38.遠き地で
アスティンとは距離的にどんどん離れて行くことを感じながら、わたしは馬車の中で未知なる地への期待を高めていた。ミストゥーニのアダリナ姫によれば、彼らが出たゲートはどこかの王国に繋がる道だということらしい。反対に、わたし達が出たゲートはその王国へ行くには遠すぎるということだった。
つまり意図的に遠ざけられたということ。全ての国を訪れる意志は変わりないけれど、急いでそこへ行きたいわけでもないわたしにとって、それはそれでいいけれど、企みがあったという事実には何とも言えない気分だった。
「浮かない顔をされておりますが、具合が良くないのですか?」
わたしの傍に付き従う騎士の内、馬車に乗り込んでくれたのはセラとテリディア。彼女たちはどこか、ヴァルティアに似ている所があって、それで付いてもらっているようなものだった。特に、テリディアはセラと同様に近衛騎士を長く務めていただけあって、わたしをすごく心配してくれている。
「大丈夫よ、テリディア。ありがとう」
「そ、そんな、勿体無いお言葉です」
「テリディアはヴァルキリーなのに、馬車に乗せてしまってごめんなさいね」
「いえ、わたくしとしてもその方が……」
わたしを慕う騎士は多いけれど、会話をするだけで顔を赤くして、照れて何も言えなくなるテリディアは、とっても可愛く思えた。彼女たちの方がわたしをよく見ているということなのだろう。
馬車の外では、アルヴォネン様が先頭を走り後方はルカニネ、馬車の周りはハズナが周辺の警戒にあたっている。わたしが王女だからというのもあるけれど、守りも攻撃も最強だった。こうなるとアスティンの方を心配してしまうけれど、騎士だけで固められているし、守るという点では問題はないかもしれない。
「姫さん、もうすぐひと息つけるぜ」
「本当? どこかの国に着くの?」
「いや、ミストゥーニの近くには国がないんだ。けど、村や町が点在してるから寄り道し放題だ。姫さんにとっては、その方が気楽でいいだろ?」
「ふふっ、そうね。さすがセラね! よく分かっているじゃない」
「まぁな。あたしは姫さんのことなら大体、分かってるつもりさ」
セラの言う通りで、彼女とはカンラートとの旅の途中で助けられたし、城に留まってからもずっと傍にいてくれている近衛騎士だったから、きっとわがままな部分も知られていると思う。
「わ、わたくしも同じです! セラ様には負けません」
「勝ちも負けもねえんだけどな。まっ、姫さんにはあたしらがいるんだ。危険な目になんて遭わせねえよ」
「当然です。わたくしたちは、ルフィーナ様の騎士なのです。危ない目には遭わせません」
「うふふ、ふたりともありがとう。頼りにしているわ」
「おうよ!」
「はいっ! お任せください」
そうこうしていると、馬車の速度が緩やかに落ちて来ているのを感じていた。どこかに着くのかしら。
「ルフィーナ様、間もなくトマーニュに到着致す。この辺りは穏やかな場所。我が一足先に、町の者に伝え参りますぞ!」
外から聞こえたアルヴォネン様の声と共に、町へ向かって馬を駆けて行く姿を、小窓から見ることが出来た。アスティンの父親にして、世界を知る最高の騎士様。あの方がいるというだけで、わたしは不安を抱えることが無い。幼き頃に約束したことが、今になって果たされるなんて思わなかった。
トマーニュ――
アルヴォネン様が事前に知らせてくれたというのもあるけれど、町の民たちはわたし達を笑顔で出迎えてくれた。さほど多くない民の中、わたしのことを真っ直ぐ見つめながら両手を組んで、涙を流している人を見つけた。
「まさか、あなた……」
少し、しわが増えたのかしら。彼女を見てすぐに分かった。何十年ぶりなのかしら、わたしの育ての親とも言うべき、教育係に再会出来るなんて。
「お懐かしゅうございます。ルフィーナ様」
「ナ、ナミュール……あなた、随分と老けたわね」
「そっ、そんなことあるわけないでしょ! ルフィーナ様こそ、全然変わっていませんね。あの頃とまるで変わらない、いたずらっぽさが出てますよ。いいえ、変わらないけれど、王女らしく成長されましたね……こんな、こんな日が来るなんて、何て言えばいいのでしょうか」
わたしが最初にいたずらを仕掛け、引っかかってしまった教育係のナミュール。彼女へのいたずらが成功してから、わたしのいたずらに磨きがかかったと言っても間違いじゃない。
「そう言えばナミはあの後、誰に部屋から出してもらえたのかしら?」
「通りがかったカンラート様ですよ。あの後、ルフィーナ様を探しに行くと言って急がれていましたけど、お会いにならなかったんですね?」
「へ、へえ……カンラートが。彼と初めて会ったのは、お父様から旅を言い渡された時だったけれど、その前に会う可能性もあったのね。知らなかったわ。会いそうで会えなかった。それも運命的なものかしらね」
「ナミュール様は、この地に戻られてから息災か?」
「ええ、おかげさまです。アルヴォネン様にきちんとお送りされましたから」
「あの時にいたヴァルキリーが王女の傍におりますよ。彼女は、ジュルツで我らの留守を守ってます」
「まぁ! では、あの方がジュルツの王様を守護されているのですね。それを聞いて安心しました。どんなにいたずら好きの王女様でも、規律正しい騎士様が傍に付いておられるなら、何も心配ありませんもの」
「ちょっと! ナミ! わ、わたしだって一人で何でも出来るわ。お洋服だって畳めるし……えと」
「分かってますよ。ルフィーナ様も今は、旦那様と離れて試練を続けておられるのでしょう? だから、私のいる町へ来られた。違う?」
「そ、そうよ。約束したもの。いつか、ナミと会うって! だからこうして来たわ。偉いでしょ?」
「うふふっ、愛しいルフィーナ様。あなたの教育係をしていた頃が、お懐かしゅうございますわ」
わたしを今一度、じっと見つめて涙を拭うナミュール。その姿を見た直後に、わたしは彼女の懐に飛び込んでいた。
「ナミュール……会いたかった、会いたかったわ」
「はい……私もです。ルフィーナ様」
幼き私を教育してくれたナミュール。こんな遠くの地から、ジュルツ城に来ていてくれたことは、わたしにとって、有難いことだった。彼女のおかげで、何も出来ない姫になることはなかったのだから。
互いに嬉しさを噛みしめた後、ナミュールはセラたち一人ひとりに声をかけていた。彼女たちは恐縮しながらも、わたしの教育係ということを聞いて、彼女に深く頭を下げて感謝を述べていた。
「では、ルフィーナ様。再会の町は滞在はせずに、次へ進むがよろしいか?」
「ええ、問題ないわ。ここに彼女がいることを知って、知らせてくれたのでしょう?」
「彼女を送り届けたのも我ですからな。ですから、事前に知らせるのが筋かと思ったまで。当然のこと」
「アルヴォネン様、ありがとう。それでは、先へ進みましょう」
「はっ!」
町の通りをそのまま突っ切って、先へ進むわたし達。ナミが嬉しそうに手を振っていたのが印象的だった。この先も再会と、新たな出会いがわたしを待ち受けている。そう考えれば立ち止まってなんかいられない。ナミュールに別れを告げたわたしは、騎士たちの導きと共に先の国へ向けて出発した。
物語の辻褄部分を一部修正しました。




