37.かくし道と、遠ざくアスティン
アスティンから遅れること一日。わたし達も、アダリナ姫に案内されて国境境のゲートにたどり着いた。ここで彼女から思いがけない言葉をかけられて、戸惑うことになるなんて思っても見なかった。
「一日置いてしまったけれど、アスティンたちの後を追えるのね。さぁ、行きましょ」
「ルフィーナ、あなたに提案があるんだけど聞く?」
「あら? アダリナの提案だなんて何かしら?」
わたしの弓の指導役にして、ミストゥーニの姫であるアダリナ。彼女の全てを信用しているわけではないけれど、何かの企みがあるとすれば、それに乗っかってあげるのも面白いと思っていた。騎士たちに聞こえないように小声でわたしに話し始めた。
「あなたの旦那さんでもあるアスティンさん。彼らを案内した道とは別の道を教えてあげたいのだけど、どうかな?」
「ふぅん? あなた、何か企みがあるのでしょう? 貴女の言い方だと、まるで別の道を行って欲しいように聞こえるのだけれど」
「うん、その通り。私はルフィーナには、別の国から見てもらいたいって思ってるの。それに彼らの道は狭いし、馬も使えないの。王女様にはさすがに歩かせてまで、向かわせたくないしね。どうかな?」
「わたくしはそれでも構わないけれど……んー」
馬も使えずに徒歩で進ませるなんて、普通はあり得ないわ。それも招待をされてのことだというのに。それにしても、アダリナの言い分ではあるけれど、彼たちと遠ざける何かの理由があるに違いないわ。
アスティンたちと同じ道へ進んで欲しくない……何かがあるんだわ。どうしたものかしら。
「ルフィーナ王女、なにかお困りのようだが……何事でございまするか? 我にも話をお聞かせ願いませぬか?」
「アルヴォネン様。そうですわね、実は――」
事情を話すと、アルヴォネン様は笑って答えてくれた。
「よいではありませんか。会えぬわけでもござらぬこと、我が息子はまだまだ甘えが抜けきっておりませぬ。だからこそ、此度の別働における王女の判断には、さすがと感心しておりました。我からも、こちらからの道へ進まれることを進言させて頂きまする。我はこちらから進んだ先の国も承知しております。息子たちが進んだ道よりは、よき出会いが待っているかと思われますぞ」
さすがはアルヴォネン様だわ。アスティンのお父上、わたしのお義父さまにして、騎士の中でも最高の位に位置している御方。唯一、世界の全てを知られている騎士様。やはり、この御方をお呼びして良かったんだわ。
「分かりましたわ。では、アダリナ。わたくしたちをその道へ案内してくださる?」
「そう言うと思っていたよ。騎士様のおっしゃる通り、こっちの方が安全だからルフィーナ王女に危険が及ぶことは少ないと思うよ」
「それはいいのだけれど、あなたの王女を、早急にお救いしなくてはいけないのではなくて?」
そもそも、ミストゥーニに来て欲しいと言われたのは、王女が帰って来ない。そういう話だったはずだわ。それなのに、わたしにはそれとは関わらせないようにしている。その国に向かわせないようにしているようにも感じる。
「そうね、そのつもりだったんだけど、アスティンさんのパーティの中に、ヒゲ騎士さんがいるのを確かめてから、気が変わったの。彼がいるなら、多分大丈夫かなって。そしてそっちには、あなたを行かせない方がいい気がしたの」
「霧の姫よ、息子の向かう先にはあの王国と、王女たちが待っているのだろう? そしてあやつも」
「はい、その通りです。全てお見通しなのですね」
「うむ。やはりそうか、それであれば我が王女が向かったとて、意味は成さないかもしれぬな」
「さっきから何を話しているの? アルヴォネン様はご存じなのかしら?」
「存じております。が、まずは霧の国から出発致しましょう。事情を知らぬ女性騎士たちが、暇を持て余しておいでだ。ルフィーナ王女、道中にてお話致す。それでよろしいか?」
「アルヴォネン様がそうおっしゃるのなら、わたくしは異論ありませんわ。わたくしが会っても意味が無い、そういう方たちがアスティンたちの行く先にあるというのは理解しました。アダリナ、案内してくださる?」
「決めたみたいね。それじゃあ、ルフィーナは馬車に乗って。騎士様たちは、馬に騎乗して付いて来て下さい。この先の国には先に報せをしておくわ」
「分かったわ。でも、事前に報せなくてもいいわ。楽しみは後に取っておくのも一興っていうわよ?」
ただでさえ、ミストゥーニから先の国は未知の国だというのに、わたしたちが行くことを知らせてしまっては、楽しみが減ってしまうもの。本当は馬車にも乗らなくていいけれど、そういうわけにも行かないでしょうし、それだけは守らないとね。
「それでいいならそうする。報せはしないけど、私の国の通行証を渡しておくね。これがあれば困ることが減るだろうから」
「そうね、助かるわ」
アスティンとは本当に、しばらく会えなくなるのね。あなたが向かう先の国には、きっとあなたにとっての試練が待ち構えているんだわ。わざわざ、離ればなれにならなくても良かったけれど、次に再会した時には一緒にジュルツへ帰りましょうね。
わたしには、アスティン。あなたしかいないのだから。




