40.女の予感と、脅威なる存在
新たな地での昔馴染みとの再会は、密かに心寂しく思っていたわたしを安心させてくれた。アスティンが傍に居ない今、わたしはやっぱり寂しくて馬車に乗っている今も、胸が苦しい時間が続いている。
自分で決めたこととはいえ、かつての試練旅と同じ事を、まさか自分自身が命じることになるなんて思ってもいなかったからに他ならない。彼とまた離れ離れになるなんて望んでもいなかったこと。
それまでお互いにいつも傍にいる人はいたけれど、それはあくまでも、王に従う騎士によるものだった。そして、再会して婚姻を果たしたわたしたち。アスティンとは常に、城で同じ時間を過ごしていた。
だからといって、いつもベッタリと寄り添っていたわけではなくて、わたしは王女、彼は騎士の副団長。顔を互いに見ても、抱擁する時間の方が少なかったのかもしれない。口づけなんて、特別なことでもない限りはしなくなっていた。愛する人とはもっと、ずっと一緒に寄り添うものだとばかり思っていた。
そういう意味じゃ、小さい頃って幸せだったんだなぁって思えて来る。ナミュールがわたしの教育係を離れ、故郷に帰ってからはわたしの傍にいる人なんて、アスティンくらいなものだったから。
「アスティン、アスティン……アスティン。はぁ……」
「ルフィーナ様? どうされたのですか? アスティンが何か……」
「ううん、テリディア。何でもないの」
「そ、そうですか。ルフィーナ様には、そんな儚げな表情をしてほしくありません。わたくしは、貴女の傍で貴女様をずっと眺めているからこそ、強くそう思うのです。アスティンが傍にいなくても、わたくしがずっとお傍におりますから、どうか……」
ここまでわたしに想いを尽くす近衛騎士は、テリディアとセラくらいなもの。セラは男勝りな性格と、話し方で出会った時から、近さを感じていたけれどテリディアはそうでは無かった。
「テリディアは、どうしてそこまでわたしに尽くしてくれるの? 出会った時はそうでは無かったわよね」
「お、お恥ずかしい限りでございます」
「何か理由があったのかしら?」
「……こ、がいたからにございます」
「え? 何かしら、よく聞こえなかったわ」
テリディアはいつになく、顔を真っ赤にして答え辛そうにしている。それを見ていたセラが笑いながら、答えを教えてくれた。
「はははっ、姫さん。コイツは、男が駄目なんだ。だから、近付きたくても近づけないもどかしさがあって、態度や顔にも出ていたんじゃねえのかな。そうだろ?」
「ミストゥーニにルフィーナ様が見えられた時、わたくしは貴女様の傍にお仕えしたいと思っておりました。ですが、あの場には常にカンラート様がおられた。近付くこともままならず、悔しい思いで表情に出していたのでございます。途中でセラ様をお見かけした時は羨ましくてたまりませんでした」
「あら、テリディアはミストゥーニ出身だったかしら?」
「いいえ、わたくしはレイバキア連邦よりの出身にございます。ミストゥーニは比較的に近く、あの時は姉と共に、女王陛下に謁見を求めに行っていたのでございます。そこでルフィーナ様をお見かけして、国を出て、お仕えしたいと思っていたのでございます」
レイバキア……ミストゥーニの近く? ということは、アスティンがそこに行っているのかしら。でも何故かしら。動悸が激しいわ。レイバキアで何かが起きようとしているのかしら。
「姫さん、アスティンが心配かい? レイバキアに着いたら、悩むかもしれねえな」
「あら? それはどうして? 確かに彼は心が優しいわ。けれど、強さは本物よ? どんな国にいても、それは揺るぎないことだと言えるわ」
「いや、そうじゃないんだ。レイバキアって国はな……男がいないんだ。なぁ、テリディア」
「は、はい。ですからあの、中には男に対して物凄く強い嫌悪を抱いている者もおります。わたくしは嫌悪では無く、ルフィーナ様のような強く美しい女性にしか興味を示しません。わざわざ、男に近付くことは致しません」
「そ、そうなのね。女だけの国……まぁ、珍しくは無いけれど、危険はないのではなくて?」
女だけしかいない。これのことだったのね。何だか妙に胸騒ぎがしていたのは。アスティンったら、優しいからきっと誰かに世話を焼いて知らずの内に、好意を抱かれてしまうに決まっているわ。
「その、レイバキアは女騎士の国にございまして。ジュルツとは強さの意味合いが異なるのです。ですから、アスティンたちのパーティに見習い騎士のルプルがいたことは幸いでございました。もし、彼らだけであの国に近付こうものなら、囚われの身となるか、傷を負わされていたかもしれません」
「女騎士……それは興味あるわね。あなたや、ヴァルティアお姉様のような方がたくさん、いるのね?」
方角が違うから今すぐには行けないけれど、絶対そこにも行きたいわ。何より、テリディアの国ですもの。
「そうでございます。危険と申しましたが、アスティンならば問題ない可能性があり……それが、ルフィーナ様の心配の種となるかもしれないのです」
「うふふ……言わなくても分かるわ。あのアスティンですもの。確かに心配にはなるわね。別の意味で」
