17.ウソの霧に紛れし王女
まったく、アスティンの奴め。ルフィーナ様に会いたいがために、ベテランとはいえ酔っ払いの配下騎士を置いて浜辺に来るとは浮かれ過ぎだ。城にいた時はしっかりしていたように思えたのに、気のせいだったか?
それにしても、姫さんの警戒心はさすがだ。ミストゥーニと言えば小生意気な子供だったはず……ハヴェルに何かするとは思えないが。
姫さんに言われ、一足先に酒場にたどり着くと確かに、あの時にいた娘3人組があたしを待ち構えていた。昼の酒場には他に客の姿が無く、静かなものだった。妙な感じを受けた。
「あんたら、谷底の時の子だろ? 何でここにいるんだ。いや、それよりもウチの騎士はどこにいる?」
「あなたはルフィーナといた女騎士でしょ? あなたもここに来ていたんだ。騎士様なら、今は安全なところで寝かせているわ。アスティンさんから聞いてないんですか? それとも、何かわたしたちがするとでも?」
「現にハヴェルをどこかにいなくしているだろ? 怪しくないなら何故、こちらに挑発をしているのか聞かせてもらえるか?」
何かおかしい。少なくとも、あたしと姫さんがあの国へ行った時には敵対心を出されていなかった。やはり何か企みをもってこの町に来ているのか?
「チュスラーナ、ミラグロス!! 来るわ!」
アダと呼ばれていた娘が叫ぶと同時に、脇を固めていた2人の娘が武器を構えた。あたしにじゃない、あのふたりに向けている。ハズナ、テリディアふたりのヴァルキリーがここに着いたということを意味していた。
「……敵、消えろ」
「覚悟なさい。我が王女に仇なす存在に、わたくしは容赦の心を持ちません」
ハズナの繰り出す風は、チュスラーナと呼ばれる娘に向かって真空の刃を起こして舞い立った。テリディアの剣は、ミラグロスに対して振り下ろされた。
「……? 当たってない」
「こちらも同じです。当たった感触がありません。幻だとでも言うのですか?」
違うな。すでに酒場の中は視界が悪くなるくらいに、霧を発生させていたようだ。彼女たちは霧を身に纏うような技でも会得しているんだろう。しかし店内でも霧とは恐れ入ったね。
ほどなくして、ルフィーナ様が酒場にたどり着かれたようだ。
「な、何なの!? ここ、酒場よね? どうして霧が……」
「待っていたわ、ルフィーナ。わたしを忘れていないよね?」
「ええ、忘れもしないわ。弓を教えてくれた恩人でもあるもの。だけど、いたずらが過ぎるわ。こういういたずらはいくらわたしでも好きではないわ! やめなさい、アダ」
「うん、やめてあげるね。チュスラーナ、解いて」
「分かった」
ルフィーナ様の言葉を素直に聞いて、霧が晴れるとあたしのすぐ足元にハヴェルが眠りこけていた。まったく、何の冗談なんだか。
「――それで、あなたアダ?」
「お久しぶりですね、ルフィーナ王女。わたしはミストゥーニ王女、アダリナ。試す様なことをしてごめんなさい。そこのおふたりがヴァルキリーなんでしょ?」
「そうよ! わたくしのヴァルキリーたちだわ。もちろん、ここにいるセラも近衛騎士だわ。アスティンに話しかけ、ハヴェルを使ってわたくしに挑発するとはどういうことかしら? 説明してもらえるわよね」
どういうつもりなのかしら。アスティンもアスティンよ! やっぱり、女の子を寄せ付けてしまうのね。しかも、簡単に信用するなんて。浮かれ過ぎだわ。そんなことでは駄目よアスティン。
「ルフィーナ王女は、旅をしているのでしょう? それもこんな小さな港町も逃すことなく」
「ええそうよ。それが何だと言うの?」
「すぐにじゃなくて構わないのです。ミストゥーニに寄る時、あなたの国の騎士様を数人呼んで頂けないですか?」
「ジュルツの騎士を? どうして?」
「あなたも知っての通り、私たちの国には騎士がいません。ですので、王を守護する騎士様がいないとあの国に向かうことが難しいのです」
あの国? それはもしかしてレイリィアルのことなのかしら。
「王を守護? あなたが王女なのでしょう?」
