32.未知の国への決断
「「あれ? 何これ。あなたは誰です?」」
「「私はジュルツのコミューンで、プルデンシア・エドゥアルトと言います。ルフィーナ王女様と騎士たちがあなたの国の辺りに来ています。霧を解いて国内へ入れて下さい」」
「「あ、そうなんだ。うん、いいよ。それじゃあ、そう伝えてね」」
「「分かりました」」
「プルゥ、どうだった?」
「あ、はい。あちらはすでに気付いていました。私がいなくても良かったんじゃないでしょうか」
「ふふっ、カンラートの妹の割には弱気ね。少なくとも、プルゥが知らせてくれなければここでこのまま待ちぼうけさせられていたかもしれないわ。そういう子たちなの。だからありがとう」
「私こそ、ありがとうございます。ルフィーナ王女に会えて良かったです。これで兄と話すきっかけが出来ました」
「あら? あなたはその為だけにここへ来たと言うの?」
「はい。あの堅物な兄が心を奪われたと言う王女様を、見たかったのです。無理を承知でお連れしていただきました」
ルフィーナ王女の話を出せば、きっと兄は会ってくれる。そう信じたからこそ、プルデンシアはここへ付いて来ていた。たとえ、利用させていただくということになろうとも。
「ふぅん。あなた、食えないのねぇ。まぁいいわ、あのカンラートと仲直りしたいなら、早くお戻りなさい。あなたの力がお役に立てたことは事実なのだから」
「……ありがとうございます」
この場で1人だけ返すのはあんまりだろうから、ミストゥーニに入ったらそこで待ってもらわないといけないわね。もちろん、迎えに来る騎士はカンラートにしとかないとね。
「ルフィーナ、霧が晴れてきたよ。進んでいい?」
「あら、アスティンってば楽しそうね。ふふ、入ったら驚くわよ!」
「そうなんだよ。初めて訪れる国だから、やっぱり嬉しくなるよ。それに今はキミがいるし」
「は、恥ずかしいこと言わないでよ、アスティン!」
霧の国への道が開けたわたしたちは、堂々と国内へ入らせてもらった。この国へ来るのは久しぶりだけど、今回は事情が違う。ここから未知の国へ行けるのなら、楽しみが増えるのだから。
地下城・ミストゥーニ――
ヴァルキリーの子たちが先頭を進み、わたしの両脇をアルヴォネン様とアスティンが守りながら、後ろにハヴィとドゥシャン、セラたちが続いた。
「ルフィーナ王女、お久しぶりです。随分と、大所帯で来られたのですね」
「アダリナのお望みどおりにして差し上げただけよ? それで、どうなさるおつもりなのかしら?」
確かディーサ王女が行方知れずだったかしら。それを何とかするためには騎士が必要とかなんとか?
「ええ、その通りですよ、ルフィーナ王女」
「あなた、今心の中を?」
「そこのコミューンと一緒ですよ。この国の先にある国で学びを得た。そうでしょう?」
「そうです」
ミストゥーニといい、その先の国といい、わたしが知らない国が外世界には広がっているのね。これはますますやる気が溢れて来るわ。
「お話のところ、失礼する。そなたがミストゥーニの王女様でございまするか? 見たところ、護衛もおらぬようだが」
「いいえ、私は代理ですわ。ディーサ王女様はとある国に出向いたきり、お戻りになられないのです。それ故、無礼を承知でルフィーナ王女に願ったのです。護衛がいなくても、ここには攻める輩などおりません」
「そうであったか」
「父さま。では、騎士として父さまも向かわれるのですか? それならきっと問題なく進めるはずです」
「うむ」
アルヴォネン様がいてくれるだけで確かに心強い。アスティンも騎士としてまだまだ成長できる。だがなぜ見習い騎士まで連れてきたのか、セラはそれだけが疑問だった。
ルカニネも連れてきた事で、ヴァルキリーは3人になった。それだけでも十分ではないのだろうか。ジュルツの主力をここに遣わしたことに、何かの狙いがあるとすれば油断ならない。セラ自身は気を引き締め、王女を守り抜くことを心に決めた。
「セラ、難しい顔をしてどうしたの? あなたの綺麗な顔が台無しだわ」
「何でもねえぜ」
自分たちのことに細かく気付いて下さる御方、それがルフィーナ王女。彼女をお守りすることこそが、自分たちの役目でもある。この先に何が起ころうとも、それだけは覆さないと誓ったセラだった。
「ルフィーナ王女、私とお話をしてくれませんか? ふたりだけで」
「ええ、いいわよ」
「では、我らもお供を……」
「騎士様たちは、お休み頂いて構いません。わたしと王女様だけでお話がしたいのです」
「それには応じられない話だね。あたしはセラ、近衛騎士だ。アダリナだったか、あたしのことも覚えているだろ? なぜ王女様だけで話をする。護衛を外す意味はあるのか? 聞かせてもらいたいね」
