145.騎士の国と次代のために
「お父様、少しよろしいかしら?」
「うん? どうしたというのだ、ルフィーナ」
「お父様とお母様は貴族だったのでしょう? それなのにどうして侯国としなかったの?」
「ん、あぁ……確かに貴族が君主であれば侯国を名乗るべきだったのだろうが、わしは貴族の中でも一番ではなかったのだよ。元々この地は、貴族が適当に集まって暮らしていただけに過ぎぬ。そこをまとめて国を興したのだが、アルヴォネンに出会ったことをきっかけにもっと大きな国としたい、そんな気持ちがあった。故に、わしだけの国とすることをよしとはしたくなかった。侯国では大国にはなれぬ。お前が生まれると分かってから、小国ではなく大国であり続けたいと願うようになったのだ」
「そうなのね。それでも、すでにジュルツは多くの騎士に守られている大国だわ。わたしが眠っている間にもさらに騎士や人材が増えていたのだけれど、ここはもう騎士の大国。そうよね?」
「む? そうだが、何を企んでいるのだ?」
「ジュルツはお父様とお母様、そしてわたしの名だわ。もちろん、素敵な名前なのだけれど、国名を変えて騎士の王国としたいの。お父様の頃よりも騎士団は増えているし、臣下も増えているわ。アスティンのこともあったわ。いつあの国が牙を向いてくるか分からないの。その為にも、国名を変えるとともに更に国を盛り上げたいと思っているわ。だからお父様の言葉を聞きたいの」
ルフィーナ王女が長い眠りについていた時、目には見えなくとも国の為、王のためにと動く者たちが多くいることを夢の中でも感じていた。そして愛するアスティンの身に起きたことを後に聞かされたことで、密かに決めていたことがあった。
集う者、慕う者たちのために出来ることは、国をさらに大きくすること。そうすれば力で敵わない強き者たちも、ますますの働きをしてくれるのではないかと考えるようになっていた。
「……ふむ。なるほど、それが王女としての想いか。わしはすでにお前に王位継承をした身だ。とはいえ、国名はそう簡単には変えられぬ。いや、変えてほしくないのだよ。しかし、ただのジュルツではなく、王国と名乗れば良いのではないか? 騎士の王国ジュルツ。それでは不満か? ルフィーナよ」
「不満だわ! すでに騎士団たちにはそのことを伝えてあるのよ? 今さら変えるのをやめるだなんて言えるはずがないわ! どうして分かってくれないの? 名前が変わるだけで何かが大きく変わるわけじゃないわ。そうでしょう?」
「ふ……守護する者たちの心が変わるものなのだよ。もちろん、お前の国と騎士たち、国民を想う心は承知しておる。だが今はまだ、変えるべきではない。変えるとするならば、お前と彼との間に新たな命が芽生えたときに変えればよい。その時は何も言わぬ。それが次代の騎士と、国の為になるであろうからな」
「わたしとアスティンの間? そ、そんなのまだあり得ないことだわ。わたしが目覚めた今だからこそ、変えるべきだと思ったまでなの。どうして分かってくれないの!?」
父親にして長きに渡ったジュルツの国王アソルゾ。たとえ、今の王がルフィーナであろうとも国名を変えることには首を頑として縦に振ることはなかった。そのことに腹を立てた娘の姿には、何も言葉をかけようとはしない父だった。
「聞き分けなさい! あなたは王女なのですよ? いつまでもいたずらやわがままが通ると思わないことね、ルフィーナ。それにあなたは目覚めたばかり。まだ大きく事を動かしてはいけないわ。今はあなたを慕い、動く騎士たちを見守りなさい。そして時が満ちたら、あなたの国を興しなさい。いいわね?」
「お母様……ごめんなさい。アスティンのこともあって、だから……」
「ええ、あなたはまだ頑張らなくていいの。もちろん、彼のこともまだ……」
「お、お父様、あの……言い過ぎたわ。ごめんなさい、今は国名よりも国もわたしも、そしてアスティンも守る時なのね。よく分かったわ。そのことも含めて、騎士たちに話すわ。ありがとう、お父様! 行ってくるわ!」
「うむ。ルフィーナ王女よ、ジュルツを頼むぞ!」
国名を変えること、それは国事が大きく動くことを意味していた。今はまだその時ではないこと、そして、ルフィーナのかつての姉フィアナが、遠き国で懐妊していることも理由の一つにあった。
「言い過ぎたか? ビーネアよ」
「いいえ、ルフィーナにはあれくらいが丁度いいですわ。あなたの、ジュルツとしての盟約を交わしている国は多くありますもの。それを今変えてしまっては、何が起こるか見当もつかないことですわ。ルフィーナ自身で国を交えた所はまだ少なすぎますわ。そういうことなのでしょう?」
「うむ。そういうことだ。あの子だけでなく、それにはアスティンも共にやらねばならぬこと。それまでは、まだわしも子離れ出来ぬということになるな」
「うふふ、フィアナもそして何よりも、ルフィーナが可愛いですものね。仕方がありませんわ」
「すまぬな」
「まだまだわがままが過ぎる娘ですわ。王女になってからまだまだ浅いのですから、わたくしたちが支えてやればよいことですわ」
娘を厳しく諭す母ビーネア。そして駆けだしの王女を優しく見守る父の姿がそこにあった。
「ヴァルティア姉さま、それとセラ。騎士団任命の儀を行う前にお話があるの」
「何だ?」
「何だい、姫さん」
「国名は変えないことにしたわ。その代わり、ジュルツは騎士の王国として盤石な国造りをしていくわ」
「……ふ、異論はない」
「そ、そうかい。まぁ、あたしは姫さんに従うまでだからな」
「ふたりならそういうと思っていたわ! それじゃあ、わたしは装いを整えてくるわね。あなたたちは、そのままで問題なさそうね。それでは後ほど、お願いね」
「ああ」
「おうよ!」
お父様の言ったことは仕方のないことなのかもしれないわ。わたしもアスティンも、駆けだしですもの。それなら今は、駆けだしでもやれることをするしかないわね。それが王女としての役目であり、務めですもの! 愛するアスティン。あなたにもわたしの気持ち、そして駆けだしとしての役割をしてもらうことになるけれど、許してね。わたしの旦那様。




