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138.惑乱の騎士


「どうした、アスティン! お前の腕はそんなもんじゃないはずだ。あたしよりも強いお前が、あたしに遠慮なんかしてどうする? それとも、シャンタルへの想いってのは所詮、そんなもんだったのか?」


「シャン……ティ……ぐぐっ、違う、違う――」


 アスティンの剣技は本来の力であれば、セラよりも格段に速く動き、相手に隙を作らせることはほとんど無いくらいの強さを誇っていた。しかし、今のアスティンには目の前のセラがはっきりと見えていない。見えているのは己の中に巣喰っている彼女の微かな残像だった。


 セラの剣は、かつてはシャンタルに引けを取らないもので、ヴァルキリー候補だった。長らくルフィーナの傍にいて戦うことの無かった日々を送っていたにもかかわらず、強さや動きに衰えは見られなかったことに驚く彼女たち。


「セラ様……実戦から遠くなっていたのに何て動きなの。もう戦わないおつもりだったはずなのに、アスティンの為にあそこまで動くなんて、やはりシャンタル様の見込まれた方で間違ってないわ」

「彼女の強さは剣だけじゃないし、私らとは違うよ。レティは見る目が無いなぁ」

「ん、セラ様は弱くない。だけど、アスティンは弱すぎる……これなら、セラ様に何も起こらない……はず」


 闇を追いかけるアスティン。キレの無い剣をセラに向かわせていても、まるで彼女の姿が見えていないかのように、剣の軌道は空を切るばかりだった。自意識の無いアスティンを前に、セラは何度も挑発的な言葉を繰り返した。そうでなければ、きっとアスティン自身を闇の底から引っ張り上げることが出来ないと思ったからだ。


「こんなものか? それではとてもじゃないけれど、姫さん……ルフィーナはあんたに任せられないね。姫さんの運命はてっきりアスティンが握っていくものだと思っていたのに、とんだ見込み違いだよ」


「違う……僕が守る――ルフィーナは僕が……」


「おっ? ようやく自分を取り戻してきたか? あんたの言葉を聞かせな。アスティン、お前はルフィーナの何だ? それを剣であたしに示してみな! 受け止めてやるよ。あたしもあいつも、いい加減シャンタルの幻なんかに囚われたままのお前なんか見たくねえぞ」


「シャンティ……違う! 僕にはルフィーナ、君しかいないんだ。シャンティ……シャンティの思い出は僕の中には無いんだ――だから、消え……偽物は消えてよ!!」


「やれやれ……とうとう偽物呼ばわりされるとはね。シャンタルに似た金色の髪ってのもあるが、敵も中々厄介な術を残して行ったものだね。アスティン……お前は、あたしと一緒に旅をしていた時よりも弱くなっちまったんだな。がっかりだね。だけど安心しなよ、ルフィーナ王女はあたしが守ってやる! アスティンは騎士なんかやらずに、王女様の夫として傍にいればいい」


 惑わしの術により、アスティンの中からフィアナ王女、シャンタルとの良き思い出は消えていた。それでもシャンタルに似ていたセラを見たことで、僅かながらの思いがくすぶってしまったアスティン。


「……くっ、僕は――」


「どうした? あたしを……シャンタルの偽物を斬るんじゃないのか? かかって来い、アスティン!」


 セラも以前、アスティンに想いを寄せようとしていた時があった。彼女もまた、自分の心を確かめるように、アスティンの想いごと受け止める覚悟で声を張り上げていた。


「うああああああ! 僕はルフィーナの運命なんだ! シャンティの思い出はもう、僕には要らない!」


「……そうだ。あたしに向かって来い! あんたの苦しみも想いも全て受け止めてやるさ」


 一閃。大剣を両手で構えるセラ。剣を自分の正面で構えながら、アスティンの振り下ろす剣を受け止めようと、彼女はその場から動くことはしない。当たればただでは済まないことを知りながら、アスティンの剣をギリギリまで受け止めるつもりだった。


 瞬間的な反応を見せるアスティン。受け止めるだけのセラの剣を自身の剣ではじき返し、アスティンの剣はセラの顔面間近にまで振り下ろす所まで来ていた。


「――そこまでにしとけ」


 ふたりの戦いを黙って見守っていた彼女たちだったが、ただひとり、アグスティナだけは彼の振り下ろす剣を受け止めていた。


「えっ? いつの間に動いたの、ティナ……」

「セラを慕ってるティナは我慢出来なかったかぁ。いくら正気を失っているっていってもアレはさすがに」

「だったら、リヴィも動けばよかったじゃない!」

「いやぁ、私たち一応、アスティンの護衛騎士だし……」

「それはそうだけど、ティナがいなかったらどうしていたのやら」


「ティナかい。すまないね……ははっ、少しだけ当たっちまった……」


「申し訳ありません。セラ様の大事な髪を失わせてしまい、不徳の致すところ……」


 アグスティナの謝罪と、セラの言葉通り、アスティンの瞬間的な剣の動きによって、セラの長く綺麗な髪がハラハラと切られて地面に落とされていた。今まで特に気にしたことの無かった髪を、アスティンの剣が当たって切られたことには、さすがのセラもショックを隠し切れずにいた。


「流石としか言いようがない、か。それほどまでに偽物のあたしが憎かったってことか。はは……」


「それは違う。セラ様の心は、アスティンに届いたはず。だからこそ、遠慮なくかかって来た。そうなのだろう? アスティン」


「ううっ、くっ……ごめん、ごめん……セラ。僕は、僕は――」


「そうか、あんたすでに自分の意思を取り戻していたのかい。相変わらずの泣き虫だねえ……」


「セラは僕をずっと呼んでくれていたのに、僕はセラの大事な髪を……うううっ」


「ははっ、すぐに伸びて来るしずっと切っていなかったからな。この際、思い切って短くしてみるとするよ。ありがとな、アスティン。あたしもある意味で吹っ切れたさ。だから、あんたのやることは一つだけだ。そうだろ?」


「うぐっ、うう……うん、うん――」


 正気のアスティンに戻ったことを確認したアグスティナは、剣を収めた。それでも、彼女だけはアスティンに厳しい言葉を投げかけた。


「――騎士アスティン。王女の王婿でありながら、いつまでも甘えを持つのは感心しない。セラ様は寛大だ。それでも、どんな精神状態であっても、次は無い。王女にも、セラ様にも貴様は剣を向けるな!」


「ご、ごめんなさい……か、必ず守る、守ります」


「ティナ、いいさ。もう大丈夫だ」


「――は」


 見守っていた星花の騎士たちも安心したように、息を深く吐いて落ち着きを取り戻していた。セラの叫びと覚悟のおかげで、アスティンの迷いは全て消え、晴れたことに安堵した彼女たちだった。


「よし、じゃあ早速だけど、アスティン! 馬に乗りな! もちろん、あたしの背中にだ!」


「え? う、うん」


「セ、セラ様、それは……」


「心配すんな! もう大丈夫だ。ティナのことは姫さんに推しておくよ」


「いえ、そんな」


「うしっ、ティナとレティとリヴィ。そんで、アスティン! ミストゥーニに向かうぜ! 待ちくたびれたウチラの姫さんが、いい加減目を覚ましたいだろうしな。そういうわけだから、アスティン! 頼んだよ!」


「う、うん」


「情けない返事だねえ。自信を持てよ、アスティン!」


「分かったよ、セラ! 僕は、僕の運命の王女を目覚めさせてみせる! 行こう、みんな!」


 苦しい時間と迷いと悩みを重ねたアスティン。彼を護り抜いた淑女たちと共に、いよいよルフィーナ王女の目覚めの時は近い――。

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