46.アスティンと姉妹騎士
「さて、アスティンよ。覚悟は決まったようだが、動きを見るにお前は弱くなっているのではないか? レイバキアにたどり着くまでに、大した動きもしていないだろう?」
「えっ? そ、そんなことは……」
「さすがにそのままの状態で、あのイグナーツと戦ってもお前は勝てないだろう。かと言ってお前と同等、あるいはそれ以上に強い騎士は、ジュルツにおいては我とヴァルキリーだけだ。しかし、出来れば外の者と戦うべきだと我は思う。そうでなければ、お前の戦い方は古いままになるからな。どうだ、アスティン。イグナーツと戦う前に、試合を望むか?」
そ、そうか。俺の戦い方はカンラートやシャンティの動きを真似ているだけなんだ。だからこその強さだけど、そのままじゃイグナーツには勝てないんだ。ずっと戦ってないから動きも分からなくなってるし、ここは父さまの言葉に従うしかないよな。
「お、お願いします。俺、もっと強くなりたいんです。そうじゃなければ、この先……彼女を守れないはずだから」
「分かった。では、彼女たちを紹介しよう。ふ、アスティン。王女に叱られそうではあるが、お前は我やカンラートよりも、女性騎士から教わる方がよいと見た。お前は甘いからな。そして我も甘さを捨てきれぬ。それゆえ、お前にはレイバキアの騎士たちと戦わせることの方が、より成長できると踏んだ。そうであろう?」
「と、父さま……そんなことは無いですよ。俺は別に女性に対してだって厳しく……」
「アスティンさんーー! 良かった、無事だったのですね」
ルプル!? そ、そうか。手当てを受けていたんだ。い、いや、厳しくしないと。
「悪いけど、見習い騎士ルプルに構ってる時間は無いんだ。君がいては俺は……」
「えっ、そ、そんな……アスティンさん、どうしてそんなことを言うのですか? せっかく、再会出来たのに。わ、わたし、うぅっ……」
「い、いやっ、ち、違う。えと、そういう意味じゃなくて俺は――」
泣かせるつもりなんて無かったのに。何でこんなことを言ってしまうんだよ。厳しくするってそういう意味じゃなくて、ど、どう言えばいいんだ。
「貴様……やはり、王女さまと違う。王女さまもそうやって泣かせてきたのか? それなら今すぐわたしが貴様を倒す」
「い、いやいや! ま、待って。と、父さま! あの、俺」
「アスティン。お前は剣の実力はあるのだが、女性に対してはまだまだだな。厳しさとは何も言葉遣いで厳しくするわけでない。それも含めて、やはりこの国の騎士たちに鍛えてもらえ。ハズナも、よいな?」
「……はい」
「わ、分かりました」
「では我は彼女らを呼んで参る。アスティンよ、それまでここで待て。その間に、お前の部下をなだめておくことだな。レイバキア国内において、女性を泣かせるのは重罪に等しいのだ。戦いの前に罰せられたくはあるまい?」
父さまの言葉通り俺は厳しさをはき違えていた。泣かせてしまってどうするんだ。こんなことをしていては副団長の資格なんてないじゃないか。
「グスッ……アスティンさん」
「ご、ごめん。ルプル。アレは俺の本意じゃないんだ。だから、君は俺の傍にずっといていいからね。えと、泣かないで」
「は、はい。あのっ、これからもアスティンさんのお傍にいてもよろしいのでしょうか?」
「もちろんだよ。君は俺の部下だし、ジュルツにとっても大事な騎士なんだ」
「アスティンさんーー!!」
「わっ!? ル、ルプル……」
俺よりはもちろん、年下で見習い騎士で、でも女の子。だ、抱きつかれるとは思わなかった。こ、困ったな。父さまもハズナもいなくて助かったけど、ど、どうすればいいんだ。
「……副団長アスティン! 貴様と言う奴は、我が王女様を裏切るのか? 何故、貴様は女とみればすぐにだらしないことをするのだ? 答えろ!」
「ええっ!? い、いや、これはその……って、君は確かテリディア? あれ? 君もヴァルキリーだよね。何でここに」
「確かにわたくしはヴァルキリーだ。だが、貴様と戦うわけではない。わたくしの姉さまが貴様の相手をする。それなのに、何故……女性を泣かしている! このこと、我が王女様にお知らせせねばなるまいぞ!」
「ま、待ってください!! こ、これはそうじゃなくてですね」
テリディアと言えば、ルフィーナの近衛騎士でしかも常に傍にいたヴァルキリーだよなぁ。それが今回の事で、ルフィーナの元を離れて来たってことだよな。だから余計に俺に敵対してるってこと?
「とにかく、今すぐにその見習い騎士を貴様から引きはがせ! さもなくば、わたくしが……」
「ひーー!? わ、分かりましたから! ル、ルプル、そういうことだから俺から離れてくれると……」
「は、はい。ごめんなさいです。でも、嬉しかったです。わたし、アスティンさんの部下で良かったです。これからもご指導よろしくお願いします!」
「うん、よろしく」
ルプルが俺の体から離れてくれたと同時に、油断をしたわけでもなかったけど、鋭い剣先を首筋に向けられていた。当然のことだけど身動きが取れなかった。しかも相手はヴァルキリーではなく、普通の騎士だった。
「――え?」
「お前がジュルツ国の騎士団、ナンバーワンか? いや、ナンバー2か? どちらでもいいが、女を泣かせ、あまつさえだらしのない顔つきで抱き寄せるなど……許すまじ所業。聞けば我が妹の主君の夫であるらしいな? それが何故浮ついた心を宿しているのか、理解に苦しむ」
お、同じ顔? い、いや違う。似てるけど、もしかしなくても姉妹? どっちにしても俺に刃を向けていることに変わりはないな。この国には男がいないって、そういうことなのかな。
「貴様、いい度胸しているな。私に剣を向けられていても上の空か? お前、名は?」
「え? あ、アスティンです。あなたは?」
同じ所にいたのに覚えてないのかなぁ。それともまるで興味無し? なんてやり辛いんだろう。
「ちっ、男如きに名を知らせることなど不要であるというのに。だが、ジュルツ国最強の騎士様と、妹に免じて、教えるしかないようだな。私はレイバキア国守護騎士、ルヴィニーア・ジュリアート。最愛の妹にして最強のヴァルキリーでもある、テリディア・ジュリアートの姉であるぞ。お前の様な男になぞ、覚えてもらう必要はない」
「え、あ……は、はい。えーと、ルヴィニーアさん。よ、よろしくお願いしま――」
「お前と馴れ合うつもりは無い。お前と試合をするだけでも汚れてしまうというのに。名を呼ばれる程親しくする意味など不要。お前は黙って、私や他の騎士と戦うだけでいい」
「は、はい。ごめんなさい」
うーん……やっぱり俺以外、みんな敵みたいだ。それも女性全員が。せめてここに、ドゥシャンとハヴィがいてくれたらよかったなぁ。そう言えばドゥシャンはどこに行ったんだろ。ハヴィも……心配だな。




