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39.囲まれの騎士と慕いし見習い騎士


「わっ!? アスティンさん、足元気をつけて下さいね。ここ、滑ります」


「うん、ありがとう。ルプル」


 俺たちは馬も無いまま、徒歩で霧の中を進んでいる。ミストゥーニの霧は、国を守る為と聞いていたものの、ここまで霧が延びているとは思っていなかった。そのせいか、歩く道も心なしかぬかるみの多い地帯ばかりだった。


「歩けねえわけじゃねえけど、馬がいねえとキツイゼ。王女様も馬なしで通って来るのか? その辺どう思うんだ、アスティン」


「どう思うって言われても分かんないよ。ドゥシャンこそ、大丈夫なの? 体力もつの?」


「バカ野郎! 余裕だぜ、こんなとこ。お前とは経験が違いすぎて話にならねえぜ。なぁ、ハヴェル」


「お、おう。そうだな」


 ハヴィは、約束だとかけじめとか、昔を思い出したようなことを話しだしてから、口数が減っていた。いつもはどちらかと言うと、ハヴィの方がやかましくて賑やかな道中になっていたのに。どうしたんだろうか。


 彼が思っていることに対して、俺が深く口出しをしていいことじゃない。ずっと付き合いがあるからこそ、そんな感じがした。だけど、何となくの寂しさを覚えていた。一人で抱え込んでいて欲しくない。ハヴィは俺の兄騎士だから。


「なぁ、アス坊。聞いてもいいか?」


 そう思っていたら、ハヴィから話しかけて来た。


「アス坊じゃないのに。そ、それはともかく、何?」


「お前、俺がいなくなっても平気か?」


「え、何急に……平気なわけないよ! 何を言ってんのさ。ハヴィらしくないこと言わないでよ。いなくなるなんて、そんなことは嫌だよ。嫌に決まってるじゃないか。やめてよ、そんなこと言うの」


「贅沢言うなよ。お前には王女様がいるじゃねえか」


「そ、そうだけど、そういうことじゃないだろ? 意味が違うって言うか、どうしてそんなこと……」


「アス坊なら、俺の幸せのことも考えてくれるよな?」


「もちろんだよ! 兄の幸せを願わない弟がいてたまるものか」


「……それを聞いて安心したぜ。よし、前に進むぞ! アスティン」


「う、うん」


 何だったんだろう。ハヴィの言葉が何だかとても怖く感じた。兄騎士の幸せを願うのは当然なのに。


「おっ? 霧が抜けて来たな。おい、そこの見習い騎士! 霧が晴れた所から先の様子は、俺らが見て来るからお前はアスティンの後ろへ引っ込んでろ」


 ドゥシャンは相変わらず口が悪い。だけど、それは信頼している騎士同士だからだ。見習い騎士であっても、俺やハヴィと同じように言葉を投げていることが何よりの証拠だ。


「は、はいっ。さ、下がります……あっ!?」


 ミストゥーニからの霧が抜け、晴れて来た所でルプルが振り返って、俺の元へ戻ろうとした時だった。彼女目がけて、どこからか矢が放たれた。かろうじて寸での所で外れたみたいだったけど、肩の辺りを痛がっているように見えて、俺やドゥシャン、ハヴィは急いで彼女の元へ駆け寄った。


「だ、大丈夫? き、傷は?」


「アスティンさん、だ、大丈夫……です。か、肩の辺りをかすっただけなので、つっ……」


「ちっ、どこのどいつだ? ジュルツの騎士と知って放ちやがったのか?」

「おい、ドゥシャン。周りの気配、感じるか?」

「あぁ、やべえのがごろごろいやがるぜ。これは賊とかじゃねえ。同じ騎士のようだぜ。くそ」


 ドゥシャンとハヴィが感じているように、俺も得体の知れない気配を感じていた。でも今は、ルプルの手当てをしながら、彼女の傍にいてあげないと駄目な気がした。


「ごめんなさいです……私が足手まといなばかりに、アスティンさんのお荷物になってしまって」


「そんなことないよ。俺だって、見習い騎士の時はそうだったんだ。だから、ルプルが気にすることじゃないよ。それよりも、このタオルを肩に当てて血を止めててね。幸い、深くないみたいだから大丈夫だよ」


