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130.恢復の騎士との訣別:後編


「あぁぁ……ぼ、僕は……キミが――」


「さぁ、わたくしに触れなさい。アスティン、わたくしの傀儡かいらい騎士……」


「アスティンさんっ!! 駄目です! 私です、ルプルが来ました!」


「……ル」


「そ、そうです! ルプルですっ!」


「あと一歩でわたくしにも傀儡が出来たというのに……アスティンは要らないモノを連れてきたのね。うふふ、でもこれで我が王様のおっしゃった通りに事は運んだわ。もう使えそうにないあなたはそこでそのまま心を失うのね、アスティン」


 惑わしのラーケルは、アスティンから離れ、数人の兵を伴ってその場から去っていく。


「おい、待てっ、貴様ら! くそっ!」


「ア、アスティンさんっ! わ、わたしです! ど、どうすれば……」


「ルプル、俺は奴等を追う。お前はどうにかしてアスティンを戻してやってくれ。頼む!」


「わ、分かっています。でも……」


 戸惑いの表情を見せるルプル。声をかけてやりたいエイトールだったが、彼女に任せるしか無い以上、エイトールは敵を追うしか無かった。


「……ル」


「ルフィーナ様……私、ルプル・ネシエルはアスティン様をお救いする為、王女様への誓いを破ります。そして、どんなことになっても私はアスティン様と訣別をして、許されるならば再び、王女様にのみ忠誠を誓わせて頂きます。どうか、お許しください……」


 言葉失いのアスティンに近付くルプル。もはや虚ろな目をした騎士がそこに立っているだけだった。そのアスティンにルプルは、口づけを落とした。


「アスティン様……どうか」


「……! あの娘、い、いや俺は何も見ておらぬ。今は目前の敵を倒すのみだ」


「アスティン様、アスティン……戻って来てください――」


 彼に口づけを落とし、それまで慕い想っていた心を込めたルプル。アスティンの冷えた手を握り、とにかく信じて彼が戻るのを待ち続けるしかなかった。


 ※


「うふふ……中々に楽しめたものね。あんなのが騎士国のナンバー2なら、我が国が攻めたらすぐにでも落とせそうだわ。傀儡させられなかったのは残念だけれど、もはや戻ることは無い心にしてあげたのですもの。それだけで十分だわ。ふふ……さぁ、早いとこ国に報告に――」


 自分を守っていた兵たちの姿がいつの間にかいなくなっていたことに気付いたラーケル。辺りを見渡しても、特に騎士の姿は見当たらない。そうなると、騎士国にも自分と似た術士がいると思って間違いない。


「まさか騎士国にもわたくしと同等の術が使える方がいただなんて……姿をお見せなさい」


「面倒くさい女だなぁ……だけど、アスティンにあんなことをしといて、あなたにもそれ以上のことをしてあげる……」


「き、騎士!? き、消え……」


 ラーケルの視界から消えたルカニネ。次に気付いた時にはすでに、ラーケルは口から言葉をも失い、四肢も動かすことが叶わなかった。動かすことが出来たのは眼のみだった。


「もう言っても無駄だから言うけど、あなたはここで果てるのを待つだけ。わたしは他のヴァルキリーとは違うんだよねぇ。無駄に傷めつけもしないけど、痛みの無い痛みってやつかな? じゃ、そういうことだから、元気でね? っていうのもおかしいかな?」


 ヴァルキリールカニネ。彼女の刃には、敵の跡などが付くことは無い。シャンタル、ハズナ、テリディアに比べれば派手さも無く、むしろ姿を消すことを得意としている。それでも敵として向かって来た相手が、再び起き上がることの出来ない力、四肢の消失を使えるのは彼女だけだった。


