133.ルフィーナ王女に③
アスティンとシャンタルの思い出は消えたわけでは無い。消えたのは、アスティンが密かに想っていた心であり、過ごしてきた時間が失くなったわけでは無かった。それでも、シャンタルは長く共に過ごしたからこその想いであり、だからこそ自然と涙が溢れだして来たんだと思うしか無く、シャンタルは彼を目の前にしながら、しばらく言葉を出すことが出来なかった。
「こ、こほん……いや、取り乱してすまないな」
「そんなことは……」
「そ、その、アスティン。我がここに来たのはお前の見舞いでもあるんだが、もう一つあってな」
「うん、聞くよ」
「アスくん! お休みの時間ですよ。さぁ、横になりなさい!」
「え、お母さん? 今はシャンティと話を……」
「アスくん……」
「ひっ! はい寝ます! シャンティ、また今度ね」
「あ、あぁ……」
シャンタルの言葉を遮るように、アスティンの母ロヴィーサは、シャンタルを半ば追い出す様な形で、アスティンをベッドに寝かしつけ、部屋から出て来た。
「何故そういう真似をされる?」
「ふふ、相変わらず感情を出されておいでですのね。承知していますよ? あなたが何の理由も無しに、我が家に見舞いに来られたのか位はね」
「理由? もちろんアスティンの――」
「いいえ、あなたはアスくんの姿を見て涙を流した。そんな感情を表したままで、あの子に何を言おうとしましたか? 傷ついた心と体を見てしまったあなたは、騎士をやめさせようとしたのではありませんか?」
「そ、そんなことは……」
「あなたはそれでも我が国きってのヴァルキリーですか? ルフィーナ王女の傍を離れようとせず、今度はアスティンも。それではとてもじゃないけれど、あなたをヴァルキリーの筆頭として置くわけには行きませんわね」
アスティンの母にして、シャンタルを上回る力のロヴィーサ。過去には対決もして攻撃を当てさせることの無かった最強のヴァルキリーは、アスティンへの想いを残していることを気付いていた。
「ならば、我の処遇をどうするつもりなのか? すでにあなたはヴァルキリーでもなく、騎士でもないではないか」
「……どうもしませんよ。ですけれど、王女が目覚めていない今、あなたがそんな弱さを見せていては示しがつきませんよ? だからこそ、あなたには行って欲しい所があります。もちろん、今すぐの事ではありませんよ。ルフィーナ王女が目覚め、落ち着いた時にお話をするとしましょう。よろしいですね?」
「――分かりました」
「それからアスくんのことですけれど、あなたが推薦する騎士団の誰かを付かせて、ミストゥーニに同行させなさい。あなたはあなたでやるべきことがありますよ。いいですね、シャンタル?」
「言われるまでも無いこと。すでにそれは選んである。アスティンが回復次第、向かわせる」
「任せましたよ」
ルフィーナ王女を乗せた馬車とセラたちがミストゥーニに向かって数日が経っている。それから特別な報せは届いて来ていないものの、アスティンがジュルツに戻って来た以上は、アスティンもミストゥーニに向かわせようとしていたシャンタル。それがディーサ女王の出した条件であり、約束でもあったからだった。
ジュルツ城――
「あい、わかった。では、シャンタルは娘を城の侍女に任せ、新たなヴァルキリーと騎士を指導するがよい。強さはすでに理解しているだろう?」
「アルヴォネン殿は、何故に退こうとしないのですか? やはり子息が心配だからですか? あなたの統率力は我が夫であるカンラートとは比べ物になりませぬ」
「確かにアスティンが心配だ。まだ我にとっても子供のままだからだ。それ故に、此度のこととなった。子にばかり辛い試練を与えるつもりは我には無い。お主にも辛い思いをさせてしまった。すまぬ……」
「アルヴォネン殿に頭を下げさせるつもりはございません。どうぞ、頭を上げてください。それに、あなただけではありません。城にはかつて陛下を支えた者たちが集っているではありませんか! 何故です?」
「責任はアスティンではなく、我にあるのだ。あの地に向かわせた罪を我が背負わねばならぬ。ルフィーナ王女が知らぬ間に、戦の火種を蒔くことになろうとは思ってもいなかったことだ。故に、我とアソルゾの旧友を呼び集めることにしたのだ。お主たちは強いがまだ若く、経験も少ない。その意味が分かるな?」
「……では、陛下も?」
「いや、奴は退いた身。旧友たちは、ジュルツの王女に従う。そういう盟約を再び、交わさせるためにここに来たに過ぎぬ。それが王女の望みであり、親子の約束でもあるのだ」
「……」
アスティンの心と想い、そして目覚めを待たれているルフィーナ。まだ王女、そして副団長として日が浅い二人の大事な弟、妹を支えなければいけない。それこそが使命であり宿命。シャンタルはヴァルキリーとして生きて来た時間を再び最高のものとしなければならないと強く思い、心に宿わせた。
「ジュルツの王女と騎士は我が、シャンタル・ヴァルティアが守ってみせる」




