12.彼の背中越し
「ルフィーナ。俺に話って何だ? いや、言わずとも分かる気がするが……それについてはアレで許してもら――」
「お兄さま! わたし、決めたの。アスティンを大事にするって。だからお兄さまは、ヴァルティアお姉さまのこと、大事にするのよ? これはわたしとあなたとの約束! いいわね?」
「お、お前……また俺の言葉を遮りおって。約束か、いいだろう。お前と俺だけの約束にしよう」
わたしはもう迷わない。うだうだと言葉を続けてしまいそうなカンラートだったし、聞いたところで変わらないわ。
「お兄さま。わたし、行ってくるわね。どうか、ジュルツの民をお願いね」
「ああ、お前たちがいない間、俺とヴァルティアとでお前の国を護ってやる。好きなだけ暴れてこい! 我が愛しの妹、ルフィーナ王女よ」
これで想いを残すことが無くなったわ。国はお姉さまたちに任せて、わたしは外に出て行けるわ。
「ルフィーナ、そろそろ行こう?」
「アスティン! うん、行きましょ。それじゃあね、ヴァルティアお姉さま」
「あぁ、次に会うその時をわたしもアレも楽しみに待つことにしよう。最愛の騎士の傍で、世界を見て来て。そしてあなたは更に輝きを増すの。半端な気持ちで行っては駄目よ! いいわね、ルフィーナ」
「当然よ! わたしは王女ですもの。今よりも必ず、魅力を光らせてから戻るわ。またね、お姉さま」
外門には、ヴァルティアお姉さまと城の兵士の一部しか見送りに出て来なかった。お父様や、ロヴィーサ様は姿を見せることなく、静かな旅立ちでもあったけれどこれは、わたしの最大のわがまま。
むしろ、お見送りされると困ってしまうわね。
「さぁ、行くわよ! わたしの騎士たち」
『はっ!』
わたしは当然だけれど、アスティンの馬に乗った。彼が騎乗する馬にこうして、乗れる日が来るなんて夢にも思っていなかった。だからこそ、しっかりと彼にしがみついて彼の温かさをずっと感じていたい。
馬と言えば、わたしを誰の馬に騎乗させるかを最後まで争っていたのが、セラとテリディアだった。彼女たちはわたしに忠誠を誓って尽くしてくれている重臣。アスティンの馬にわたしが騎乗することは、相当に悔しかったみたいね。
そしてあの子、ハズナは嫌々ながらセラの腰に掴まっている。さすがにまだ一人で騎乗することは難しいみたいね。ハズナは騎士もアスティンも憎い存在みたいだけれど、わたしが近くにいる限りは彼らを傷つけないはず。そう願うほかないわね。
「いや~、俺だけジジイ騎士ですまねえな、王女様」
「あら、わたしはあなたのお髭がお気に入りなのよ? それにわたしのアスティンの直属なのでしょう。それならあなたが居てくれた方が心強いわ。ねえ、アスティン」
「うん。ハヴェルとはルフィーナ以上に、子供の頃から遊んでもらってたからすごく、嬉しいよ!」
「お前にそう言ってもらえると俺も嬉しくなるぜ! よろしく頼むぜ、アスティン、ルフィーナ王女」
「ええ、もちろん」
「ルフィーナ様、わたくしもあなた様を愛しく、そしてお守り致したく存じます。どうぞ、よろしくお願い致します」
テリディア・ジュリアート……新たなヴァルキリー。そう言えば彼女とはまだそんなに話をしたことが無かったわね。それでも、セラと同様に城ではずっと傍にいてくれた騎士なのよね。テリディアとハズナとは、時間をかけて仲良くしていきたいわ。
「テリディア……テリディとお呼びしても?」
「は、ははっ! 至極、光栄に存じまする。お好きなようにお呼びくださいませ。わたくしめは貴女様の騎士にござりまする」
まだまだ硬いわね。まるで初期のカンラートのようだわ。きっと教育はカンラートがしたに違いないわね。ふふっ、彼女もくだけた感じにしていけたら旅も楽しいわ、きっと。
「テリディか。さすがあたしの王女様だな。テリディ、あんたもあたしみたいにルフィーナ様の前だけでも、素を見せて行けばいいと思うぜ? その方が姫さん……ルフィーナ様もお喜びになる」
「は、セラ様のお言葉であればそのように努力致します」
「セラ、わたしのことは呼びやすいように呼んで構わないわよ? あなたが呼ぶ姫さんって響きがとても心地いいの」
セラとは出会った時からこんな気軽な感じだったし、畏まった話し方になってから少しだけ寂しく感じていたけれど、やはりこうじゃなきゃ駄目ね。
ハズナ……心を何故、わたしにだけ開いているのかは分からないけれど、成長と共に開いて行ってくれたらいいな。最後まで幼すぎる彼女を連れて行くのを躊躇ってしまったけれど、わたしの近くに置く方がいい気がしたのよね。国に留めて彼女が大きくなるまで待っていた所で、恐らくは国を抜け出してしまいそうなそんな怖さが垣間見えてしまった。
「ハズナ、馬は平気かしら?」
「……ん。平気です」
「まずは隣国に着くまでの辛抱よ。頑張ってね、ハズナ」
「うん」
あぁ、それにしても……アスティン。彼の背中だけ見ていれば、騎士様ということに何の疑いも持たないわ。いつからこんなに逞しくなったのかしら。あんなに頼りなく、わたしにいつも守られていたアスティンだったのに。
「……あなた、アスティン」
「んー? 何か言った?」
「ううん、何でもないの」
彼の背中越しで、彼に聞こえるか聞こえないかの声で、彼を呼ぶ。呼びたい……
「ルフィーナ、まずは隣国の……行きたくなかっただろうけど、あの国でいいんだよね?」
「そうね、まずはガンディスト国へ向かうわ! さぁ、行きましょ、アスティン。わたしの騎士様」