「――アスティンさん!」


 見習い騎士だからとか、そんなのは関係ない。俺の部下を危険にさらしたんだ。これは俺の責任だ。この子は俺が守らないと。


「おい、副団長! どうする? 戦うか? どっかの国の騎士どもがうじゃうじゃいるぜ?」


「いや、待って。俺が名乗って様子を窺うから。ふたりは手を出さないで」


「分かった。だが、俺らはお前の命令に従うぜ。こんな来たことのねえ国に刃を向けられる筋合いはねえからな」


 ここはもう、見知った地じゃなく全く知らない国と土地なんだ。だから、敵意を向けられても文句は言えない。だけど、理由も無く襲ってくるなんて許せない。俺はカンラートのようには迫力が無いかもしれないけど、ジュルツの副団長として名を名乗り、威を見せることにした。そうでないと間違いなく襲ってくるはずだから。


「我が名はジュルツ国の騎士! 副団長アスティン・ラケンリースである。そなたたちは何者か! 攻撃意思の無い者を傷つけるのがそちらの意思であるならば、こちらとて容赦せぬぞ!」


 こ、これで上手く行くだろうか。やっぱりカンラートや父さまのようにはいかないけど、騎士の威厳を見せつけられたはずなんだよね。


「ジュルツ? 外からの騎士か。何用で我が地を侵す?」


「我らは、ミストゥーニからの使者として先の王国に用がある。決して、この地を侵そうとするものではない!」


 騎士だけの使者っていうのもなんだけど、果たして通じるのかな。


「……理解した。こちらとしても、見慣れぬ騎士の姿に緊張を走らせた。傷つけるつもりなど無かった。許せ」


「偉そうにしてんじゃねえよ! 顔を見せろ! どこのどいつだ? ウチの見習い騎士に矢なんか放ちやがった奴は」


「ちょっと、ドゥシャン! 荒立てちゃ駄目だよ」


「いや、そういうけどよ、顔も見せねえ奴が、上から俺らを眺めてんのが気に入らねえ」


「全く、ドゥシャンって沸点が低いよね。ねえ、ハヴィ?」


「あいつ……まさか」


「ハヴィ?」


 俺たちより上の位置から矢を放ち、こちらを見下ろしている騎士の集団は、気配を変えずに警戒を解いていないみたいだ。その一角にいる騎士を、ハヴィはずっと眺めていた。一体どうしたんだろうか。


 ハヴィの見ている所にはすでに騎士の姿は無かった。かと思えば、俺たちの元に数人の騎士が近づいてきた。何を言うつもりなのだろうか。


「失礼した。こちらは、マジェンサーヌ王国支配下の国、レイバキア連邦。我が名は騎士アリー・スニア。男の騎士だけかと思い、矢を放った。だが、怪我を負ったのは見習いの女騎士だったようだな。こちらで手当てを施す。ついて参れ」


「えっ? 女性?」


 と言うよりは、俺たちを囲んでいた騎士は全て女性騎士だった。あぁ、そういうことだったんだ。確かに警戒はするよなぁ。男だけの騎士が他国を侵せば警戒もするかもしれない。でも、ルプルは違うけど。


「女騎士が珍しいのか? アスティンとやら」


「あ、いえ。我が国にもおりますから、そんなことはありません」


「そうか、とにかく見習い騎士の者の手当てを致す。我らについて参れ」


「は、はい」


 さっきまで怒っていたドゥシャンは、満面の笑顔になっていた。全く、調子いいいなぁ。それにしても、女騎士の中に誰か気になる人でもいたのかな。ハヴィはますます、無口になっていた。


 ともかくルプルに大したことがなくて安心した。そのまま俺は、女騎士たちの後を歩きながらルプルの傍に付いてやることにした。部下として放って置けないからだ。


「あ、あの、アスティンさん」


「ん? どうしたの」


「て、手を握っててもらっていいですか?」


「大袈裟にしなくても大丈夫だよ? でも、不安なんだね。いいよ。こうかな?」


「あっ、ありがとうございます。アスティンさんの手、温かいです」


「……アスティンとやら、見習い騎士はそなたの妻か?」


「いえいえいえ、ち、違いますよ!」


「――そうか」


 何でそう思われたのか分からないけど、女性相手には優しくしないと駄目なんだ。こればかりは変えられないことだから。


「アスティン、我らの国に入ってから驚くだろうが、お前は多分平気だろう。恐らくだがな……」


「へ?」


 レイバキアの女騎士アリーさんの後を付いて行き、たどり着いた国の入口で、俺たちには驚く光景が待っていた。だ、大丈夫だよね。俺はもう、惑わされないんだ。ルフィーナを想う気持ちが強いんだから。

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