140.運命の口づけをキミに
長いこと夢を見ていた気がする。眠っていても、愛する彼の姿、声……わたしを呼ぶ彼の優しい声が、聞こえて来ていたわ。いつもいつも甘えてはいけない、甘やかしてはいけないなんて思っていたけれど、これからはずっとあなたの傍にいたい。どこへ行くにもどんなことが起ころうとも、わたしはあなたの傍に――。
「――えっ? こ、この草みたいなものを噛むんですか?」
「ええ、何か問題でも?」
「そしてそれをあの、ルフィーナに……ですか?」
「そうですよ。これが出来るのはあなたしかいませんから。それともこの期に及んで恥ずかしいとかですか?」
「み、みんながいる前でこれはさすがに……」
「……分かりました。では、わたしたちは部屋を出ます。ハヴェルさんはレナータ様をお連れしてください。直に彼女も目を覚まします」
「お、おう、分かった。おい、アス坊! さっさとやれ!」
「わ、分かったよ。だからアス坊はやめてってば!」
眠るルフィーナとアスティンだけを残し、騎士たちは部屋を出て行く。
「よ、よぉーし……これを口に入れて飲みやすく……く、口移し!? な、何でこんなにも緊張してるんだろ。いつものようにするだけなのに。ま、待っててね、ルフィーナちゃん」
◇◇◇
「……んん」
「あっ……ル、ルフィーナちゃ――ううっ、ルフィーナ、ルフィーナちゃん……僕、僕は――」
「あら、アスティンなの? あなた、どうして泣いているの? 泣き虫アスティンは直っていないのね。それも含めて好きよ、アスティン。だから泣き止んで、ね?」
言葉にならずルフィーナの傍で泣き崩れるアスティン。部屋の外でも、声を殺して涙を流す騎士たちの姿があった。望んでいた日が、再び動き出した瞬間でもあった。
「んーーー! それにしてもよく眠ってしまったわ。ふふっ、セラにテリディ、入ってらっしゃい」
ずっと傍にいた彼女たちのことは眠っていたけれど気付いていたわ。それに新しい騎士の子たちにも会えるなんて、本当に心配をかけてしまったのね。
「ル、ルフィーナさまっ! あぁっ……わ、わたくし、この日をどんなにお待ちしていたことか――」
「テリディ。ずっと傍にいてくれてありがとう。あなたがいてくれて、本当に良かったわ」
「も、もももも……勿体無いお言葉ですっ! こ、これからもずっとお傍にっ!」
「ええ、お願いするわね」
わたしの言葉にテリディアも全身の気が抜けたのか、その場にへたり込んでしまったわ。ずっと神経を張り詰めていたのね。そして、セラは……あらっ?
「あなた、セラ……よね? も、もしかして若返りでもしたのかしら?」
「ははっ! さすが、あたしの姫さんだな! なに、アスティンに髪を短く切ってもらっただけだよ。似合うかい?」
「まぁ! アスティンが? あなたのその髪、ずっとヴァルティアお姉様に合わせていたはずなのに、随分と思い切ったのね。よく似あっているわ! あなたのその姿もわたしは好きよ」
「相変わらず、嬉しい事を言ってくれるね! そういう姫さんもずっと変わらない……いや、あたしと出会う前の可愛い姫さんのようだぜ」
「うふふっ、ありがとセラ」
「それにしても、何だい何だい、そこの泣き虫アスティンは!」
「いいのよ、彼はずっと頑張って来たんですもの。泣いたまま、ゆっくり眠らせてあげないとね」
「姫さん、気付いて……」
「どうかしらね?」
ルフィーナを目覚めさせたアスティン。彼女に会えたことで緊張の糸が切れたのか、泣き崩れるとともに、再びアスティンはルフィーナの傍で寝息を立てていた。
「おっと、いけねえ。姫さん、騎士団のコイツらに挨拶をさせておくよ。あんたら、入りな!」
それまで騒がしさも見せていた騎士団の彼女たちが、緊張のまま王女の前に姿を見せた。
