3.ルフィーナと女の子
アスティンのお母さま、ロヴィーサ様は現役時も引退されてからも、最強のヴァルキリーでいらっしゃる御方。そのお母さまが、子育て中のシャンタル・ヴァルティアに代わる次のヴァルキリー候補を見つけてくだされた。聞けば聞くほどわたしは心が躍り、夫でもある騎士の副団長アスティンと戦わせたくて仕方がなかった。
「ねえ、アスティン。あなたはすぐにでも戦いたくてたまらない。そうよね?」
「ええ? い、いやぁ……そもそも、俺はその女の子のことを知らないし、9歳って聞いてわくわくするとか、そんなことには中々ならないよ」
「んもう! アスティンはこう……戦えることに高揚感みたいなものは抱かない人なの? それでも騎士で、しかも副団長なのかしらね。しっかりしてよ、わたしの旦那様!」
「俺は最初からこうだったじゃないか。騎士ってそんな、強さを誇示するものじゃないんだよ? ルフィーナも王女なんだから、その辺をもっと学んでよー! 俺の奥さんならそれくらいは――」
「ふぅん? そういうこと言うのね……アスティンてば、いつからわたしに歯向かえるようになったのかしらね。いいもん! そんなこと言うなら、わたしは見習いヴァルキリーの子を応援するわ! アスティンは1人で頑張りなさいよね!」
「あ、い、いや、えーと……ご、ごめんなさい!! 俺にはキミしかいないんだよ~。キミの応援があっての強さなんだ。だからあの、キミの声があれば俺も本気で戦います! だ、だから機嫌直して」
「……と、とにかく、わたしはロヴィーサお母さまの所に行ってくるから、あなたは騎士たちをきちんと指導して来なさいね。アスティン、わたし怒ってないから。頑張ってね、アスティン」
「うん! キミも」
「お母さま、来ましたわ」
「待ってたわ、ルフィーナちゃん。見習いヴァルキリーの子と会いたいわよね? 実はね、お庭で待たせているの。外に行きましょ?」
「ええ、是非!」
お母さまはさすが、用意周到なのね。やっぱり、抜かりなく行動されているわ。どんな女の子なのかしらね。ふふっ、楽しみ。
「ルフィーナちゃん、この子が見習い騎士……いえ、見習いヴァルキリーよ。さぁ、お名前を名乗りなさいね」
「こ、こんにちは……はじめまして、わたし、ハズナ・イニバーゼ……です。王女さま、おねがいします」
「まぁ! ご丁寧にありがとう! わたしは、ルフィーナ・ジュルツなの。ハズナとお呼びしてもいいかしら?」
「はい。おねがいします。わたし、王女さまの騎士だから」
「わたしの騎士さまなのね! うふふっ、嬉しいわ! ハズナ、よろしくね」
大人びた声をしているけれど、9歳の女の子だわ。しかもなんて礼儀正しいのかしら。将来が楽しみね!
「ふふっ、可愛いでしょ? ハズナはすでに槍も剣も扱えるの。彼女の生まれた国、イニバーゼは幼き頃から武器の扱いを教える国でね、わたしのかつての旧敵からハズナの養成を頼まれちゃって、それですぐにジュルツに連れてきたの」
「そ、そうなのね。聞いたことのない国だわ……そこは遠いのかしら?」
「ええ、ジュルツからは簡単に行けないわ」
ロヴィーサお母さまの旧敵……ということは、ヴァルキリーの時だった頃のご友人なのかしらね。あまり詳しく聞くのも恐れ多いし、やめておかなきゃ。
「あ、あの……それでね、ハズナの今の実力を見てみたいのだけれど、いいかしら?」
「はい、王女さまのためにたたかいます」
「ありがとうね、ハズナ! 相手は王立騎士の中でも一番……でもないけれど、強い人が相手なの。どうか、ケガはしないでね」
「負けないですから、だいじょうぶです」
「うん、期待しているわね!」
わたしとロヴィーサお母さまに深く頭を下げ、ハズナは宿舎の方に駆けだして行く。話をしている感じと走っていく姿は、紛れも無く普通の女の子にしか見えなくて不思議な感じがした。
「お母さま。あの子、ハズナが最強のヴァルキリー候補で間違いないの?」
「信じられない? きっと誰よりも強いわ。ただ一つ問題があってね……」
「な、何かしら?」
「騎士が嫌い……ではなくて、男の子が嫌いなの。つ、つまりね、アスティンにとって最悪な敵とも言えるわね。アスティンも弱くはないけれど、ハズナにはきっと敵わないわね。副団長として初めての敵が女の子で、しかも子供だなんて。我が息子ながら気の毒な相手だわ」
「そうなのね! お母さま。それはそれで、アスティンにはいい薬になるわ! 彼は言葉では本気で戦うなんて言っていたけれど、やっぱり女の子には甘えを出すに決まっているの。もっと彼には頑張ってもらわなきゃ!」
男の子が嫌い? ヴァルキリーとして必要な要素なのかしらね。容赦なく時には冷酷に、アスティンがヴァルティアに初めて出会った時のような印象を抱くのかもしれないわ。
城下の酒場――
「え? ドゥシャンは彼女と付き合っているの!? あんなに喧嘩していたのに?」
「ま、まぁな。お前の家を一緒に見張ってた時はいつも気に入らなかったんだが、酒の勝負をして一緒に風邪で寝込んだ時から何だか、好きになっちまった。お前がフィアナ王女さんを護衛する時に行けなかった時だ。あの時はすまん」
「それは別にいいけど、そ、それで、上手く行きそうなの?」
「いや、それがな……あいつ、王女様の近衛騎士だろ? おまけに俺より強いんだぜ? だから候補になっているんだよな。これはお前には言ってもいいだろうから教えるが――」
「え? じゃ、じゃあ……ヴァルティアと同等の?」
「そこまでは知らねえけどな。正式に決まるとそう簡単には会えなくなるわけだ。お前は知ってるだろ? 団長とヴァルティア様の関係を……」
団長……つまり、カンラート。彼とヴァルキリーのヴァルティアは、まともに会うことも無く、アスティンやルフィーナに付き従って数年以上も離れ離れで行動をしていた。ふたりが一緒の時間を過ごすようになったのは、婚姻をしてしかもヴァルティアが子を授かってからだった。
アスティンとルフィーナ。身分や立場の違いに加え、試練で離ればなれになったこともあり、お互いが同じ時間を過ごすようになるまでに相当な時間を費やした。
騎士とヴァルキリーも立場が違って来ると、簡単に会うことは出来なくなる。それと同じということに気付いたアスティンは、途端に気を遣い出した。
「そ、そっか。ドゥシャンはそれでもいいの? せっかくその……」
「そんなもんだ。普通の民とは違うからな。だから騎士は想いだ、心だ。とか言い続けてるんだ。お前もそうだったろ?」
「はい……」
「お前がしんみりしてどうすんだ? 副団長は堂々としてろや! ヴァルキリー候補と戦うそうじゃねえか! お前の強さもそうだが、ヴァルキリーってのはそういう運命を背負ってるのかもしれねえし、お前との戦いで俺も覚悟を決めれるかもしれねえしな! 頑張れよ、アスティン」
「わ、分かりました! ドゥシャン。俺に関係なく、ルカニネをずっと想っていてください」
「あ、あぁ……そうだな」
ルフィーナには相手がたとえ、小さな女の子であろうともヴァルキリー候補である以上は、甘えを捨てて相手に向き合い、本気を出すと宣言したアスティン。
気を引き締めながら、自分に言い聞かせるアスティンだった。
「俺は、副団長、副団長なんだから――」




