136.遠き王女の覚悟と決意:後編
「あの……あなたは王国の正統な王女ですよね? だけど、妹に国を委ねて愛を選択した。それはいいですけれど、その上、他国の王女の為に最後の力と証を失うなんて、どうしてですか?」
「正統だなんて……単に双子として生まれ、姉だっただけのことです。国を出た私には、王国で必要の力なんて持っている意味は無いのです。ルフィーナは私の友達。ハヴェルと運命を作ってくれたのは、紛れもなくジュルツのルフィーナなのです。そのことに何の迷いもありません」
「……分かりました。その覚悟があるのであれば、底に潜む彼女にも打ち勝つことが出来るはずです。私が付いていけるのはここまでです。ごめんなさい。レナータ様、後はご自身の足と目でお進みくださいませ」
「はい……」
レナータを案内していたアダリナは、わたしの時と違って谷底に同行することなく彼女から離れた。そこでは、レナータを待ち受ける何かがあり、その力と引き換えにする出来事があるからだという。
「ここがミストゥーニの奥底……? 何も無いわ。無いけれど、何か嫌な気配を感じる……」
わたしの時に、散々吹き荒れていた人工的な風と、足元がおぼつかない崖の道なりはレナータには通用しなかった。というよりは、そうしたことに慣れていたから。
まるで驚きもしなければ、恐怖することも無かった。レナータは王国の王女。きっと、わたしなんかよりももっと、恐ろしい光景と出来事に遭って来たはずだわ。
「ふふふ……待っていたわ」
「だ、誰? え……どうして、あなたがいるの? ラルディ……」
「お姉様の事は全てお見通しだからよ! お願い、バカな事はやめて引き返して! どうしてお姉様が他国の、それも敵対していた国の王女の為なんかに水属性、ううん、魔法の力を捧ぐの? それだけじゃないわ! 王女としての証を失くすだなんて、わたくし一人で王国をどうにか出来ると思っているの?」
「ラルディには彼がいるわ! そしてわたしも彼が必要なの。もう、決めたことなの……たとえ、水の力を失くしても、わたしと彼は水都に住むことを許されているの。だからお願い、ラルディ。いえ、わたしが作りだしたあなたへの畏まりをどうか、どうか消させて頂戴……」
「……お姉様にその覚悟があるならきっと――」
レナータを待っていたのは、彼女自身が作りだした妹のラルディ王女。不安や畏れを感じていた心を谷の主は見逃さなかった。それでも、レナータには確固たる決意があった。そして妹の姿が消えると共に、濃い霧は次第に晴れて行く。姿を現わした万能草……そして、それを引き抜く代わりにレナータの力は失われようとしていた。
「わたくしマジェンサーヌ王国のレナータは、持って生まれた属性の力を注ぎ、代わり得る万能の命として、ルフィーナに捧ぐことを誓います……わたくしはただのレナータ。どうか、かの国に必要な王女の灯を消すことの無い様に――」
見えない何かに言葉をかけながら、レナータは底に生える万能草を引き抜いた。それと同時に、自分の中の何かが抜けて行くのを感じていた。
「……これでいいの。これで――わたしの力は必要とされる彼女に捧げればいいの……」
想いを込めるように、その場に跪くレナータ。そして力を失うようにしてその場に倒れた。
「ルフィーナ様の為に注ぐなんて、すごい王女様……」
「注がれるルフィーナ王女ももっとすごくなるのね。ディーサ様の言った通りになったね」
「無駄話はやめて、すぐにレナータ様を宿へお連れしなさい! いいわね、ミラ、チュス!」
「へいへい」
「分かってるってば!」
「セラ様。レナータ様は私達より先に宿へお連れしていますのでご安心を」
「お? じゃあ上手く行ったんだな。あたしはどうすればいい? あたしの姫さんの所に戻っていいのか?」
「いえ、セラ様はアスティン様をお迎えに向かって下さい。ルフィーナ王女を目覚めさせるには彼が必要なんです。もちろん、すでにこちらに向かって来ていることは承知しています。彼を護衛している騎士たちも付いているようですが、それでもセラ様にお願いしたいのです」
「へぇ? あいつに護衛? 副団長なのにかい? 何をどこまで知っているのかあたしは分からないけど、護衛の騎士だけでは心配っていうんだな? それならお安い御用だ。あたしだけでもいいが、もうひとり連れて行っていいかい? 騎士団長がアスティンを護衛するんだ。問題はないはずさ」
「お願いします。アスティン……彼の敵は、彼の中に巣喰っているのです」
「へ、へえ……?」
「セラ様への想いが少しだけ残っているのは盲点でした……」
「よく分からないねえ。まぁ、いいさ。あたしは行くよ。姫さんにはテリディアが付いてるし心配ないだろ」
見計らっていたかのように近くで待機していたアグスティナは、セラと共にアスティンの所へと馬を駆けて行った。
「レナータ様をお連れしました。申し訳ありませんが、ジュルツの騎士さまはディーサ女王陛下の所へお行き下さいませ」
「ハ、ハヴィ……」
「お、おい、レナータ! ど、どうした? う? お前やっぱり……」
「――うん」
「俺が付いてる。だが、まずは女王の下に行って来るぜ。お前はルフィーナ様の横で休んでてくれ。愛してる、レニィ」
「私も……ハヴィ」
「コホン、テリディア様は引き続き王女様たちをお守りくださいませ」
「かしこまりました」
ルフィーナの目覚めの為に命を懸けたレナータ。そして、ルフィーナを目覚めさせるアスティン。彼女と彼を巡る運命の時は、刻々と近付いていた。




