112.王と王女の誓いをもって
「……そうか、分かった。では俺が話すしかないな」
「それがよろしいかと存じますわ。仮とはいえ、数年は親子として表舞台に立たねばなりません。あの子が王女であるならば、いずれはそうしなければいけないことを、少しずつお教えしていくしかありません」
「仮初の親と王女の関係を築くしかないのか……それが俺の責任でもあるということなのだな」
「では、わたくしはそのことをお伝えして来ますわ」
「頼みます。ネシエル」
俺と草原国家の者たちとタリズ、そしてリーニズから連れてきた幼き王女は我が国ジュルツに帰還していた。道中において、いくつかの村や町がありそこでも数人の者たちを味方に引き入れることが出来た。
草原の王女でもあったリプルネシエルのおかげもあり、女性たちも数多く揃うことが叶った。ジュルツにいた貴族や王族と違い、国をどうにかしてやろうという気概を見せてくれたのは心強かった。
しかし俺には一つだけ、やらなければいけないことが残っている。リーニズの幼き王女をどうしていくべきかについてだ。俺とタリズがたどり着いた時には彼女の両親はすでに亡く、地図無き国の運命だといわんばかりの内乱が続いていた。
「ビーネアよ、俺はどうすべきだろうな? 俺もお前もあの子の親となり得るのか?」
「それでよろしいのではないでしょうか?」
「しかし民にはどう説明する? すでに王女ということになれば、ジュルツが成ったと同時に民に知らせねばならぬ。俺やお前の子として出すというのか? それではいずれのお前の子は王女と認められぬぞ」
「ごくごく側近の者にだけ知らせるだけでよろしいかとわたくしは思いますけれど、あなたは違うのですか?」
「それでは不憫ではないか! 俺が救い出してきたのだぞ? それなのに、民にも知られずに王の傍で育てて行くのか? あの子の運命は変えられん。だがせめて、表には出してあげたいのだ。どうすればよいのだ……どうすれば」
「わたくしの子がジュルツの姫となり、いずれは王女となる。それまでの間でも姉王女として認めて、育てて行くしかないですわ。もちろん、生まれて来るわたくしの子よりもしっかりとした教育と、親交のある人の関わりを持たせる必要がございますわ。それには信用のおける騎士を傍につけなければ……」
「国も血も繋がりは無いが、親として誓いを立てるしかないということだな。ではジュルツの正当な姫が育つまで、リーニズの王女を我が子として大事に育てていくこととしよう。お前もそれでよいな?」
「ええ、ジュルツの成り立ちと共に、あの幼き王女も育てて行けばいいのですわ。血の繋がりなど関係はありませんわ。あなたもそうなのでしょう? その為にも、亡国の助けとなれるような騎士を育てて行かなければなりませんわね。ふふ、忙しい事ですわね」
さすが妃となる娘だな。すでに俺よりも国のことと先のことを見据えているとはな。後は俺の覚悟か。
「リーニズの王女いや、フィアナよ。お前は私の子として、ジュルツで共に暮らして行こうぞ。約束しよう。お前が穏やかに暮らし、過ごし……成長を遂げた時には、必ず送り届けると」
「――はい、お父様」
言葉こそ少ないが、すでに王としての気品を備えている娘だ。俺と妃であるビーネアと側近の者たちとで大事に育てて見守っていくしかあるまい。
「ではフィアナ……」
俺は王として幼き王女へ誓いを立てた。跪き、幼き王女の甲に口づけを落とした。親と子、王と王女……血の繋がりなど関係なく、お前を守っていくと。そしていつか必ず、帰してやると。それがジュルツの誓いとなろう。
そして数年が経った。元々いたジュルツの貴族よりも、他国だった者あるいは皇国の皇女だった者たちがジュルツへの帰属を求めて集い、国を大きくしていくことに尽くしてくれるようになっていた。
俺よりもアルヴォネンの奴の方が明らかに貢献しているのだが、後で酒でも酌み交わすしかないだろう。
「お初にお目にかかりまする。我はアルヴォネン・ラケンリース。そして、ロヴィーサ・ラケンリースにござりまする。フィアナ様には我ら騎士団がお守り致しますぞ」
「そこの者たちが?」
「ええ、まだまだ気性が荒く、騎士としては未熟にございまする。ですが力がありまする。そして騎士としての心が備わっております。フィアナ様の近衛として交代で遣わせまするぞ」
「わ、わたくしめは、ラットジールのカンラートです。ど、どうぞ、よろしくお願い致す」
「カンラートですね? では、甲に誓いを……」
「は、はっ!」
「貴方は?」
「俺はベニート。アルヴォネン様配下の騎士。すまないが俺は皇族や王族が好きじゃない。だが、命令だ。あなたを守ってやる。そこのカンラートよりは頼ってもらっていい」
「な、何を言うか! 無礼者め」
「ふふっ、頼もしき騎士様ですね。カンラートとベニート。近衛は退屈でしょうけれど、よろしくお願いしますわ」
「お任せを」
「ああ、よろしく頼む」
「では早速ではありますけれど、地下へのお供をお願い致します」
「へいへい」
「ベニート! 失礼だぞ」
「構いませんわ。礼儀正しきことばかりが騎士の良さでは無いはずですもの。ですから、カンラートも硬くなりすぎないようにしてくださる?」
「ははーっ!」
「ちっ……」
騎士たちの成長と共に、フィアナも自身の運命を知りながら成長していった。俺は王として父として、フィアナのことを記した。誰にも触れられぬ地下の書物庫に納め、いずれの時まで守り通すことを決めた。
そして更に数年が経った。我が妃の子が生まれることを知り、それを機に重荷ではあるが語ることにした。
「……分かりました。わたくしが姉として姫をしつけます。それでよろしいのでしょう? お父様」
「うむ。フィアナにしか頼めぬ。すまない」
「謝ることなどありませんわ。わたくしはそういう運命なのですから」
「その……我が姫が成長の時には――」
「はい。それでも、だからといってお父様は陛下を置いて他にはおりませんわ。妹となる姫が困り、助けを必要とした時、姉として助けることを躊躇しませんけれど、それでよろしいのでしょう?」
「頼む」
幼き王女は成長を重ねるごとに、王としての風格が漂い明らかに周りとは違った雰囲気を醸し出していた。ぽっと出の王である俺とは比べものにならぬくらいに。
「フィアナ。俺と妃はいつかお前の国を訪ねる。その時は王女して迎えてくれ、我が娘フィアナよ」
「ええ、お待ちしています」
俺とアルヴォネン。そしてフィアナ。騎士と王、王女がジュルツを成らせた。この誓いは、永劫に置いて忘れ去るものではないことを約束しよう。
我がジュルツの為に。




