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23.アスティンの兄たち:後編


「あの、イグナーツに聞いてもいい?」


「うん? 何かな」


「どうして騎士になろうとしたの? 僕には分からないんだ。僕は父さまがすごい騎士って知ってるけど、僕はなりたいとは思わないんだ」


「どうして……かぁ。アスティン、僕はね最初に言ったけど僕も兄妹がいないんだ。それにアスティンと違って、両親は騎士でも何でもないんだよ。だからいつか僕が両親を守りながら、故郷を守りたいって思ってるんだ。僕の故郷は騎士なんていないからね」


「守る……? 怖いから?」


「そうとも言えるかな。ジュルツのような大きな国と違って、小さな町や国は賊にも襲われやすいんだ。だから、決して平和な暮らしとは言えないんだよ。でもね、ここは騎士の国。ここで経験を積めば、いずれはひとりで守れるようになれるんだ」


 イグナーツは穏やかに話しながらも、騎士とはそういうものなんだってことを僕に教えてくれている。守るために騎士になる。僕も守れるのかな。


「僕も騎士になれるかな?」


「アスティンも守りたいひとがいるのかい?」


「ぼ、僕はルフィーナちゃんを守りたい」


「お姫さまのことだね。うん、アスティンはお姫さまの騎士になるってことでいいと思うよ。お姫さまが好きで、傍にいたいならキミは騎士になるべきだよ」


「うんっ! ぼく、騎士になるよ。イグナーツみたいに守れて、優しくて強い騎士になるんだ!」


 今日もいっぱい話ができて楽しかった。もっともっと、イグナーツと遊びたい。


「ただいま~」


「お帰り、アスくん。今日も嬉しいことがあったの?」


「うん! イグナーツとたくさん話をしたよ。僕はルフィーナちゃんの騎士になるんだ! イグナーツのような騎士になる!」


「うふふっ、ルフィーナちゃんの騎士になるのね? アスくんならきっとなれるわ。明日も宿舎に行くの?」


「もちろんだよ! だって楽しいから。お母さん、お休みなさい~」


「お休み、アスくん」


 騎士を見るだけで怖がっていたアスくんがあんなに嬉しそうに話すなんてね。彼には感謝をしなければならないわ。そしてどうか、騎士イグナーツに加護を。


「ロヴィーサ、アスティンは眠ったか?」


「ええ、あんな笑顔のアスくんはルフィーナちゃんに会えた時以来かしらね」


「……そうか。心の優しき騎士であるが、イグナーツの行く先は厳しいと聞く。幼きアスティンには、せめて彼の思い出を忘れずに残して行ってもらいたいものだ」


「アルくん……」


 僕は騎士の宿舎に行くのが楽しみで仕方なかった。イグナーツとの話、宿舎の中のかくれんぼ、追いかけっこ……本当はきっと、僕と会う時以外はたくさんけいこをしているはずなんだ。それなのに、イグナーツは僕が来たと分かったらすぐに、僕の所に駆け寄って来る。優しいお兄ちゃんなんだ。


 そんな楽しい日がずっと続くと思っていた。だけど、あの日……イグナーツと話をしたあの日が最後だったんだ。


「アスティン。僕はアスティンが本当の弟みたいに思えたんだ。カンラートや、ハヴェル、ドゥシャンよりも一番、僕と話をしてくれたよね。僕のことを「お兄ちゃん」と呼んでくれたのは本当に嬉しかったよ。これは忘れられない思い出だよ。アスティンにも、僕にとってもね」


「イグナーツ? 思い出ってなに? どこか行くの?」


「うん。遠い所に行くんだ。そこで僕は、騎士として守るんだよ。守りきることが出来たら、僕はまたアスティンの所へ戻って来るからね。アスティン、ありがとう。キミもお姫さまを守る騎士になるんだよ? 約束だ。そしたらいつかきっと、会おう」


「う、うん。僕、イグナーツのような騎士になって、その時に会いたい!」


 僕とイグナーツが話をしたこの日が彼と会えた最後の日だった。


「アスティン、どした? 元気が無いな。俺と話でもしようじゃないか!」


「カンラートと話したいことがないよ……」


「む……むむ、それは困ったな。そ、そうだ! アスティンは姫さまが好きなのだろう? 姫様は城の中で退屈な日々を過ごしているみたいだぞ。アスティンが行けばきっと喜ぶぞ!」


「ルフィーナちゃんと何を話せばいいの?」


「ぬ? そ、そうだな。むぅ……分からぬ。い、いや、アスティンから話さずとも、姫さまは活発なのだ。姫さまについていけば間違いないぞ、うん」


「そ、そうだね。分かったよ、カンラート。僕、お城に行ってみるよ」


 イグナーツがアスティンに近い兄だったのは認めるが、なかなか難しいものだな。彼の報せは届いておらぬが……無事であるとよいが。


 ルフィーナちゃんのいるお城へ行くために、家に帰ると父さま、お母さんが僕に近づいて来て黙って抱きしめて来た。どうしたんだろう? こんなこと、今までなかったのに。


「と、父さま? お母さん? どうしたの?」


「アスティン、お前の兄イグナーツのことだが……」


「お兄ちゃんがどうしたの?」


「イグナーツはもうジュルツには……いや、いつかお前が分かるようになった時に話そう……」


「アスくん、イグナーツお兄ちゃんとの約束をしたのを覚えてる?」


「うん! 僕はお兄ちゃんのような優しくて強い騎士になるんだ!」


「そう、それならきっと、いつかアスくんが外の世界に出た時に、会えるわ。きっとね……」


 僕はお母さん、父さまの言っていることがよく分からなかった。そして、僕はその答えをそれ以上聞くこともなく、ルフィーナちゃんに会いに行く日々が始まることになる。


 騎士イグナーツのことを口にする人はいなくなって、そのうちルフィーナちゃんと過ごす日が長くなるにつれて、僕も彼が帰って来ていないことを気にしなくなっていた。


 でも、約束したんだ。いつかきっと、お兄ちゃんと会うって――

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