「いいえ、私はまだ即位していません。ディーサ様が今でも王女様です。ですが、ディーサ王女はあの国に向かわれたまま、戻られておりません。ですから無理を承知でルフィーナ王女に頼みたいのです」
「それはレイリィアルのことかしら?」
「その国も確かに危険ですけど、そこではありません。詳しくはルフィーナ王女が、我が国へ来られた時にお話致します。ミストゥーニに寄られるまでに、騎士様をお願いします」
レイリィアル以外にもおかしな国があるのかしらね。それにしても、わたしの国に頼るだなんてよほど友達が少ないのかしら。
「アダ……アダリナは、他に頼れる友好国は無いのかしら?」
「はい。ルフィーナ王女とあの騎士様が来られた時をお忘れですか? 外からの侵入を阻み、見えない国として存在している我が国です。他の国とは交流はありません。だから、あなたに会いたかったのです」
「わざとアスティン、そこで寝てるハヴェルを囮にしたのね?」
「ええ、そうです」
旅の途中で寄るとはいえ、この子たちを助けることになるのかしら。それも騎士たちを召集してまで。
「ルフィーナ様、友好国とは言え貴女が他国の王を助けることは無いかと存じますが……」
確かにセラの言う通りではあるのだけれど、世界の国や町を全て訪れるということは、その訳の分からない国にも行くということになるのよね。遅かれ早かれということになるわね。
「アダリナ。今すぐにあなたの国へは向かえないわ。それでもいいのよね?」
「はい、それで構いません。私たちはディーサ王女の所在を知りたいだけなのです。ですけど、騎士様がいなければ行くことは敵わないのは事実なのです」
「いいわ、アダリナたちには弓を教わった恩もあるわ。それにあの王女にはカンラートを助けて頂いたもの。どの道、訪れることになるその国に行くのには、あなたたちの協力が必要になるのでしょう? それならそれでいいわよ。ジュルツの騎士たちも退屈を持て余していることだし、何人か呼んであげるわ。それでいいわよね?」
「ルフィーナ王女、あの……ありがとう。ミストゥーニに近付いた時には迎えを致しますので、その時まで私たちはお待ちしています。それと、今回のいたずらは本当にごめんなさい」
「ふふっ、気にしてないわ。叱るべきはわたくしのアスティンだけですもの。アダリナが謝ることではないわ」
「恩に着ます。それでは、ルフィーナ王女と皆さま。その時まで、お待ちしております……」
「き、消えた!? ルフィーナ様、彼女たちは何者なのですか?」
「テリディア、あの仮王女たちは霧の国ミストゥーニの子たちよ。かつてカンラートと訪れた国なの。セラも行ったことがあるわ。よくは分からないことだけれど、いずれテリディアにもハズナにも本当に戦いが必要になるかもしれないわ。どうか、わたくしのわがままを許してちょうだいね」
「王女さまのわがまま好き」
「わたくしめの力は、ルフィーナ王女の為だけのものでございます。謝ることなど必要ありません」
それにしてもあのアダが頭を下げてお願いをしてくるだなんてね。それも仮王女として。まだ始まったばかりだと言うのに、世界は知らない事だらけなのね。
「セラ、ジュルツの従士はどこかにいるかしら?」
「伝令の従士でしたら、ラットジールにいるかと」
「カンラートの国ね。分かったわ。それでは次は、ラットジールへ向かいましょ。それまでには、ジュルツの騎士から候補を選んでおくわ。そしてラットジールの次は、彼女に会うとしましょう? ねえ、セラ」
「あ、ああ。そうだな。彼女は今、どう過ごしているのか気にはなる。あたしの相方でもあったからな」
ふふっ、それにしてもカンラートの故郷にまた行くことになるのね。楽しみだわ……アスティンへの罰はそこで……うふふっ!
「セラ。アスティンを宿から呼び戻して。それと、ハヴェルを起こしてちょうだい。二人が落ち着いたら、すぐにでもラットジールへ向かうわ!」
「は! すぐに」
ディーサ王女の行方も気になるけれど、まさかこんなすぐにジュルツの騎士を呼ぶことになるとは思わなかったわね。誰を呼ぼうかしらね。アスティンが驚くような騎士を呼べたら最高ね。