「あははっ! ちげえねえな。アスティンのアレは天性のもんだからな。あたしも危うくそうなりそうだった時があったもんだ」
セラとも一緒だった時があったのね。愛されるアスティン。わたしもあなたを愛しているのよ? 信じているからね、アスティン。
「ルフィーナ様、もう間もなく着きますぞ。ご準備をお願い致す」
彼女たちとアスティン談義をしていたら、次の所に着いていた。全ての場所を巡る。いつか、わたしもあなたが先に訪れた国や町や村を訪れるからね。そして、あなたとふたりきりでも巡りたいわ。
「馬車が止まったわね。でもおかしいわ。アルヴォネン様からは何も返事が来ないだなんて……」
「姫さん、ここにいてくれ。あたしは様子を見て来る。テリディアは姫さんの傍に」
「はっ、お任せください」
「な、何事なのかしら? 外の様子がまるで分からないわ。これは霧? でも、ミストゥーニからは離れたし、この辺りは危険なことなんて無かったのでは?」
「……これは恐らく」
「お主は、いつぞやの王女か? 何故この地におられる? 我がジュルツに何用か」
「フフ……あなた様は、最高の騎士様だったかしらね。ここには騎士ハヴェルはいらっしゃらないのかしら? どうやら、ここにはジュルツの主要な騎士たちが揃っているようですけれど、あの馬車にはジュルツの王女でもおられるのかしら?」
「……王女さまに手出しさせない」
ハズナ、ルカニネは、ヴァルキリーとして真っ先に、異変を感じていた。目の前の王女らしき者の気配は、感じたことの無いものだったからだ。
「あらあら、ジュルツは人手不足なのかしらね。こんな小さな子供にも剣を持たせるだなんて、騎士の国が聞いて呆れるわ。あの馬車の中の王女に言って聞かせてやりたいわね。情けない者たちに守られている感想はあるの? ってね」
「ラルディ王女であったか。して、何故我らに敵対する? この霧は魔法であろう? そうまでして見せたくないのは我らを倒すおつもりか?」
「さすが騎士様ね。察しがいいわ。ところで、ここにはアスティンはいないのかしら? 彼と、彼を守るヴァルキリーにご挨拶をしたかったのだけれど」
「奴も彼女もここにはおらぬ。だが、我ら騎士団は王女様をお守りするが役目。たとえ、マジェンサーヌ王国の王女と言えど、ご容赦せぬぞ」
「……見たところ、子供とは言え強さは本物ね。そちらの小娘も同じに感じるわ。それなら、わたくしは騎士イグナーツに合流して、ジュルツの騎士……ハヴェルもアスティンも、そこにいる騎士を消して差し上げますわ。わたくしの属性支配は、彼らにお見せしてあげなくてはね。フフフッ……では、御機嫌よう」
「イグナーツ……あやつが、そうか」
「フフッ」
そう言うと、ラルディ王女はどこかに姿を消してしまった。そして、辺りの霧は途端に晴れて行く。
「……王女さま!」
霧が晴れていたけれど、出ていた間に何かがあったのはわたしでも分かるわ。何より、アルヴォネン様のお顔がとてもお辛そうだわ。ハズナもルカニネも、セラも浮かない顔をしているわ。一体何が起きたの?
「ハズナ、大丈夫だった?」
「はい。でも……」
「ルフィーナ王女殿下! お話したいことがございまする」
アルヴォネン様がわたしに膝をついて、畏まっているわ。他の子も同じね。何事なの?
「我、アルヴォネン・ラケンリースの一生に一度の我儘をお許しいただきたく思いまする」
「――聞きますわ」
「我が息子、アスティン。我が騎士ハヴェル、ドゥシャン、ルプル。彼らに危険が迫っておりまする。ルフィーナ王女にはこの先、心配を増やすことを望みませぬ。我も、ジュルツの騎士たちは貴女様が第一でございまするが、国の……ジュルツの騎士にも大事があってはなりませぬ。どうか、あやつたちの元へ向かわせて頂きたく存じます」
アルヴォネン様がここまで鬼気迫っているなんて、見たことが無いわ。さっきまでそこにいたのね? その危険を及ぼす誰かが。
「分かりましたわ。では、わたくしの傍を一時、離れること許可しますわ」
「ははー!! 有難きお言葉。我と、ハズナ、ルカニネ、テリディアでレイバキアに向かわせて頂きまする。この先、我らが戻るまでセラフィマが貴女様をお守り通す」
「セラだけになるのね。確か、わたくしの通る道は危険がほとんど無い……だったかしら。いいわ。お行きなさい。そして、アルヴォネンとジュルツの騎士の脅威を取り去って来なさい。よろしいかしら?」
「はっ! 必ずや」
わたしの命じを聞き、すぐに馬を駆けてアルヴォネン様たちは来た道を戻って行く。
「ルフィーナ王女様、わたくし……こんな形でレイバキアに戻るとは思いませんでしたが、アスティンは必ず、お守り致します。どうか、再会の時までお許しください」
「ええ、テリディア。お願いね。そして、あなたに何かあってもわたしは悲しいわ。気を付けて頂戴ね」
「――っ! テリディア・ジュリアート。我がルフィーナ王女様にこの身、この命を捧げます。では、行って参ります」
新たな地は平穏では済まされないのね。まだそんなにたどり着いてもいないのに、簡単ではないわね。
「姫さん、不謹慎だが懐かしいな。あたしとふたりで旅だなんてな!」
「ええ、そうね。またよろしくね、セラ」
「おうよ! じゃ、進むぜ!」




