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137.闇の中で


「ううっ、ぐっ……はぁはぁはぁ……」

「ア、アスティン、大丈夫ですか?」

「うぐぐ……」


 アスティンと星花せいか騎士団のレティシア、リヴィーナの両名はミストゥーニにほど近い村、ターファイに寄っていた。賊に襲われる心配も無く、もうすぐたどり着く所まで来ていたはずの騎士たち。


「アスティンはずっと何かと戦っているのね。シャンタル様から聞いてはいたけれど、精神的なショックまでは回復出来ていないってことなのね」

「どうするのレティ? ここでアスティンを休ませる? だけど、ルフィーナ様はアスティンじゃないと目覚めないって聞いてるよ?」

「こればかりはいくら私らがいても、助けられないよ。リヴィに考えがあるなら聞くけど……」

「考えじゃないけれど、少なくとも起きている間は平気っぽいし、休みながら駆けるしかないよ」


 アスティンはルドライトで出会った惑わしの女、ラーケルによって傀儡かいらいの騎士となる寸前だった。寸での所で、王立騎士団とルプルによって助けられたものの、アスティンの想いの中にいたふたりは彼の中から消えていた。そのことが余計に彼を苦しめる一因となっていた。


「ど、どうするの? ターファイにもミストゥーニの人がいるみたいだけど……」

「民に助けを請うことなど、負担はかけられないわ。アスティンの様子を見ながら、ゆっくりでもいいからミストゥーニに進むしかないわ」

「そうするしかなさそうだね。それじゃ、私は村の人に伝えてもらって来る。そうしたら、誰かが救援で来るかもしれないし」

「分かったわ。リヴィ、お願い」


 星花の騎士ふたりは強さにおいては、アスティンに引けを取っていない。それもあって、護衛を命じられた。シャンタルが命じた護衛の意味は、彼を守るのではないということも彼女たちには分かっていた。


「シャンタル様も苦しんでおられたの。だから、アスティン……辛い状況に居続けては駄目だわ。もうすぐ会えるんだから、あなた自身が勝たなくてはいけないことなんです」


 ◇


「ティナ、ターファイまではどれくらいで着くんだ?」

「もうすぐかと思われます。で、ですが、セラ様はアスティンに……その」

「分かってるよ。あたしは昔、シャンタルに間違われて抱きつかれたことがあるからな! 恐らく、アスティンはあたしを見れば間違いなく襲って来るだろうよ。あいつも姫さん以上に、苦しい試練を与えられてしまったってことだろ。思い出を奪われるだなんて、そんなのって悲しすぎる……」

「セラ様……ですけど、もし襲ってきたら防ぎます。よろしいですね?」

「あいつは強いぜ? ま、頼むぜ」


 ミストゥーニからもまた、セラ、アグスティナが彼を出迎える為に向かっていた。全てはアスティンの為に、そしてルフィーナと同様に正気を失った彼を戻させるために、彼女たちは宿命を果たそうとしていた。


 ◇


「……あ、あれっ? レティとリヴィ……? 村で休んでいたはずじゃ無かったかな? どうして僕がレティの背中に掴まっているのかな。というか、ご、ごめんなさい」


「いいえ、だいぶ疲れているみたいでしたから、私があなたを間近で守りたかっただけですよ。そんなに緊張はしなくてもいいんですよ? シャンタル様と同様にあなたは私達の弟のようなものなのですから」


「そうそう! レティが姉かどうかは放っておいても、私たち騎士団はアスティンを可愛く思ってるんだよ? その気持ちは素直に受け取ろうね」


「弟……姉の様な……シャンタル、フィアナ様――くっ……」


「アスティン? ど、どうし――」


「よ、寄るなっ! 僕に、近付くなっ! 僕にはルフィーナしかいない……いないんだ! やめろ、やめてよ! もう、現れないでよ!!」


「えっ……? リ、リヴィ、彼を止めて!」


 何かに幻惑されているのか、レティシアの背中に掴まっていたアスティンは、馬から勢いよく降りると同時に、ミストゥーニへ続く道に向かって逃げるように走り出していた。


「分かった。レティも早く反転して追いかけて来て!」


 自分たちに命じられたアスティンへの護衛は、シャンタルにとっての苦肉の策だった。彼が抱える闇と戦わせるのは、同じ強さの騎士かそれ以上でなければ、太刀打ちできない。


 命じられた意味に気付くレティシアは、自分を納得させるように下を向かず前を向いて誓いの言葉を呟いていた。


「まだ悪夢に惑わされたままのアスティン。誰もが可愛がる男の子で、王女様の騎士。でも、今のままでは王女様を目覚めさせることなど出来やしない。どうか、アスティンに剣を向けることをお許しください、シャンタル様。そしてルフィーナ様――」


 逃げ惑うアスティンの向かう先を見据えながら、レティシアも彼を追う。


「アスティン、待って。馬も無しに走った所でルフィーナ様には会えないよ? だから正気に戻って!」


「会いたい、会いたいんだ……僕の、邪魔をしないでよ!!」


「ちょっと、アスティン! その剣をしまって! 私たちは敵じゃないんだよ?」


「う、うるさい……僕から消えろ!」


 当てもないまま走っていたアスティン。彼を何とか止めようと、なだめの言葉をかけていたリヴィーナに向かって、彼は剣を向けて近付こうとしている。リヴィーナもまた、自分に課せられた役目に気付いてしまった。


