕は、彼と剣を交えなければならないみたいだ」
「彼?」
イグナーツの言った言葉の意味を考える前に、アレの剣がイグナーツに向けて振り下ろされていた。さすがにわたくしの魔法をもってしても間に合う時間なんて無かった。それなのに、彼はいとも容易く剣で防いでいた。
刹那のごとく、あの忌まわしきヒゲ騎士ハヴェルが、イグナーツに剣を振り下ろしていた。耳を劈くような鋼の刃同士が、互いの隙を見つけるようにして押し合っていた。
「なっ!? 何であなたがここに? ここは王国の人間に関係する者しか入られない場所のはず……」
ま、まさか、お姉様? あのヒゲ騎士に証を授けたとでもいうの? なんてことなの……お姉様。
「ちっ、さすがだな。不意打ちごときじゃ、すぐに防がれるかよ。なぁ、イグナーツ」
「あなたはハヴェルだったね。レナータ様とは一緒ではないのかい? それとも?」
「いや、俺は彼女とは一緒じゃない。生憎と俺は王の命に従う騎士なんでね。どこぞの嬢ちゃんの様に、魔法なんぞで無理やり従わせられる騎士じゃねえんだよ」
「……ヒゲ騎士の分際で言うわね。あなたを消すことなど容易いのだけれど、その前に聞かせてもらうわ。あなた、ここに入れたのは何故? この道は王国へと続く道よ。王国に関係の無いあなたが本来は通れない道なの。理由を聞かせてもらおうかしら」
理由次第ではイグナーツに関係なく、ヒゲ騎士を消すわ。アスティンよりも弱そうな騎士に用は無いのよ。
「迎えに来ただけだ」
「何ですって? 迎えに? 誰のことかしら」
「俺の……愛するレナータ王女をだ」
「フフフフフ……面白いことを言うのね。貴方ごときがお姉様を迎えにですって? ということは、お姉様から別れ際に証を授かったのね? そうでなければ王国へは行くことが出来ないはずですもの」
「何のことか知らねえが、レナータからは預かりもんとして授かったな。もっとも、嬢ちゃんはこのヒゲの近くには寄りつきたくないだろうから、気付く筈もねえがな」
あぁ……何てこと。あのヒゲの奥……つまり、お姉様の寵愛の口づけを受けたというのね。だけど、残念ね。それを聞いた以上、イグナーツの意志に関係なくハヴェルを消すわ。
「騎士ハヴェル。残念ね。あなたが近くにまで来ていたこと、お姉様にはお伝えしておくわ。あなたはここでわたくしに消されてしまうのだから。無の世界で、永遠にお姉様の到着を待つことね。では、御機嫌よう――」
「くっ――!」
「まっ、待って、ラルディ!!」
「お黙りなさい……貴方も消されたいの?」
「……」
ラルディ王女の4属性でもある、風の壁がハヴェルを囲み、上空には雷雲の渦が彼に狙いを定めている。氷でハヴェルの足元を固め、火の塊が彼に迫っていた。
「ウフフ……ここまで展開する必要なんてないのだけれど、二度とお姉様の前に行かせないようにして差し上げるわ。光栄に思うことね。属性魔法の手にかかれるなんて、滅多にないことなのだから」
「参るね、どうも。ルフィーナ様、アスティン、ドゥシャン。そして愛するレナータ。俺はお前を迎えに行けなかったようだ。妹王女にやられるのも、運命だったかもな。髭があっさりと燃えやがった。こんな所で素顔がさらけ出されるとはな……」
「くっ……ラルディ。何もここまでしなくても」
「あら、甘いわね、イグナーツ。ハヴェルさえいなければ、会わなければ、お姉様はわたくしを見捨てはしなかったのよ。でもその彼も消えてしまえば、何も心配はいらなくなるわ」
「……」
たった一人の雑魚騎士に4属性なんて無意味だったかしらね。さてと、そろそろその姿もすっかりと消え去ってしまったかしらね。
「イグナーツ、行くわよ」
「……うん、分かったよ」
※
「おいっ、ヒゲ! って、おぉ? ヒゲがねえ……お、お前、ホントにハヴェルかよ!?」
「……ん? テメエはドゥシャンか? 何でここに……って、俺、生きてんのか?」
「ホントね! 髭が無い! って言うか、ドゥシャンよりいい顔してたんだ? 乗り換えようかな?」
「お、お前、ルカニネ? な、何で魔法が消えてんだ……?」
「簡単ですよ~ヴァルキリーに魔法は効かないので。全て斬らせてもらいました! あぁ、でも、ヒゲ……ハヴェルさんは水に守られてたみたいなので、わたしに関係なく助かってましたけどね~」
「水が……? あ、あぁ、そうか。お前か……レナータ」
何かしら? 何か嫌な気配がするわ。ヒゲ騎士が消えていなくて、それよりも嫌な存在が近くにいる気がしてならないわ。ハヴェルがまだ生きているとすれば、お姉様はわたくしではなく、あの騎士を選んだということになる。あってはならないことよ。
「ラルディ?」
「何でもないわ。それよりも、アスティンとの戦いに備えなさい。恐らく、数日の内に返事が来るはずだから」
「うん、分かった」
お姉様……どうして、わたしじゃなくて騎士を選んだの? お姉様に背いたことなど一度も無いのに。




