117.騎士たちの感奮興起:後編
「お、おい、俺もか? 王女の庭に集うのは殆どが女性騎士ではないか。何故俺……王立騎士団も集わなければならないんだ? 俺はあいつらに何て言えばいいんだ」
「簡単なことだ。王女の為の騎士団は、これからの決意を表明しろとな」
「し、しかし王立騎士団だけは、そもそもが王の為の騎士団だぞ? 何を今さら表明することがあるというのだ」
「何だ、嬉しくないのか? 貴様らだけが男だけの騎士団なのだぞ。滅多に話すことも出来ない我らの騎士団と親交を深める機会なのではないのか? それに貴様らの王立騎士団は男だけだが、紅椿は違うだろう? 紅椿だけは新設されたばかりだ。挨拶を交わしておくのも団長の務めでは無いのか?」
「くっ……そ、それはそうだが。何故こうもルフィーナに従う騎士は女性ばかりなのだ? ジュルツは昔は男の騎士で――」
「貴様と下らぬことで時間を費やす余裕は無い。とにかく、貴様は奴等に伝えに行け。朝は早い。叩き起こしてでも集めろ!」
「わ、分かった。では俺は行く」
「さっさと行け、阿呆が」
あらあら、いつになくシャンタルが荒れているわね。でも言葉はキツいけれど、カンラートと話をする時の彼女はとても楽しげなのよね。たまにはああした会話もしてあげてね。
それにしてもわたしの為の騎士団は随分と増えているのね。確かお父様の時代は、カンラートの言う通り厳格な男たちで城を警護したりしていたはずよね。アスティンを可愛がっていた騎士たちなんて、ほとんどがあのヒゲ騎士ハヴェルのような男ばかりだったと聞くわ。
いつから女性騎士ばかりになったのかしら。あぁ、わたしのお庭に勢揃いだなんて。眠っているわたしだけが見られないだなんて、本当に悔しいわ。
「ルフィーナ……お前の騎士団はもっと大きく、強くしてみせる。それまでゆっくり休め。愛しているぞ、ルフィーナ」
シャンタルお姉さま。悲しまないで……わたしもあなたが好きですもの。今は負担をかけてしまっているけれど、目覚めたら必ずあなたの為に頑張るからね。
ルフィーナガーデンと称された庭。ルフィーナとアスティンが幼き頃に運命的な出会いをしたお庭で、何度か落とし穴が掘られた場所でもある。現在は簡単に穴が掘れないようになっている。
「シャンタル様! 春光、春花、星光、星花。そして紅椿騎士団が揃いましてございます」
「ああ、分かった。後はアレの騎士団だけだが……待機しておけ」
「はい」
ジュルツ城の正面に位置する王女の庭には、国の為、王の為の騎士団が勢揃いを果たしている。ただ一つ、カンラート率いる王立騎士団だけが、居心地を悪そうにしながら庭の端で整列をしていた。
「むむむむ……何故俺らがこんな肩身の狭い思いをせねばならんのか。こういう時にアルヴォネン殿がいてくれたらきっと違ったはずなのだが……」
「団長殿、それは俺らも同じ気持ちにございまする。しかし滅多に揃うことも無く、近付くことの出来ない女性騎士団が間近にいるのは、圧巻でもあり嬉しくもございまする」
「エイトールとアルトゥールか。そうか、嬉しいのならばここにいる意味はあるということなのだな。しかし、気のせいか俺たちは注目を集めているように思うのだが、何故だ?」
「カンラート殿は、あのシャンタル様の夫ですから。恐らくは憧れを抱かれているに違いありませんぞ」
「そ、そうか。それは何とも照れるものだな」
男だけで構成された王立騎士団。団長でもあるカンラートを始め、その他の騎士たちはかつての騎士団長アルヴォネンからのメンバーでもあった。
アスティンやドゥシャン、ハヴェルも属していたはずが、主要な人物には決まった相手が存在していることもあり、残る騎士たちは出会う運命すらも与えられず過ごすしかなかった。それだけに他の騎士たちは心を躍らせて整列をしていた。
「アレがシャンタル様の……そして、ルフィーナ様の想い人だったカンラート様。確かに凛々しさはあるわ。でも他は厳しい方ばかりね」