「アスティン、頑張りなさいよね。あなたは、わたしとドゥシャンをくっつけてくれた男の子なんだから」


「ふーー……そ、そこにいるは、ヴァルキリーか?」


「誰?」


「お、俺はエイトールで、騎士団の……」


「あぁー遅いよね。騎士団は相変わらず。もうここにいても意味ないし、アスティンの所に行こうよ」


「なっ、なにっ!? じゃ、じゃああそこで寝転がってるのが、あの女か?」


「そうなんじゃない?」


「くそ、何だかムカつく奴だな。カンラート様の言うことも聞かないし。で、でも何も言えない……」


「聞こえてるよ? まぁいいけど。とにかく急いだら? そのカンラート様も危ないかもしれないし」


「あの方はお強い。何も心配など要らないはずだ! 全く、王女様付きのヴァルキリーとはこうも性格が悪すぎるのか……」


 ルカニネとエイトールが急ぎ戻るとそこには敵の姿は無く、騎士団の者たちがアスティンとルプルの様子を黙って眺めているだけだった。


「ルカニネか! お前があの女を倒したのだろう? それと同じくらいに敵が引き揚げて行ったのだ」


「ってことは、やっぱり苦戦していたんだ? 危なかったですね」


「ぬぬぬ……何も言えぬ」


 その場にいる誰もが、横に寝かせていたアスティンの目覚めを待っていた。ルプルだけは必死に彼の手を握って、涙を流しながら声をかけ続けている。


「カンラート様、あの見習い騎士のやってることって……」


「何も言うな。お前はルフィーナのヴァルキリーだ。だから気になるとは思うが、頼む」


「ふーん?」


 それから数時間が経ち、日も沈みかけたときだった。アスティンの目はハッキリと見開き、目の前のルプルに気付いて声をかけようとしていた。


「……あ、あれ?」


「――アスティンさん」


「ルプ……」


 正気を取り戻したアスティンに向かって、ルプルは言葉よりも先に彼の頬を叩いていた。その手はそのまま、頬に残し……彼女にとって訣別の口づけを落とした。


「――えっ」


「好きでした。騎士としても、一人の男性としてもアスティンさんを愛していました。でもこれで、私の役目は終えたのです。どうか、このことをお許しください」


「ルプル……そ、そうか。ごめんね、キミが俺を戻してくれたんだ。ごめん」


「カンラート様、アレも黙っとけと?」


「う、うむ……目を瞑ってくれ、頼むルカニネ!」


「団長に免じて瞑りますけど、報告はしますよ? わたし、王女様のヴァルキリーなので」


「う、うぐぐぐ……」


 アスティンの恢復を確かめた騎士たちは、足早にその場から離れ、ルドライトへと引き揚げて行く。その場に残っているのは、アスティンとルプル、カンラートだった。


「ルプルよ、よくやった。お主はルドライトに戻り他の見習い騎士と同様に宿場で休め」


「は!」


「え、ルプル?」


 アスティンの声かけに、彼女は返事も返さず、背を向けたままルドライトへ戻って行った。


「アスティン、平気か? そのな……その」


「カンラート。僕はずっと、ルフィーナを想いながらも、彼女たちのことを片隅に置いていた気がするんだ。だから、その心が消えてなくなったのは僕にとってはいいことだったのかもしれないんだ。僕に残された最後の想いはルフィーナだけ。それでいいんだ。もう、フィアナ様もシャンティも僕じゃないんだよ。だから、ごめん。僕のせいでみんなを巻き込んでしまって」


「ア、アスティン……お前」


「ルプルにも辛い思いをさせてしまった。僕は見習い騎士たちを部下に置く資格は無いよ。だから、カンラート。団長があの子たちを自由にしてやって欲しいんだ」


「……分かった。と言いたいところだが、それを決めるのはお前の大事なあいつだ。彼女の判断に任せるしかない」


「そ、それで、ルフィーナは?」


「まだだ。だが、ジュルツに戻れば何かが変わっているかもしれん。お前は体を休ませるがいい。俺たちは、しばらくこの地に残る。休んだのち、お前と見習い騎士、マフレナとでジュルツに戻れ」


「うん、分かったよ。ありがとう、カンラート」


「礼には及ばん」


「立てるか? いや、俺がお前を抱えてやろう!」


「頼もうかな。兄騎士……兄のカンラートに」


「ああ、任せろ。ゆっくり休め」


 ルフィーナ……僕にはもう、キミだけなんだ。僕がキミを一生、守るよ。ラケンリースに誓って。

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