114.慨然のジュルツ国
騎士にして最強の強さを誇る彼。わたしの大事な人でかけがえのない最愛のアスティン。彼は今、静かに寝息を立てているわたしの隣にはいない。わたしは寝室では無く、王女の間に置かれた特別なベッドの上で眠っている。
生まれた時からずっと元気で活発、姫の時は生活の大半が彼へのいたずらで占めていたと言っても過言では無い。お互いの成長と共に数年以上も離ればなれ、想いと想い人が少しだけ違った時もあった。
だけれど、幼き頃に出会った彼はわたしのオヨメさん。初めて出会った時から、彼とずっと一緒に生きて行くのは決まっていた。王女を守護する騎士は常に傍に居続ける。それが守護騎士の役目でもあるし、何よりもわたしの旦那さま。それなのに、彼を悲しい目に遭わせてしまっている。
愛するわたしのアスティン、騎士様。目を覚ましたら必ず、きっと、絶対に、真っ先に口づけをしたい。
「シャンタル様、入室してもよろしいでしょうか?」
「名を名乗れ」
「春光騎士団所属ジネヴラにございます」
「いいだろう、入れ」
王女が眠る王の間は、ヴァルキリーであるシャンタルが片時も離れずに守護している。王女の深い眠りは当初、疲労から来るものだろうと誰もが思っていた。しかし日数が経っても目を覚ますことが無かった。
次第に騎士たちの不安が膨れ上がり、近隣国から腕の立つ医術士を呼ぶも、誰一人として症状を知ることは叶わなかった。それでも静かに寝息を立て、苦しむ姿を見せることが無い王女を見ることで、国の為、王の為に奮起する者はいても、悲しむ者など誰もいなかった。
「それで、何だ?」
「王立騎士団のカンラート様のお姿があり、各騎士団は安堵と自信を保っていますが、副団長であるアスティン様のお姿と、見習い騎士たちの姿を見かけていません。シャンタル様でしたらご存じかと思いまして参った次第です」
「アスティンがいないことで不安でも覚えたか?」
「いえ。ですが、アスティン様はルフィーナ王女の騎士であり、王婿にございます。どうして王女様の傍に付いていないのかと、我が騎士団はもとより、他の騎士団にも動揺が広がっております」
「そうか。各騎士団にまでそう映っているのか。アスティンと見習い騎士たちは密かな命じを帯び、すでに国内にはいない。我が王女の傍を離れるつもりはないがために、騎士団には事の詳細が伝達されていなかったということか。それはすまなかったな」
「い、いえ……シャンタル様が頭を下げるなど」
「では明朝、ジュルツの騎士団は全て王女の庭に集え。そこで今の状況とこの先における心構えを伝えることにする。その場には我と近衛騎士が立ち会う。それでいいか?」
「はっ! かしこまりました。私ごときのお言葉をお聞き入れ下さりまして、感謝の念に堪えません」
「よい、下がれ」
ヴァルキリーでもあるシャンタルお姉さまに全てを任せているのは、本当に申し訳ない事だわ。起きる手段が見つかればすぐにでも起きて、シャンタルを思いきり抱きしめてあげたい。一児の母でもあるのに、苦労をかけてごめんなさい。
「それでシャンタル。お前、子の面倒は疎かになっているんじゃねえだろうな?」
「それはない。確かに赤子の頃に比べたら離れてはいるが、我の子はアレよりも芯が強い。それはお前が近くで感じていることじゃないのか? セラ」
「カンラートよりは確かにな。だけど王女もそうだが、自分の娘もかけがえのない存在だ。それは忘れるなよ?」
「ふ……我の娘を大事そうに抱きかかえながら言うセリフか? お前だからこそ任せている。我の友でもあるセラフィマだけにな」
「ずるい奴だぜ、全く。しかし、アスティンの存在は大きかったんだな。確かに王婿でもあるけどよ」
「あいつはルフィーナの言う通り、女には不思議と人気を集める奴だ。我もお前もしかり。とは言え、立場を考えれば、団長のアレよりも副団長のアスティンの方に目を向けているのはどうかと思うがな」
