43.アスティンの胸騒ぎ③
「フフ……あなたは優しいまま成長したのね。まるで彼の様に……」
どうしてここまで俺に執着しているのだろう。俺自身は記憶そのものを封印されていたくらいに、会いたくなかったのに。それに、あの港町で出会った頃よりも禍々しさが増しているような、そんな気がする。
「ところで、アスティン。あのムカつくくらいにわたくしを叩きのめしたヴァルキリーは、傍にいないんですの? あの頃と違って、わたくしは水以外の属性を支配しましたのに」
「ヴァルキリーなら、ここにはいないよ。ラルディにとっての俺は何? まだ俺と一緒になりたいとか思ってるのかな? それならごめん。俺はもう一人じゃないし、愛してる人がいるんだ。キミの傍には行けないんだ。だから、諦めて……」
「あら、わたくしはあなたのことなんて何も思っていませんわ。わたくしの傍には絶対に離れることの無い騎士がおりますもの。貴方の様に、優しくて儚くて……愚かな彼が傍におりますの。アスティンはもはや、必要ではありませんことよ。でも、わたくしのことを覚えて頂けて嬉しく思いますわ。それに免じて、アスティン。あなただけは、生きたまま氷漬けにして差し上げますわ」
「こ、氷漬け!?」
い、嫌だ。こんなのってないよ。こんな所で、訳のわからないことを言われたまま氷漬けなんて……そんなの。ルフィーナちゃんを1人にするわけには行かないんだ。
× × ×
「はぁ~あ~……退屈ね。まさか、アルヴォネン様たちが一斉にいなくなるとは思わなかったわ」
「それは仕方ねえよ、姫さん。でも、アル様があんなになるなんてあたしは初めて見た。やはり厳しくしてても、息子が心配で仕方ねえんだな。姫さんはアスティンのことを心配してねえのか?」
「心配は心配よ。だけど、アルヴォネン様も行かれたし、ハズナもテリディア、ルカニネも行ったのよ? どんなに危ないかもしれないけれど、彼女たちがいれば何も心配なんていらないわ」
× × ×
本当は今すぐにルフィーナも俺の元に行きたい。そう思ってるはずなんだ。行きたいけど、危ない所に来させたところで、彼女にそんな場面を見せるわけには行かないよ。
「こ、こんな氷なんて、くっ……」
「ウフフ……たかが騎士ごときに何も出来ないわ。あら? 水が……?」
足元が凍っていて何も出来ないまま、俺は氷漬けにされてしまうのだろうか。でも、何も出来ない。そう思っていたら部屋一面、水浸しになっていた。氷が融けた? どこからだろう。
「ラルディ王女様にございますね。レナータ王女とはご一緒では無いのでございましょうか?」
「あら? どなたかしら? どうしてわたくしの氷が効いていないのかしらね。いえ、見覚えがあるわね」
「レナータ王女とご一緒でないということは、貴女様は悪しき心をお持ちのようだ。そして、ここにいる者たちを凍らせ、そこの若き騎士を消すおつもりだったのでしょう?」
「お姉様の名をご存じと言う時点で思い出したわ。あなたはお姉様に水属性を伝えた術士ね? なぜここにおられるのかしらね。それに、水ごときが氷を融かすなんて生意気なことね」
ラルディと水の術士さんが話してる間に、俺たちの足元は自由になった。何にしても、ラルディが脅威であることに変わりはない。術士さんがいたから良かったけど、魔法なんてどうすればいいんだよ。
「アスティン、今の内に逃げ出そうぜ?」
見ると、ドゥシャンや他の人たちも逃げ出そうとしていた。でも、逃げ出したってラルディは許してくれないはずなんだ。どうすれば彼女は許してくれるんだよ。どうして、俺はこんなにも弱いんだよ……。
優しいだけじゃ強くなれないんだ。だから、俺も他の騎士みたく優しさを捨てて、強くならないと駄目な時が来ているのかもしれない。そうじゃないと、見習い騎士のルプルも強くなれないよな。
「ジュルツの騎士アスティン殿、ここは私が何とかしておきます。あなた方は部屋から出て、国を出られた方がよい。レイバキアを出られたら、その足でマジェンサーヌ王国へ向かって下さい」
「え、で、でも……」
「は、早く……ぐっ――」
「ウフフ……わたくしは氷だけではないのよ? 水には雷が有効かしらね」
何だかもう、世界が違う。こんな時、シャンティがいてくれたら……そうしたら、この場をなんとかしてくれそうな、そんな心強さがヴァルキリーにはあるような気がする。でも、シャンテイはいないんだ。だから、副団長の俺が逃げるわけにはいかないよな。
そう思っていたら、俺は剣を抜いてラルディ王女に向かっていた。術士さんが作ってくれた機会を逃すわけには行かない。魔法だろうと何だろうと、騎士の剣にはすぐに対処出来ないはずだから。
そう思っていた。そう思っていたんだ……なのに、どうしてあなたが……俺の前にいるんだよ。俺の――




