108.消えた国と王女の行方
「ぐあっ……」
「ふぅ……ふー……こ、これで終わりなのか?」
「油断出来ませんが、一通りの輩は追い払いました。しかし、甘いですな。殺さずに生かすなど」
「俺はタリズやアルのように強くはないからな。そこまで痛めつけは出来んよ。それに血を多く知れば、人心は容易く離れてしまう。そうだろう?」
「そうとも言えます。王がそういうお考えならばそれに従いますが、私は王では無く人の為に力を使いますよ。それでよろしいのですね?」
「ああ。それから俺の事はこの先、坊ちゃんとか、適当に言ってくれ。王ということは伏せたい」
「そうですな。では、ソルゾ坊ちゃんと」
俺はアソルゾ。ジュルツの国づくりをしている最中だ。騎士のアルヴォネンと違って俺は強くない。それを認めているからこそ、彼に付いて来てもらっている。いずれ彼にはジュルツの庭を整備してもらうのだが、その前に国づくりに関わってくれる人を探さなければならない。
王と王妃、騎士一人だけでは何も出来ない。騎士関係のことはアルに任せているからいいとして、俺に出来ることと言えば、タリズのような動きが出来る人間や、国を良くしたいという心を持った人間を誘うことだろう。
「アソルゾ様。この先へ進まれるおつもりですか?」
「何故だ?」
「この先はあのレイリィアル国の境界路になります。当然ですが、支配下の国や町はそういう人間しかいませんよ?」
「心配いらぬ。俺は寒い所には行かんよ。支配下といえど、本国よりはまともだろう? まぁ、そこよりも気になる国があってな。俺はそこを目指したい」
「消された国のことですか?」
「そうだ。そこも騎士が数多くいたと聞く。本当に消えているのであれば、人もいないはずだろう? 俺は実際にこの目で確かめたいのだ。そしてそこの人間を連れて行きたい」
レイリィアル。俺が生まれた時から聞かされていた冷酷の国だ。国として成立していないジュルツだからこそ狙われはしなかったが、この国の範囲にある国や村、町は支配されてしまった。
当然だがあの国と国交をしている所は無い。雪に囲まれながらも資源は十分にあるのだろう。人を恐怖で支配する国などあってはならない。俺や俺の国が力を付けたその時こそ、国王とやらに説教を試みたい。
消された国というのは、レイリィアルから離れてはいるが支配されるのを拒んだ国のことだ。騎士が多く、騎士ありきの国ゆえに支配されたくないと思ったのだろう。
問題はそれによってレイリィアル国周辺の地図から存在を消されてしまったことにある。地図になければ、旅の者も訪れはしないし、資源の調達ですらも困難になるはずだ。果たしてその国は今でも存在しているのかを俺は確かめたい。
「どこにあるか存じておいでですか?」
「地図に無いということなら、乗っていない場所を行けばいいだけのこと。そうであろう?」
「王らしからぬ賭けに出られる方なのですな。それであれば、私も付き合うとしましょう」
タリズは王としての俺では無く、人柄に惚れてくれたようだ。何であれ、彼は強い者だ。傍にいてくれるだけで楽しくもなる。
「ソルゾ坊ちゃん、お下がりください!」
「あ、あぁ」
気付かないうちに霧が立ち込めた場所に出た。俺は気付くことが遅かったが、タリズはすでに数人の輩に気付いていた。お供もつかぬ二人だけの道中は、賊にとっては格好の的。そこを狙われたのだ。
「あなたたちは、何用ですか?」
「金目のもの、衣服、全てだ。言うことを聞かなければ、剥ぐ」
「たった二人で出歩くとは、間抜けか?」
「出せ!」
どうにもこういう連中は多勢で脅すことを恥と思わぬらしい。確かにこちらはたった二人の男だ。それも若造に見えるだろうな。だが、相手が悪すぎた。
「ぎゃああ――う、腕が……」
「……おっと、力を入れすぎましたか? 失礼」
タリズの技は見たことの無い体術だ。剣や槍を必要としないのにも関わらず、襲い掛かって来る相手の腕や足は何かの力で捻じり曲がり、逆を向かせている。腕を斬ったわけでもないのに、賊の腕は赤紫色に変わり、大きく腫れ上がっている。思わず目を瞑ってしまいそうになるが、これが戦では普通にある光景なのだと思うしかなかった。
「それでは使い物にならないでしょう。お引きあれ」
「お、終わったのか?」
「恐ろしいですか?」
「ああ、いや、恐ろしい相手として思わせられれば、無闇に犠牲は出さずに済む。俺はそうありたい。まぁ、俺自身が血を嫌ってるだけなのだが」
「優しき王ですか。それもよいでしょう。さて、この霧の先に消えた国があるようです。そこではアソルゾ様も抗戦をしてください」
「お、俺もか? しかし俺の腕では……」
俺は剣術も少しは習った。王族はそういうものだからだ。例え王となり得なくても、それでも習うべきものは習わされた。実力などありはしない。
「その国は今でも交戦状態にあるようです。内乱が続いている国ということです。消えた国は自ら消えることを望んだ、ということでしょう」
タリズの言う通り、門をくぐったその時点で手持ちの剣を一時も下げることが叶わなかった。国の者同士で争っている所に、巻き込まれまいと抗戦するしかなかった。
「坊ちゃん! 城下町では不利にございます。小さな古城が見えますが、そこに逃げ込んで様子を見るしかありません」
「わ、分かった」
タリズの言う通りに古城に入った。その内部も酷い有様だった。何故身内同士が争うのか。この国に王はいないのか? そう思いながら生存の可能性を信じて探し回った。
「……ぁ、あぁ」
「だ、誰だ? 誰かいるのか?」
小さくてよく見えなかったが、体を震わせながら声を殺し、怯えながら俺を見ている者がいた。近付くと、幼き子だった。恐らくは次期王女。俺はすぐに分かった。だが言葉を失っている幼子をここで放置など出来るわけがない。だからこそ、連れてゆく気になったのだが……。
「怖がらなくていい。俺は敵ではない」
「リーニズ……」
「それがこの国の名か?」
幼き娘は首を傾げている。王女かもしれないが、そうでないかもしれない。自分のことが分かっていないのだろう。親である国王、もしくは王妃はどこへ行ったのか。しかし、この有様のまま王女となりうる娘を残していいものか? リーニズという国が正常になるまで、この娘はここに居続けられるわけがない。
「俺はアソルゾ。お前は今より俺の娘となれ。そして来るべき時が来たら全てを話そう」
「……」
「ここにおられましたか? む、その娘は……」
「ああ、リーニズの王女だ。だが幼すぎる。今のまま置いてはおけぬ。タリズ、いいか?」
「いいでしょう。責任をジュルツの王として持つのであれば、私は何も言いませぬ。今はここを出て、比較的安全な、ハベリーダ草原国に身を隠しましょう」
「あぁ、分かった」
「……」
消えた国リーニズで幼すぎる王女を保護した。俺のした行為は許されぬことかもしれない。だがいずれ必ず、この娘を王女として国に返したい。その為にも俺が王として国を何とかしていかねばならんのだ。そしてこの娘には人の温かさを知ってもらい、笑顔を絶やさない王女として育ってほしい。




