143.王女の言葉
アスティンを慕っていた見習い騎士ルプル。彼女の口づけによって、アスティンは救われた。まさに間一髪の英断によるものだった。それでも王女の夫であり、王婿でもあるアスティンに口づけをしたことは、決して許されるものではないということを、この場にいる誰もが理解していた。
それだけにルフィーナ王女の下す裁には、みな固唾を呑んで見守っていた。
「見習い騎士ルプル……あなたには騎士団を率いて、騎士カンラートを陰から助けて頂くことにするわ」
「――ルフィーナ様、そ、それはどういう……」
「そうね……あなたにだけではなく、他の淑女たちにも聞いていただくことにするわ」
ルプルの問いかけに答えるよりも先に、近くのシャンタルに言葉をかけるルフィーナ。その言葉を受けて、シャンタルはすぐに行動を起こした。
「我、シャンタル・ヴァルティアは、王女のお言葉を騎士団に代弁して伝える! 王女は目覚めたばかりだ。それ故、我が貴様たちに伝えることとなる。分かったら、列を整えて王女に跪け」
ヴァルキリーであるシャンタルの言葉には誰も異を唱える者は無く、すぐさま列を成した。
「王立騎士と違い、今までは団長を置いていなかった貴様たち淑女の騎士団だが、王女の目覚めにより規律正しさと美しさを確かなものとする! それ故……」
「ヴァルティア、ありがとう。その前に、セラ。あなたはマフレナと他のヴァルキリーを呼んで来て下さらないかしら?」
「――む? 分かった」
「はっ! すぐに」
何かを伝えようとするシャンタルを制し、王女は改めて他の者を呼ぶようにとセラに命じた。集っていなかった他の騎士たちを含め、多くの者が王女の間に集うこととなった。一堂に集まった淑女たちを前に、ルフィーナは声高らかに宣言をする。
「わたくしの騎士たち、よくお聞きなさい。我が国ジュルツは近々において国名を変え、国として更なる発展を目指していくことを決めるわ。その為には、あなたたちが必要なの。どうか、わたくしに力を貸して」
ルフィーナの言葉は、国名のことも含めて一切の知らせも受けていなかった騎士たちにとっては驚くばかりだった。このことはシャンタル、セラですらも知らなかっただけに、お互いに顔を見合わせるばかりだった。
「ルフィーナ様、それは初耳にございます。それは本当なのでございますか?」
「あら、セラは反対なのかしら?」
「そんな話は聞いたことも無く、相談すらも受けていなかったことにございまして驚いただけございます。だとしても、反対などするはずがありません」
「――そうね。この宣言は、わたくしが眠っていた時にずっと思っていたことなの。目覚めた時に宣言することも決めていたわ」
この場にいる誰もが驚きを隠せなかったものの、王女の言葉に疑問を持つ者は誰一人として出なく、その流れのままで王女の次の言葉を待つ面々だった。
「ふぅ……少しばかり疲れたわ。ごめんなさい、まだ今まで通りではないの。この後は騎士団長任命の儀を行なうのだけれど、休ませて頂いてもよろしいかしら? せっかく集まって頂いたのに、ごめんなさいね」
「「とんでもございません」」
「ふふっ、ありがとう。それでは悪いけれど、正午を過ぎてからお庭に集まって頂けるかしら?」
「「仰せのままに」」
王女の大事をとって、王女の間に集った騎士たちはすぐに城外へと出て行く。外へと出て行く騎士たちの表情に暗い者は無く、王女と国の為に益々の忠誠を誓いたい。そう思う者たちばかりだった。
王女の間には、セラと近衛騎士、シャンタルと他のヴァルキリーだけが残っていた。他の者がいなくなったことを見計らって、すぐに口を開いたのはセラだった。
「さて、姫さん。詳しく聞かせてもらおうか」
「おいセラ、ルフィーナは疲れているのだぞ? そう急かさずともすぐに分かることだ。確かに我らも驚きはしたが、ルフィーナには今まで散々驚かされっぱなしだったはずだ。それとも近しい我らにすら知らなかったことにショックでも感じたか? 我は驚かぬ。我が妹は常にそうしたことを言い放つのだからな」
「シャンタルはそうだろうが、あたしも姫さんへの想いが強いのさ。だからこそだ」
「……そうね、その前に少しばかり眠ってもいいかしら?」
「もちろんだ。あたしらが傍に付いている。ゆっくりと休みな」
「ルフィーナ、そのまま永遠に眠らないと約束してくれ」
「ええ、もちろんよ。シャンタルったら、随分と可愛いことを言うのね……」
目覚めてからの帰国、そして集う騎士たちの前に出たことで疲れを感じたルフィーナ。これにはさすがのセラやシャンタルも大事をとってもらうしか術は無かった。
「しかし、シャンタル。国名を変えるってのは驚いたぜ。別にあたしはそのままでもいいと思ってるんだけどな」
「……ルフィーナはずっと眠っていた。その間に、新たな騎士も増えた。さらには、アスティンのこともあった。彼女は、我らが嘆き悲しんでいた日々のことを夢の中、あるいは目覚めてからずっと思い悩んでいたのかもしれぬ。そしてジュルツは、アソルゾ陛下の興した国だ。しかし今は全てが違ってきている。アスティンのこともあってのお考えなのかもしれぬ。我はルフィーナの言葉に従うのみだ」
「そうか、アスティンのことが関係しているか。そうかもしれないな……それに関してはあたしは何も文句も言えねえしな」
「それにしてもよく眠っている。ルフィーナは我らが守らねばならぬ」
シャンタルの言葉には内に秘めていた想いが込められていた。王女の間に残っている者たちが王女に一番近く、近しい者だっただけに再びの想いを胸に、休息の目覚めを待つばかりだった。




