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25.出会いと別れの雨


「ルフィーナ!! あなたはどうしてアスティンくんにいたずらばかりするの? あなたがいたずらをするたびに、アスティンくんは私のところに来て泣いているのよ? 大好きな男の子を泣かせたら駄目じゃない!」


「お姉様、アスティンはお姉様だから泣くの。わたしの前では涙なんて流したことがないもん」


「そうなのかもしれないけれど、好きな男の子を泣かせるようないたずらはおやめなさいね!」


 アスティンに最初に仕掛けたいたずらは落とし穴。見習い騎士のアスティンなら、きっと大丈夫だと思って仕掛けたのに、フィアナお姉様には理解されなくてすごく怒られちゃった。


 アスティンってば、わたしの前では格好いいところを見せようとして頑張っているみたいだけれど、いたずらに引っかかってすぐにお姉様のお部屋に向かうようになっているのよね。きっとすごく甘えているに違いないわ。


 ナミュールは、わたしのいたずらが日増しに磨かれていくのを諦めたのか、そんなにうるさく言わなくなってた。アスティンにいたずらをするようになったのもあるけれど、ナミュールはすごく優しい笑顔を見せてくれるようになっていた。


「姫様。アスティンへのいたずらもほどほどにしてくださいね」


「もちろんよ」


「ふふ。姫様がこれからも健やかに成長されていくのを楽しみにしていますよ」


「ナミュール? どこへ行くの?」


 ずっと教育係としてわたしを見て来たナミュールは、微笑むだけで何も言ってくれない。どうして?


「ルフィーナ、探したぞ。ナミュールのお見送りをしたいだろう?」


「お父様? どこへ行くの」


「城門でナミュールの帰国を一緒に見送るのだ。彼女は自分の国へ帰ることになったのだよ」


「ええ!? そ、そんなどうして……わたし、知らない」


 アスティンと毎日会うようになってから、ううん、わたしがお城の中での作法やお勉強をしっかりとやるようになってから、ナミと会う時間が減って来ていて……顔を見かければ一度は怒られていたのに、微笑んでくれることの方が増えていたのは、そう言うことだったからだというの?


「姫様はもう、しっかりとされていますよ。だから、わたしのお役目は終えたの。これはね、悲しいお別れでは無くて、姫様の教育をきちんと出来たことのお別れなの」


「ナミの帰る国? それはどこなの?」


「うんと遠いの。いつか姫様が外へ出られた時には、立派なお姿を拝見させてね? 約束」


「や、約束するわ! わたし、ナミのいる国に行きたいの。その頃はきっと、王女なの。だから、それまで待ってて」


「ええ、ずっと待っているわ。ジュルツのルフィーナ様の教育係が出来たことは、私の誇りなの」


 城門に着くと、国への護衛なのか分からないけれど、数人の騎士たちが出発の時を待っている。城の中に居ては分からなかったけど、少しだけ頬を濡らすほどの雨が降っていた。


「アルヴォネン、この者たちは?」


「あぁ、アソルゾには後で紹介しようと思っていたが、丁度よかろう。此度の護衛に就く騎士たちだ。彼女たちにはまだこれといった称号が無いが、男の騎士にも遜色のないほどに強いぞ」


「ほう! それは良きことではないか。ではわしがこの場で任命をしてやろうぞ!」


 アスティンのおじ様の近くで何人かの騎士、それも女の子だけの騎士たちがずっと、姿勢を崩すことなく立っていて、わたしを気にしている様子はなかった。


「では、彼女たちはただの女騎士では無く、ヴァルキリーと呼ぶがいい。それが彼女たちの名前となり、称号にもなるであろう」


「あい、わかった。では、お前たちはヴァルキリーとして名乗り、戦地を駆けるがよいぞ!」


「ではナミュールをよろしく頼む」


「分かった。では、出立だ!」


「それじゃあ、姫様、お元気でね」


 物々しさと凛々しさに夢中になっていたけれど、せめて途中までは一緒に付いて行きたくなって、お父様にお願いをしてみた。


「お願い、城が見える所まででいいの。わたし、ナミと途中までお話したいの」


「むぅ……お前をまだ外へ出すわけには」


 お父様はわたしを城の外……つまり、国の外には絶対に出すことをしなかった。たとえ城の近くでも何が起こるか分からないからだと聞かされたから。それでも、もう会えないかもしれないのに、ここで黙ってお見送りするなんて我慢が出来なかった。


