122.アスティンと過保護な騎士団
「あ、あの、ところでラーケルさんは誰に追われているんですか?」
「ラーケルと呼んで欲しいですわ。わたくしもあなたのことはアスティンと呼びますわ。よろしくて?」
「……な、何だか似てるなぁ」
口調も態度もわたしに似ている。それだけのことなのに、アスティンは出会ったばかりのラーケルが気になって仕方が無くなっているのね。煩いのアスティンは恋をしてしまうのかしら?
「それじゃあ、アスティン。町を出て、散歩でもしましょ?」
「え? あの、誰かに追われているんじゃ――」
「――しっ! いいこと、アスティン。この町へは実はお忍びで来ているの。わたくしの敵……じゃなくて、お友達たちがわたくしを探し回って困っていたところなの。だからアスティン、いずれ見つかるけれどわたくしと寄り添うように歩いてくださらないかしら?」
「え、でも……僕には」
アスティンが躊躇う前に、ラーケルはアスティンに体を寄せながら、涙を見せていた。
「な、泣かないで、ラーケル。よく分からないけど、でも、誰かが涙を見せるのは嫌なんだ。だから、僕で良ければ君の力になるよ」
「あ、ありがとう……アスティン! ふふ……」
抱きついて来たラーケルの近さに緊張をしていたことに加え、彼女のか細い泣き声を聞かされては、さすがに放っておくわけにはいかない。そう思ったアスティンは、黙って頷くしか出来なかった。
ルドライト裏通り――
「あーちくしょう! 若いねーちゃんが見当たらねえ! アスティンと一緒に探すべきだったか?」
「ドゥシャン殿! ここにおられたか。至急、宿場に戻られよ! 副団長アスティンが行方知れずだ」
「なっ!? ヤージ殿、それは本当ですか? アスティンは表通りを歩いているはずなのですが……」
「い、いや、町中には姿は見えぬ。恐らく奴の仕業……とにかく、共に戻りましょうぞ!」
「か、かしこまりました」
大騎士ヤージと、騎士ドゥシャンは裏通りを後にしてジュルツの騎士たちが待つ宿場へと急いだ。
「さぁ、アスティン。どうやら追っ手はどこかへ走って行ったわ。外へ行きましょ」
「うん、ラーケル。僕に出来ることがあるならキミの助けとなるよ」
「いい子ね。アスティン、あなたならきっとわたくしの……」
「何か言った? ラーケル」
「ううん、何でもないわ。まずは湖に行きましょ」
宿場では近衛騎士マフレナを始め、ルカニネ、見習い騎士たちが深刻な表情を浮かべている。特にルプルは、祈るようにしてアスティンを想っているようだった。
「遅い! ドゥシャン、あんたアスティンと一緒じゃなかったの?」
「途中まで一緒だった。けど、俺は裏通りを歩いてただけだ。あいつは安全そうな表通りを歩かせていたわけだし、俺には責任なんてもんはねえよ」
「全く、これだから使えない騎士って言われんのよ!」
「ルカニネに言われたくねえな。お前もヴァルキリーの中じゃ活躍出来てねえだろうが!」
「は? 誰がそんなことを言ってるのか、答えてみろっての!」
「おふたり、静まりなさい! こういう時こそ、騎士は落ち着いて行動をすべきです」
近衛騎士マフレナの注意と同時に、大騎士ヤージが口を開くと一同は驚きを隠せなかった。
「若き騎士たち、少しよろしいか? 実は事前に伝えていなかったのだが、支配下であるルドライトには惑わしの女がいると聞いている。特に心が弱い者ほど、術にかかりやすいのだが……アスティンは弱っていたということで間違いないかな?」
「き、きっとそうです。彼はルフィーナ様のことをずっと煩っていましたから。だから恐らくは……」
「ヤージ殿、惑わしの女はレイリィアルと関係が?」
「うむ……確かではないが、惑わしてそのまま国の兵力に加えようとしていると聞いたことがある。アスティンのことだから、そう簡単には行かぬはずだが」
「それはまずいぜ。あいつはマフレナの言った通り、王女様に会いたい一心で周りが見えてねえ」
「だとするとよろしくない状況にございますな。このままではレイリィアルに連れて行かれる、もしくは付いて行く可能性が高いですな。すでに町中にはいない模様。ここは民に聞きながら、レイリィアルに向けて進むしか手はなさそうですぞ」
「しかし、やみくもに動いてもどこにいるか分からないのではないでしょうか? ヤージ様はかつて、アルヴォネン様とこの地に長くおいででした。何か心当たりはございませんか?」
誰もが口を閉ざす中、見習い騎士ルプルが遠慮がちに声を出した。
「あの、惑わしというのは恋をさせるということでしょうか?」
「ふむ……そうとも言えるし、そうでないとも言える。アスティンの心を弱くしているのが恋の病だとするならば、惑わしの女はきっとアスティンの想う理想の相手を演じることでしょうな」
「で、では私たち見習い騎士も、アスティンさんを探しに!」
「なりませんよ! あなたたちでは多勢の敵が出て来てはどうすることも出来ません。ここはヴァルキリーでもあるルカニネと近衛騎士である私が出るべきです」
「で、でも……」
レイリィアルにすらたどり着いていないにもかかわらず、副団長のアスティンが行方知れずとなった。それだけで、騎士たちには不安を隠し通すことは出来なかった。
「と、とにかく、俺はあいつの兄騎士だ。俺とルカニネがあいつを探しに……」
「その必要は無いぞ、ドゥシャンよ」
「カ、カンラート!? お、お前、何でここに?」
「俺もアスティンの兄騎士だ。未熟な弟を救う理由なぞ無かろう」
「お、おいおい……まさかお前、王立騎士団を連れてきたっていうのかよ」
「ふ……当然だ」
あらあら、カンラートったら……あなたも大概、過保護なのね。まさかわたしをほったらかして、王立騎士団を引き連れて行くなんて。これもアルヴォネン様のお考えなのかしらね。
アスティン、惑わされるのは構わないわ。だけれど、あなたを慕う騎士たちを泣かせては駄目よ。わたしは、ジュルツで眠っているのよ? ラーケルはわたしではないの……アスティン、目を覚まして。




