125.協同の淑女たち
「シャンタル様、騎士団の筆頭者が揃いましてございます」
「分かった。我は陛下にこの事を伝えて来る。お前たちは馬車と馬を用意して待機しろ」
「は……仰せのままに」
やはりとも言うべきか、わたしを救うためにシャンタル自らが指揮を執ってミストゥーニに行くみたいね。でも駄目よ。あなたにはヴァルヴィアがいるのよ? セラに任せていても安心ではあるけれど、わたしの為に子を放置してはいけないわ。
王の間にはお父様、お母様、ディーサ様がシャンタルの言葉を聞く為に残っていた。
「ヴァルキリーよ。そなたがルフィーナを救うために動くというのか? ではこの城は誰が守るというのか」
「ご心配には及びません。アルヴォネン様や、守護騎士たちがおります。ですから我が……」
「認めぬ。王女のことを想う気持ちが強いのは認めている。だが、お前はジュルツの要だ。ヴァルキリーが付いて行くのは認められぬぞ」
「こ、此度のこと、いかに陛下であっても譲りたくありませぬ! ですから我が」
「いいえ、シャンタル様はルフィーナ王女をお救いすることは出来ませんわ。あなたは王族ではありません。ミストゥーニにおいて、王女をお救いすることの出来る谷へ行けるのは王族のみなのですわ」
「なにっ!? わ、我は皇族ぞ。王族と同義ではないのか?」
「シャンタル。あなたは皇国の皇女でした。それは陛下からも聞いておりますわ。しかし、ヴァルキリーとなった時に身分や立場、全て捨ててその身をジュルツに捧げると言ったのは偽りですか?」
お父様から聞いたことのあるお話。ヴァルキリーになるには生まれた国や、そこでの身分……過去とは決別をして、国の為に力を手に入れるということを聞いたことがあった。
シャンタルお姉さまは確かに、ディファーシア皇国の皇女だった。わたしもその国を見たからこそ、認められる。だけれど、お母様の言うことが正しいとするならば、確かにわたしのことではなく、ジュルツの為に動かなくてはならないわ。
それにしてもミストゥーニのあの谷底には、そんな条件があったのね。それともわたしが行った場所には、王族しか入れないような術でもかけられているのかしらね。
「く……し、しかし我以外に、王族に近しい者はおりませぬ」
「ふ、目の前にいるではないか。わしは陛下で王妃もいるぞ?」
「恐れながら、アソルゾ様とビーネア様では谷に下りられませんわ。霧の谷は正当な王の証を持った者、そして、心の強さが必要なのですわ」
「ぬ……それは」
意外に厳しいのね。騎士の中で王族なんていたかしらね。
「わたしが行きます。ルフィーナと友の契りも交わしました。条件は通るはずです。そうですよね?」
レナータ! そうよ、彼女がいたわ。しかも王国の王女だわ。わたしのことで彼女を悔やませたのは、本当に申し訳ないわ。それならもう、レナータに全てを任せるしかないわ。
「お待ちしていましたわ。レナータ様。きっと来て頂けると思っていましたわ」
「――全てお見通しだったのですね」
「ルフィーナ王女と関わったことで決まっていた……それだけのことですわ」
「……」
「とは言え、レナータ様にはお覚悟を求めますわ。王女の証と資格、これをあなたは失ってもそれでもルフィーナ王女をお救いしますか? 我がミストゥーニの谷底はそれを奪います。奪われてもなお、ルフィーナ王女……いえ、ジュルツに尽くすのですか?」
「勿論です。わたしはジュルツの騎士ハヴェルにこの身を捧げた身。ハヴェルがわたしと一緒に暮らすことになっても、ジュルツを捨てるわけではありません。彼と共に生きるわたしも王国では無く、ジュルツの民として尽くすのは当然なのです。ですから、わたしを行かせてください」
わたしよりも強い、それが王国の王女だったレナータだわ。友誼を結んだ時から運命は決まっていたのね。
「……レナータとやら、我のルフィーナ王女の目を覚まさせてくれ。目を覚ましたら、真っ先にジュルツに戻る様にしっかりと言って欲しい。寄り道することは我が認めぬとな」
「ふふっ、そう致します。眠っていても、彼女はあなたのことをずっと見ていたと思います。その彼女があなた、シャンタル様の言うことを聞かないわけにはいかないと思います」
「そうだな。では我は、レナータに同行させる騎士を決めてくる。先に失礼する!」
「はい、お願いします」
「どうやら決まったようですわね。さて、レナータ様。本当によろしいでしょうか? あなたのその力……」
「王国を出た時には覚悟をしていました。港町での水魔法は守るためであったとはいえ、使ってはいけなかったのです。ですから、わたしはそんな負担をかけさせるような魔法は無くてもいいんです」
「分かりましたわ。それでは、騎士様たちが整い次第、ミストゥーニにおいで下さいませ。わたくしは先にお待ちしておりますわ」
あら? ディーサ様が消えてしまったわ。本当に不思議な女王なのね。
「マジェンサーヌ王国のレナータ様。娘を頼みますわ」
「わしたちはすでに退位した身。ただの親に過ぎぬ。これからのことは、ルフィーナに託した。我が娘の目を覚まさせるための重責を負わせてしまってすまぬ」
「いえ、これも運命なのです。王国を出たわたしはすでに王女ではありませんが、その資格と証がまだ使えるのでしたら、ルフィーナの為に喜んで使います。どうか、ルフィーナの帰りを心安らかにお待ちくださいませ」
これでわたしも目を覚ませることが出来るのかしらね。覚ましたらジュルツに真っ先に……アスティンは今は大丈夫なのかしら。
「テリディア、セラ、アグスティナ。お前たちでレナータを守れ。テリディアはルフィーナの馬車に乗れ! セラはレナータを守れ」
「シャンタルは行かないのか?」
「行かずともよいのだ。我は城で王女の帰りを待つ。待ちながら騎士と民の不安を払拭しておくことにした。それが王女の為であるのだからな。セラよ、お前はミストゥーニで王女を守れ。出来るだろ?」
「おうよ! あそこで姫さんを守った時から、あたしの運命は決まったようなもんだったのさ! 今回の事もそうなんだろうさ」
「わ、わたくしがルフィーナ様のお傍に……シャンタル様の分までお傍におります」
「じ、自分がご同行出来るとは思っていなくて、でも、ルフィーナ様のお目覚めの為に確実に務めてみせます!」
「ふ……頼んだぞ、お前たち」
『はっ!』
ようやくなのね。ようやくわたしも目覚められることが出来そうなのね。さて、わたしの愛するアスティン。あなたの心は今頃どこにあるのかしらね? 眠ってしまった前よりも、もっと強いあなたでいてね。