「戦えとおっしゃるのですね、シャンタル様。これは正直、気が重いなあ」


 馬上にいてはアスティンの剣を交わすことが難しい。そう思うとすぐに、リヴィーナは馬を降り、向かって来る彼を受け止めるしか手は無いと感じていた。


「うわあああああ!! く、来るな! 来るなああああ!」


 放つ声、言葉はアスティンそのものだった。しかし、彼は見えない誰かと戦っているという姿を見せつけている。その光景を見ている以上、リヴィーナは歯を食いしばって向かうしかないと思うしかなかった。


 アスティンと剣を交えたことの無い彼女。それでも、戦い方はカンラートやシャンタルに似ていることもあって、太刀筋は素直に見極められることが救いでもあった。特にアスティンは、頭上から真下に振り下ろすスタイルだっただけに、受け止めつつ交わすことは容易だった。


「くっ、で、でも……いつもとは違う。正気を失った力って、怖いなあ」


「来るな、来るな、来るなーー!」


「レティ、早く来てってば」


 わずかな間合いでも、油断をすればどちらもただでは済まない。それを感じているからこそ、リヴィーナは彼の剣を受け止めることしか出来なかった。


「リヴィ!」

「遅い!! 早く、アスティンの背後に回って」

「分かったわ。って言いたいところだけど、正気が無くてもアスティンには隙が無いわ。ふたりで受け止めるしか無さそうよ」

「もう! だったら早く馬を降りてよ」

「あーうるさい! これだから年上は……」

「人の事言えないでしょうが!」


 敵では無いアスティンの剣を、真正面から受け止めるしか無いふたり。それも、双方共に傷がつくことになってはいけない。それを踏まえつつも、不利な状況であるのは間違いなく自分たちであることに、やり場のない怒りと思いがあった。


「こんな素直な男の子にどれだけの黒い術を施しやがったんだよ、くそっ!」

「こらこら、リヴィ。素が出てるぞ」

「奴等、レイリィアルは絶対に許さねえ……」

「今はアスティンの気の済むまで受け止めるしかない。その怒りは後々まで残せ」

「でも、このままじゃ……」

「ああ、ジリ貧だ」


 彼の心がどこかにある中の戦いは、星花の騎士も心を痛めていた。彼も自分たちも守りながら戦うことは出来ていても、彼を傷つけずに気を失わせる手段に持っていけないことを悔やむしかなかった。


 状況が一変したのは、アスティンの動きを止めることになった背後からの攻撃だった。


「レティ、アスティンが後ろに気を取られてる。今なら……」

「いや、待って。これは……」


「――ふたりも揃って情けない。それでも星花騎士団か?」


「え……? セラ様!? そ、それにアグスティナも?」


「久しい、レティ」


 ミストゥーニ側から駆け付けてきたセラとアグスティナは、アスティンと交戦している騎士たちに気付くと同時に、手にしていた木の枝をアスティンに投げていた。


「ははっ! 久しぶりだねえ、アスティン。そんな目であたしを見るなんて、まだ惚れているのかい?」


「き、消えろ、消えろ……」


「いいぜ、お前の相手をしてやるよ。シャンタルに少しでも面影のあるあたしを消したいんだろ? お前の中の奴等はさ。そういうことなら付き合ってやるよ! アスティンを素直なアスティンに戻さねえと、姫さんに会わせられねえからな。お前の姫さんは、お前が来るのをずっと待っている。お前がそんな弱いままでは駄目なんだよ! 思う存分、あたしにかかって来なよ」


「セラ様、あの……」


「レティ、リヴィ、それとティナ。手は出すなよ? たとえ、傷つけられてもだ。分かったな?」


『……は』


 ミストゥーニのアダリナ姫が言った言葉の意味はこれのことだったと彼女は感じていた。アスティンがこうなっていることも分かっていたうえで、自分を行かせたということに小刻みに何度も頷くセラだった。

 

「ははっ、筋書き通りというヤツかい。ミストゥーニの連中もくえないねえ」


「……シャン……ティ……思い出――ぐっ……」


「また幻を見ているあんたと対峙するとはねえ。あの森の時は抱きつかれて驚いたけれど、今はすっかり敵扱いか。懐かしいことだけど、今のあんたはそれで苦しんでるってわけかい。それならもう、やることは一つだろう? なぁ、アスティン」


「消えろ……シャンティ……消え――」


「アスティンから思い出も心も奪っておきながら、それでもまだ巣喰っているってのかい。許せないな、それは。だから、アスティン。あたしは久しぶりに本気で剣を向ける。たとえ、姫さんに怒られることになっても、アスティンを傷つけることになっても……あたしはあんたの闇を全て払ってやる! 覚悟しな」


 レティシア、リヴィーナに向けられていた剣と姿は、すでにセラフィマに向けられていた。シャンタルに近く、シャンタルの傍にいたセラ。彼女を見つめ、睨みつけるアスティンはただ1人の敵に向かって、構えを見せていた。


「私たちに向かっていた時と気配が違う気が……もしかして、正気に戻ってる?」

「そんなわけはないでしょう? 戻っていてどうしてセラ様に剣を向けているっていうの」

「……半々」


 騎士団の淑女たちが息を呑む中、アスティンとセラは対峙しその時を計っているかのように、静寂を迎えていた。

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