「あなたは谷底の試練でお会いした騎士ね。もちろん、覚えているわ。ルフィーナ王女に忠実に従っているのね。だからこそ、ルフィーナ王女には選択をしてもらいたいのです。ですから、ふたりだけでお話を」
「納得の行く話をしてもらいたいね」
「セラフィマ。わたくしは大丈夫よ! ここはお引きなさい。いいわね?」
「……は、承知いたしました」
気丈な王女に何かあっては困る。セラのただ一人の王女様。だからこそ、アダリナに食って掛かる彼女だった。
「セラフィマよ、心配せずともあの方に手出しはしないだろう。なに、ジュルツの騎士がここまで来るとは向こうも思わなかったのではないか? それ故に、迷いが生じているようにも見えた。その判断を王女様に委ねられるおつもりなのだろう。我らは忠実な騎士。王女様のご判断とご決断に従うのみだ」
「畏まりました」
王の間から随分と離れた部屋にまで来てしまったわ。本当に、何を話すと言うのかしらね。
「はぁー、王女様って疲れるね。ルフィーナもそう思うでしょ?」
「虚栄を張っていたのね? あなた、仮王女なのにどうして?」
「それはさすがに緊張するよ。だって、あの騎士ってアルヴォネン様でしょう? あの方は最強を誇った騎士様だってことくらいは知っているわ。その方が目の前にいるんだもん。緊張もするよーー」
「そうなのね。わたしは王女であることが決まっていたし、あなたと出会った時からそのつもりだったから、疲れるなんてことは無いわね。それで、わたしに話って?」
「ディーサ王女が帰って来なくなった話なのだけど、きっと王女代行をされているに違いないんだよね。この国の霧で隠している王国があるんだけど、そこの王女が今、不在みたいでさ。だから国民も不安が募ってしまって、それで引き留めてしまったんじゃないのかなと思ってる」
「そんな国があるのね。霧で隠してるって、それじゃあそこの王国は、ミストゥーニ経由でしか行けないってことよね? それなのにどうしてジュルツの騎士が必要なのかしら?」
霧で隠された王国。そんな国もあるのね。そこもミストゥーニと同じく、国交が無いのかしらね。
「ルフィーナは魔法って知ってる?」
「バ、バカにしてるの? それくらい知っているわ! ただ、騎士の国にはそんなの必要ないもの。たとえ魔法が使えたとしても、わたしには必要を感じないわ。それが何なのかしら?」
「うん、そこの王国は魔法を使う民がいる国なの。そうは言っても、敵意は無いよ。他国のことも知らないし、そもそも霧で隠れてるから普通は行けないしね」
「じゃあ、どうして?」
「それがさ、そこの王女が今、旅に出てていないんだよね。それもふたりとも。だから、不安がっているんじゃないかなあって」
「王女がふたりですって!? 聞いたことないわ。いくつくらいの王女なの?」
「姉妹の双子王女だからね。歳はルフィーナと同じだね。その二人は今、世界のどこかで魔法を得る為の旅に出てるらしいんだよね。問題はそれだけじゃなくて、恋も探してるとかでさ~」
姉と妹の王女。もし、わたしとフィアナお姉様が双子だったら、お別れをせずに済んだのに……それは考えても仕方のないことだけれど。
「それで、どうしろと?」
「双子の王女様で姉の方なんだけど、ジュルツの騎士を待っているらしくてね。もちろん、今は国にいないよ。だけど、騎士が王国に来ていることを知れば、姉だけでも戻って来るんじゃないかなぁって思ってる。そしたら、ディーサ王女も帰って来れるはずなんだ。それをあなたにお願いしたいの」
「ジュルツの騎士を待ってるって、その騎士の名は?」
「んー……名前は聞いてないんだけど、ヒゲ騎士らしいよ」
ヒゲ騎士……思い当たるのはアレしかいないわ。女性に興味がなさそうなフリして、すでに王女に恋い焦がれられているじゃないの。まったく、アスティンの兄騎士ってみんなああなのかしら。
「それに、霧の国から先は馬車が使えないし、あんな大所帯で行けるほどの道は無いんだ。すぐに王国にたどり着けるわけじゃ無いし、そこまでの道のりも優しくないんだよね。王国の手前の国は、レイリィアルみたいな好戦的な国もあるし。だから決めて? 二手に分かれて進む騎士たちを」
「丁度10人いるけれど、二手だから5人に分けろってことよね? しかもヒゲ騎士が役に立つわけでしょ。悩みどころね」
こんな意外な話を聞かされるとは思わなかったせいか、アダリナと話し込んでからだいぶ時間が過ぎていた。アスティン辺りがそろそろ泣きながら、わたしを探して乗り込みそうなので決断を早くしないといけないみたいだった。誰と誰にするべきなのかしらね――