「せ、星花騎士団のレ、レティシア・クロッツェルです。お、おはようございま……じゃなくて、えと……」
「あなた、お姉様の傍にいたわよね? レティと呼んでも?」
「す、すすす好きなようにお呼びくださいませ! 王女様」
「わたしのこともルフィーナと呼んでね、レティ」
「は、は、はい!」
「なんだぁ? いつもと違うな。レティ、あんた……まぁ、無理もねえか」
「同じく星花騎士団の、リヴィーナ・ハールスです。ルフィーナ様、よろしくお願いします」
「綺麗な髪色をしているのね、リヴィ、よろしくね」
「は、はっ、はい!」
「星光のアグスティナ・ザーレスカと申します。ティナとお呼びくださいませ、王女様」
「ティナね。あなたのおかげでアスティンが助かったのね、ありがとう」
「え? い、いえ……そ、そんなことありません」
「姫さん。他にも色々いるが、ジュルツに帰ってからでいいよな? きっともっと驚くだろうぜ」
「そうね、楽しみは取っておかないとつまらないわ。それにしても、アスティンはまるで子供のようね。副団長にしてしまったのは早かったのかもしれないわね。もう一度、やり直してもらおうかしらね、ふふっ」
「お、おい、それはさすがに……いや、その辺は姫さんらしいか。姫さんのアスティンだ。姫さん、いや、ルフィーナ王女の運命の騎士、それがアスティンなのですから。それも手かもしれません」
「……そうね、セラフィマ。落ち着いたらそうするわ」
セラが見たアスティン。そして夢の中で見かけたアスティンと、今は泣き疲れて眠っているアスティンを見つめるルフィーナは、何かを思うように目を閉じていた。
「あの、入っていいですか?」
「まあ! レナータ。あなた、もう平気なの?」
「さっきから気になっていたのだけれど、ルフィーナ……あなたまさか?」
「ううん、違うわ。でもね、眠っている時って意外にも、周りが見えているものなの。あなたがしたこと、セラがしたこと。はっきりと見えているわけではないわ。それでも、何となく分かるの」
「そ、そっか。うん、ルフィーナ。わたし、あなたとお友達になれて嬉しかった。会えて良かった」
「もう行くの? ヒゲ……いえ、ハヴェルをよろしく頼むわね。それと、会ったことは無いけれど、あなたの妹王女さんにもよろしくね! またね、レナータ」
「うん、またね。ルフィーナ!」
会わないつもりだったレナータ。それでも、きちんと言葉を交わしたかった。そして、永遠の友としての王女に別れを告げ、レナータと騎士ハヴェルはルフィーナの下を離れた。
「ふぅ……少し話しただけなのに疲れたわね。アスティンも気持ちよさそうに眠っているし、わたしもまた眠ろうかしら」
「お、おいおい、姫さん……」
「心配しないでいいわ。もう平気だから」
「で、では、姫さんとアスティンは、レティとリヴィに守らせる。あたしとテリディア、ティナはジュルツに報せをしてくるよ」
「お願いね、セラ」
「おうよ!」
ルフィーナの言葉に従って、セラとテリディア、アグスティナは宿を後にした。部屋に残っているのは星花の騎士だけになった。
「レティ、お姉様の様子を聞かせて頂けるかしら?」
「は、当初に置きましては落ち着かぬご様子でしたが、今は精力的に動いておられます。ルフィーナ様が戻られましたら、益々の働きをすると思われます」
「では、リヴィ。お兄様はどこへ?」
「カ、カンラート様はあの国に近い所にいるものと思われます。し、しばらくはその……」
「――そう。分かったわ、ありがとうリヴィ」
「は」
眠っている間に色々と起きてしまったようね。特にアスティン、あなたに。わたしの運命はあなたにあるの。だから、アスティン。目覚めてからがあなたとわたしの新しい日々の始まりでもあるのよ。
好きよ、アスティン。わたしの愛する運命の旦那さま、アスティン。