「あたしらとシャンタル。騎士団……ジュルツにはかなりの数がいるはずなのに、それでも不安を抱えさせてしまう程の存在なんだな。あたしらの王女は」
「当然だ。ルフィーナなくして成り立たん。単に国を留守にしているのとは違う」
シャンタルお姉さまとセラの関係は、深い友情でもあるのよね。わたしの最初の友達はアスティンだったけれど、友達から運命の相手となってそれから夫婦になって……わたしが思っていてもきっと、セラたちは友達とは思っていないでしょうね。その寂しさもわたしの心の中にはあるのかしら。
「あの……ルフィーナに会いたいんですけど、扉を開けてもいいですか?」
「誰だ?」
「わたしはレナータです」
そうだわ。友達になったレナータがいるじゃない。本当はハヴェルと一緒に水都に住んで、そのまま会うことも無かった関係だったのに、こんなことに巻き込んでしまってごめんね、レナータ。
「マジェンサーヌ王国の王女だった者か。我が王女を呼び捨てとは、何事だ」
「友達なのです。友達関係に王女も何もないですから」
「なるほど。まぁいい……入れ」
さすがにハヴェルは一緒では無いのね。一緒に来ていてもお姉さまたちが認めないだろうけれど。
「ルフィーナが疲れのせいで倒れたこと、それと目を覚まさない原因はわたしにもあると思ってここに来ました」
「――なに? 何を言っている?」
「ご承知の通り、わたしは魔法王国の王女でした。港町でルフィーナを守る為に使ったのも魔法です。魔法は本来ならば、ルフィーナには無縁のモノだったはずです。アスティンのような騎士ならば、魔法であれ何であれ、何かしらの身構えをもって受けることもあるはず。ですけど、ルフィーナは違います。わたしのような王国の人間と出会ったことで、何らかの負担がかかっている可能性があるんです」
「出会うはずの無かった人間との邂逅か。だからといってどうする? お前がルフィーナを救えるとでもいうのか?」
「そこまでは……ですけど、王国に戻れば何かの糸口が見つかるかもしれないんです。だから……」
「駄目だ。認めぬ」
「ど、どうしてですか? わたしが王国の人間だから信用できないのですか?」
レナータ。それは駄目よ。あなたはハヴェルと一緒になるために国から出てきたはずよ。それをわたしなんかの為に舞い戻ってしまえば、またいつジュルツに戻れるか分からないのよ。駄目よ、そんなの。
「ルフィーナを友として想う気持ちは分かった。だが、お前はハヴェルと共になることを選んだ人間だ。それをのこのこと王国に帰るなど、お前自身はそれを認めるのか? それは眠ったままのルフィーナも首を頑として縦には振らぬだろう。お前の魔法は王女を守る為のものだった。それは我が見ても分かったことだ。そのせいでルフィーナがこうなったなどと、自惚れるな! 王女の原因は魔法などでは無い」
「ご、ごめんなさい」
「お、おいおい、シャンタル。言い過ぎじゃねえのか? 姫さんの友達なんだろ」
「誰もが嘆き、憂うことは同じだ。だがそれを、自惚れで解決するなど我もルフィーナも認めぬ。それだけのことだ」
「あ、あぁ……そうだな」
本当に一番涙を流し続けているのはシャンタル。眠っていても見えているわ。ずっと傍にいてくれるのですもの。どうか分かってね、レナータ。
「分かりました。それでは、せめて手がかりになるようなことを探したいです。きっと何かあるはずなんです」
「……いいだろう。ハヴェルと共に、城下の民に協力をあおげ。今は国外に出るのは控えろ。いいな?」
「はい。では、失礼致します」
レナータ、シャンタル、セラ……ごめんなさい。起きていなくても聞こえているわ。今の嘆きと憂いを、必ず消してあげるから、どうかそれまで耐えて頂戴ね。ジュルツを守護するあなたたちにどうか安らぎを。