「よいではないか、我が途中で姫様をお送りすれば問題なかろう?」


「アルヴォネンよ、ならば頼む」


「では姫様、ナミュール様と馬車にお乗りくだされ。雨に濡れられては王妃様にお叱りを受けてしまいますぞ」


「分かったわ。でもその前に、あの子たちともお話がしたいの。いい?」


「よいでしょう」


 雨粒の小さな雨が降りしきる中、騎士の彼女たちは進む道しか見ていなくて、何だかそれがとても気になって、わたしは彼女たちに声をかけたくなった。


「ねえ、あなたのお名前は?」


「我はヴァルキリー」


「ううん、それはお父様が名付けたお名前でしょ? あなたのお名前が聞きたいの。雨に濡れたままであなたの綺麗な黄金の髪がすごく輝いていてステキね~」


「姫様には敵いませぬ。我には名乗れる名など持ちませぬ。他の者からお聞きください」


 む~~お名前が聞きたいのに。他の彼女たちも教えてくれなかったし、お父様が変な名前を付けたからだわ! 小さな粒だけど、ずっと濡れていて大丈夫なの? 


「姫様、もうよいか? では、馬車にお乗りくだされ」


 結局、馬にまたがる彼女たちの名前を聞くことが出来ずに、城が見える範囲の所まで、わたしはナミュールとお話をすることにした。


「姫様は見習い騎士のアスティンのことが好き?」


「うん! 大好きなの。アスティンはわたしのお嫁さんなの。だからアスティンはわたしが守ってあげないと駄目なの」


「偶然でもない運命的な出会いをしたのなら、きっと姫様はアスティンと一緒になれますよ」


「ずっと一緒にいるって約束したの! だから、絶対なの!」


「姫様。それでも、アスティンも姫様も、お互いに遠い所に行かなければいけなくなった時には、ずっと相手のことを想い続けてくださいね。そうすれば、きっと姫様の想いは叶えられますからね」


「アスティンと離れ離れになるってこと? そ、そんなことないもん。ずっと一緒にいるって約束してるもん」


「……ええ、それでも、想いを続けていれば必ず、会えますからね。私も姫様を想い続けて、いつか会える日を待っていますからね」


「……ナミ、ナミュール。か、悲しくなんかない……ナミュールにはまた会えるもの」


「うん、必ず。姫様に会いたいです。だからどうか、涙を流さないで下さいね」


「こ、これはさっき、雨に濡れて来た滴なの。だ、だから泣いてなんかいないもん……」


 ずっとわたしにうるさく教えて来たナミュール。ずっといると思っていたのに、どうしてこんなにも涙が止まらなくなるの? ずっと傍にいてくれると信じていたのに。誰かに会えれば誰かと別れるなんて、そんなの嫌。いつか必ず、彼女に会いに行きたい。彼女の顔をまともに見られないくらい、涙を流し続けたけれど、想い続けていればきっと会える。そう信じて、ナミュールとお別れをした。


「ルフィーナ姫様。よろしいですか?」


「え、ええ、城に戻っていいわ」


「姫様。アスティンと一緒になられることは父である我も嬉しく思っておりますぞ。ですが、姫様。もし、我がアスティンだけでは心許ない時が訪れた時には、我の名をお呼び頂いて構いませぬ。我は騎士の団長ではありますが、姫様の騎士なのです。これだけは忘れずにいてくださると光栄にございますぞ」


「アスティンのおじ様。アスティンはきっと、立派な騎士様になるの! だからおじ様を呼ぶなんてことは無いわ。でも、それでも呼ぶ時があったら名を呼んでもいい?」


「どうぞ、このアルヴォネンの名を呼び、命じて下され」


「ふふっ、アスティンのおじ様。優しいのね」


 ナミュールを乗せた馬車と、ヴァルキリーと呼ばれる彼女たちとの距離がどんどんと離れ、わたしの国のジュルツ城が間近に見えて来た。小雨が止み、城門にたどり着いた時にはすっかりと晴れ上がっていた。


「姫様、では我はナミュール様を送り届けて参ります。では」


「アルヴォネンさま、ナミをよろしくね~」


「必ずや!」


 アスティンのおじ様はきっとお強いのね。アスティンもきっと強くなるに決まっているわ。それに、ナミュールの言葉。離れていても想い続けていれば叶う……ナミの言葉を信じて、わたしは想い続けて見せるわ! 約束だもの。

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