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142.王女と慕いの見習い騎士


「……そう。アスティンはそんなことになっていたのね」


「ああ、そうだ。我の思い出も、フィアナ王女の思い出も……今のアスティンの中には残ってもいないだろう。唯一はルフィーナ、お前だけは全てアスティンの中にある。それだけは消してはならないと、奮闘した者がいる。名をルプル・ネシエルという。見習い騎士ではあるが、常にあいつに付いていた者だ。アスティンを救ったのは間違いなく、彼女だと言えるだろう」


「分かったわ。それではお姉さま、ルプルをここにお願いするわ」


「いいだろう。しかし、そのな、もし彼女の口から事細かな内容を聞かされても、処罰は許してやって欲しいのだ。我の口からは言えぬことなのだが……」


「ふふっ、心配無用だわ。それならそれで、直に聞かせて欲しいですもの。聞いてから決めるわ。それでいいかしら?」


「ああ。では、宿舎に誰かを向かわせる。我は、騎士団の筆頭をここに連れて来る。少しの間だけ、ここで待っていてくれ」


「いいわ」


 シャンタルは、ルカニネを通じてレイリィアルに向かったアスティンの様子を聞いていた。アスティンの最後の思い出でもあるルフィーナのことを残せることが出来たのは、彼を慕う見習い騎士のおかげであることも事後報告として聞いていた。それはとてもではないが、目覚めたばかりの王女に聞かせるのはさすがのヴァルキリーでも躊躇し、言葉を控えるしかなかった。


 それだけに、本人がルフィーナの前でどういったことを話すのかが、心配で仕方が無かったのだった。


「ねえ、セラ。アスティンの様子はどうなのかしら?」


「ミストゥーニから帰って来たら、随分と良くなったみたいだ。それでもあいつには当分、剣を取らせたくはないな」


「あなたのその髪、切ってもらっただなんて言っていたけれど、そうではないのでしょう? それでも、あなたはアスティンを守ろうとしているのね。さすがセラだわ」


「姫さんが何のことを言っているのか、あたしには分からねえな」


 しばらくして、王女の間には華やかな騎士たちを連れて、シャンタルが戻って来た。時を同じくして、騎士宿舎から見習い騎士のルプルが王女の間に姿を見せた。ルプル以外は、全て正式な騎士が集っていたことから、所在ない面持ちでルフィーナの下に跪いていた。


「ねえ、セラ。彼女たちの騎士団には空席が一つあるのよね?」


「ええ、そうです。ここにいる彼女たちは、それぞれで所属が決まっております。残るは春花しゅんかだけですが、何か?」


「分かったわ」


 女性だけの騎士団は全部で5つあり、その全ては眠りにつく前から存在こそ認めていたものの、騎士団長を置いていた訳ではなく、決めようとした矢先に眠りについてしまったこともあり、それも含めてのひらめきがルフィーナには浮かんでいた。


「見習い騎士ルプル。わたくしの前においでなさい」


「は、はい」


 見習い騎士の処遇は、この場に集う騎士の誰もが、厳しいものになるだろうと思っていた。アスティンを救うためとはいえ、ルプルがしたことは、王女の機嫌を損ねるものであったことを聞いていたからである。


 ルプルもまた、あの時の行動によりアスティンへ別れの言葉を残し、早々に帰国することを決めていた。


「ルプル・ネシエル……あなたがアスティンにしたことを、わたくしにお教え頂けるかしら?」


「――はい」


「ル、ルフィーナ、それは……」


「シャンタル。慎みなさい」


「……は」


 普段は姉と妹として、身分においての分け隔てをなくして接しているシャンタル。それでも、王女としてのルフィーナに変わると、王女と王女に従う騎士として何も言えなくなる。それが王女としての輝きでもあった。


「私はアスティンさまをお慕いしていました。アスティンさまもわたしを可愛がり、一番気に掛けて下さりました。レイリィアル以前にも、お声をかけて頂き外の国を見て回ることが出来た幸せ者にございます。そして、此度のことは……アスティンさまを救いたかったが為にした行為にございます」


「何をしたのです?」


「口づけを落としました……この行為は、決して許されるものではないと知りながらです。それでも、そうするしか、アスティンさまをお救いすることなど叶わなかったのです。どんな罰でも受け入れます。ですが、アスティンさまにはこのことも含めて、一切の咎めをお許し頂きたいのです。どうか、お願い致します」


 ルプルの告白に、シャンタルを始めとした騎士たちは天を仰ぎ、目を閉じて王女の言葉を待つばかりだった。見習い騎士とは接点が無い騎士団の彼女たちではあったものの、目の前で下される罰を黙って聞くほど冷静な彼女たちでは無く、答え次第では王女に願いを乞うことも厭わない姿勢を備えていた。


「ルプル、あなたの王はアスティン?」


「いいえ、ルフィーナ王女です。私は生まれた時からジュルツの民です。国を裏切り、王を裏切ることなど、考えたこともありません。ですが、此度の事は裏切りの行為に値します。ですから、どのような処罰もお受けします。どうか、私にお言葉を」


「――そう、分かったわ」

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