128.アスティンの愛しきひと
わたしとアスティンが13歳の時、お互いに離れて行動する試練を課せられた。わたしは騎士カンラートと、アスティンは何も知らされずに、ヴァルキリーであるシャンタルと行動を共にすることになる。
アスティンはとても優しい男の子。それは彼の心そのものでもあった。そんな彼とシャンタルの出会いは、その後のアスティンの運命を大きく変えることになる。わたしも彼も知る由も無い、そんなお話。
「貴様! 我をその辺りの女と同列に見ているようだが、そんな甘ったれた性根は我が鍛え直してやる!」
「ええっ!? そ、そんな……シャンタルさん」
アスティンにとっては全てが新しいこと。厳しさを緩めないシャンタルとは常に行動を共にしていた。その近さはやがて彼と彼女の信頼を高め、お互いの心が惹かれ合うようになっていく。
「ルフィーナ姫に見合うように、我がアスティンを鍛えてやらねばならぬな」
シャンタルとアスティンは、わたしのお姉さまでもあるフィアナお姉さまの国へとたどり着く。アスティンにとって、この国の出来事が一番の試練であり、ここから彼女との絆が深まっていったのは間違いじゃない。
「シャ、シャンティ。俺はフィアナ様のお役に立てたのでしょうか……?」
「……ああ。存分に我の胸で泣け。そして我の口づけは貴様の墓まで持っていけ」
想えば想うほどに、アスティンの心は居場所を狭めて行く。厳しかったシャンタルも、時を経るごとにアスティンの心に惹かれ、頑なで気を許すことの無かった気持ちが次第にアスティンに寄っていく。
……そして、その想いは遠き地にいる人よりも、愛しき想いへと変わっていく。
「私はお前を愛しているんだ。だが、この心を国に持ち帰ることなど許されぬ。私の心の奥底に沈め、私は愛していた証を未来永劫において、封じることにする。許せ、アスティン」
「そ、そんな、どうしてだよ……俺だって、俺もシャンティを愛しているのに」
「なればこそ、剣を抜け! お前の想いは我が受け止めよう。その想いを剣に込め、想いをぶつけるがいい。お前も我もあるべき姿に戻らねばこれから先、生きてはいけないのだ」
アスティンの心はルフィーナではなく、シャンタルに在った。それは紛れも無い事実。それでも、幼き頃の運命はその想いをも打ち砕き、そして彼は迷いの心を取り去った。それがアスティンの心残り……。
「フフフ……そう、アスティンの想い人は長い間、ずっとその人に置いていたのね。それではあなたのその辛い恋と辛い想い、忘れなければならなかった彼女への心を頂くとするわ」
「あ、ああぁ……フィアナ様……シャンティ――僕、僕の……想いが」
「悲しむ必要はもうすぐ無くなるわ。アスティン、さぁ、あなたの最後の心をわたくしにお見せになって」
惑わしのラーケルにより、アスティンの心に秘めていた二人への想いは、薄れながら消えて行こうとしていた。残る心と想いは、一番強く、忘れがたき人……ルフィーナ。
「その人への想いが一番強いのね。それは素晴らしいわ。アスティン……あなたの心はわたくしのモノとなる。そしてあなたは我がレイリィアルの為に、尽くすだけの騎士となるの。フフッ……」
※
「ふむ、ではアスティン捜索へは俺とルカニネ、騎士団からエイトールと数名、そして見習い騎士ルプルで向かうこととする。近衛騎士マフレナとヤージ殿、アルトゥールと他の見習い騎士はこの町で黒幕を探すものとする。各自準備を怠るでないぞ! アスティンは我が騎士団の副団長であり、我が王女の盾だ。失うわけには行かぬ」
「話が長いなぁ。私、先に行ってますから」
「お、おい!」
「くっ、ヴァルキリーはどいつもこいつも勝手に判断しおって」
「ではカンラート殿。わしたちも出るとするぞ。お主たちも気を付けるがよい」
「は、お任せを」
騎士団長のカンラートは、副団長であり弟騎士のアスティンを救うため、新たに加わった騎士を除き、全ての王立騎士団を連れて来ていた。王女ルフィーナの為でもあり、妻でヴァルキリーのシャンタルの為でもあった。
「では我らも行くぞ。ルプルはエイトールの傍にいるがよいぞ」
「は、はい……」
「カンラート様、よろしいですか?」
「む? 何事だ」
見習い騎士ルプルから少し離れ、エイトールはカンラートに小声で相談を持ち掛けて来た。
「見習い騎士を連れて行くのは何故でございますか? ヤージ様によれば、惑わしの女はレイリィアルからの刺客とのことではないですか。そんな危険な所に同行させるなど、恐れながら承知できませぬ」
「お前の言うことは正しい。が、あの見習い騎士はアスティンの部下だ。そして慕っている者なのだ。彼女を連れて行くことに何か意味があるのかと思った。ここには王女やシャンタルがいない。それであれば、アスティンに声を届けられるとすれば、あのルプルしかいないと俺は思っている」
「し、しかし敵が待ち受けていた場合は守り切れません。たとえ自分の傍にいたとしてもです」
「案ずるなエイトール。実はルプルだけは、アスティンやハヴェルたちと共に他国に同行した者でもある。他の見習い騎士よりは場数を踏んだ騎士と認められる。これはアルヴォネン殿からも強く推薦されたことだ。すまぬが、敵がいた場合は出来る限り彼女を守れ! 彼女の役目はアスティンを戻すことにある」
「そ、そういうことであれば、お任せください。自分もアルトゥールもずっと国内でくすぶっていた一人にございます。アスティンをレイリィアルに渡すわけにはいかないこと、重々承知しております。自分はその重要な役目を果たしてみせまする」
「ああ、頼んだぞ」
「はっ!」
可愛がっている弟騎士アスティンを失うわけには行かない。強さでは敵わなくなったカンラート。それでも自分は騎士を統率する団長である。必ず弟を正気に戻し、無事にルフィーナに会わせることを自身の心に強く誓って、宿場を後にした。
「アスティンよ、たとえ辛い恋心を失っていようと、ルフィーナだけは忘れてはならんぞ。ルフィーナにはお前しかおらんのだ。もはや、俺では駄目なのだからな! 心を簡単に失うなよ、弟よ」