「アスティンはルフィーナ様だし、ハヴェルはどこかの王女を見初めたらしいわ。ドゥシャンは彼女を追いかけているって……」
王立騎士団の面々と違い、女性騎士たちはそれぞれ厳しい視線を送っていた。彼女たちの基準はシャンタルやセラであり、全てルフィーナの為に存在している騎士団。王命が無ければ、王立騎士団と関わることは無いと思いながら、各自で思惑を測っていた。
「紅椿騎士団、ルヴィニーア・ジュリアートにございます。シャンタル様、陣頭の挨拶をお願い致します」
「分かった」
ルフィーナガーデンに集った騎士団を見回し、ヴァルキリーでもあるシャンタルは声高に宣言をする。
「我、ヴァルキリーと我が王女の騎士団! 貴様たちは此度のことを嘆き悲しみ、涙を枯らす日々を送っているだろう。だが、我が王女は輝きを保ち続け、強さを見せて来た。故に、今はゆっくりと眠られているだけに過ぎぬ。貴様たちが王の為に尽くすことこそが、我が国ジュルツの為になり、我が王女ルフィーナの為になる。その意志、心に偽りが無くば我の前で誓え!」
「ははー! 我ら6つの騎士団はルフィーナ王女、ジュルツの為だけにございます。身命を賭して、誓いを致します!」
カンラート率いる騎士団は戸惑いながらも、女性騎士団の誓いの言葉に従いながら、シャンタルに誓いを立てて、跪いた。
「な、なぁ、俺らも騎士団の中に含まれているのか?」
「6つと聞こえたからそうじゃねえのか?」
「う、うむ。そうだろう」
「おい! 王立騎士団! 何をこそこそとほざいている。まさか貴様らは、王女に背きの心を持つのか?」
「そ、そんなはずがないだろう! 我らは由緒ある王立騎士団だぞ!」
圧倒的に不利な状況の中、カンラートは何も言えずにいるしかなかった。それでも、ルフィーナの為に何かしたいという想いは一番にあった。
「むむむ……何も言えぬ」
「ほう? 中々に壮大な光景だな。カンラートよ、これはお主が集わせたのか?」
「これはシャンタルが……あ、貴方はアルヴォネン殿! お、お戻りになられたのですか?」
「うむ。遅くなってすまぬ。我が王女の為に、我が妻ロヴィーサと共に味方を集めて来たのだ。そして……」
シャンタルに跪いていて各騎士団たちは驚きを見せると共に、すぐにアルヴォネンがいる側に姿勢を正して、頭を下げていた。
「……皆の者、頭を上げよ。わしはすでに退位した身。お主たちの主はルフィーナただ1人だ」
「それでも、我らジュルツの者は陛下には頭を上げられませぬ」
「そうか、ではわしと妃は娘の寝顔を見に行くとしよう。アルよ、後は任せたぞ」
「うむ、早く行くがいいぞ」
ジュルツをつくり上げたアソルゾ陛下と王妃ビーネア。直接会えたことの無い騎士団の者たちは、驚きを隠せずにいた。ルフィーナ王女の為に戻られた陛下に拝謁出来たことは奇跡に近く、それだけにやはり、ルフィーナ様の為に尽くしたいという想いはますます強く、揺るぎの無い決意をする騎士たちでもあった。
「して、アスティンは発ったか?」
「は、すでに」
「そうか。攻め込んで来ぬとは言え、王女を守る為に向かわせるには都合が良かったのかもしれぬ。ドゥシャンも一緒なのであろう?」
「さようでございますが、何か?」
「レイリィアルからリーニズはさほど遠くない。そこからなら向かわせることも可能だと思ってな」
「リーニズ……フィアナ王女様の国ですな。ではそこに向かわせるということは、危険な状況なのでございますか?」
「そうでは無いが、ルフィーナ王女への罪の咎めは下さなければならぬ。そうであろう?」
「は……」
「奴はああ見えて真面目だ。おめおめと国に戻ることは無いだろう。それならば、フィアナ王女とベニートがいる国に向かわせるのも我の温情であるかと思ってな」
「さようでございましたか。それならば報せを致しましょう」
「うむ。この件はカンラートに任せた」
「は!」
集った騎士団たちの戸惑いを余所に、アルヴォネンとロヴィーサ。ふたりが率いる者たちはシャンタルの前に進み、彼女の前に対峙する。




