106.盟友アルヴォネンとアソルゾ
いたずらなお姫様ルフィーナと見習いの中の見習い騎士アスティン。ふたりの出会いよりももっと、昔の物語。ルフィーナの父、アソルゾ。アスティンの父、アルヴォネン、そして母、ロヴィーサ。
彼らの出会いと行方が、後に誕生するルフィーナ王女と、騎士アスティンの物語を彩ることになるなんて、その時の彼らはまだ知らない――
「誰か、そこにいるのか? 姿は見えなくとも俺には分かるぞ! 出て来て声を聞かせてみろ」
「……去れ、男!」
「女子か。名はあるか?」
「男に語る名など無い。去らねば地に這いつくばらせてやる」
名乗らぬ女は、今すぐ襲い掛かって来ようかと言わんばかりの鋭い眼光を、俺に突き刺し続けている。武器を持たぬ女に恐怖など感じる俺では無かった。だが、先程から鳥肌が一向に収まる気配が無い。これは何だ? 何を怖れているというのだ。各地を旅しながら、強者どもと剣を交えて来た俺が身震いを起こしているというのか?
「女が名乗らぬのであれば、俺が先に名乗ってやろう。俺は南方に位置する国に身を置くアソルゾ・ジュルツだ。女はどこから迷い込んだ? この地にその怖れの気配は不必要だ。この先に行かせるわけには行かんぞ」
「退け!!」
名も無き女の叫び声とも取れる怒声は俺を油断させた。その隙に自分の脇から、国への境界路に足を踏み入らせてしまった。
「くっ!? あ、足が竦んでいただと……? くそっ、俺の……俺の国に入らせるわけには行かねえ」
足の動けぬ俺の肩に手を置く騎士。こいつの言葉には重みがあった。この騎士がいたからこそ、俺は騎士の国づくりをしようと思い立った。見た目こそ優男そのものなのだが、全身から何者にも負けない強さがひしひしと伝わってきやがる。
「ふ、情けない奴め。お主はそれでも国王になろうとする男か? そんなことでどうして騎士の国づくりが出来るというのか。だが、馴染みの友を見捨てるほど情の無い我では無い。国に入られずに、まずは追い払うとしようか。お主は国に戻り、愛しき彼女を見守っておればよい。後は我に任せろ!」
「あぁ、頼む。俺の自慢の友、アルヴォネン。名も無き女を捕らえたらお前の好きにしていい」
「……無論だ。捕らえるまではお主の国には戻らぬ。再びの戻りまでお主は整えをしておくことだな」
「分かった。お前のことだ、心配など無用だろうが、戻って来た時には盟約を交わすとしよう。いいか?」
「いいだろう。ではな!」
俺では到底敵いそうになかった名も無き女は、アルヴォネンに全てを任せるとして、俺は城の庭を彩ってくれる庭師でも探しに行くとしようか。ジュルツは俺が必ず、いい国にしてみせる。いつかの為に。
ジュルツを騎士国とするには、それに見合う国にしていかなければならない。それにはやはり、騎士の為の宿舎、鍛錬場、そして広すぎても困らない城と庭だろう。元々王族貴族が集っていた地ではあったが、国として成立はしていなかった。
自然を背にした城を建て、多くの騎士たちの癒しの地となれば、俺が作った国は永遠に続いて行くのではなかろうか。各国を巡り見つけた、才に恵まれた人や力を与えられた者たちを何としても留め、ここを永住の地として認めてもらわねばならない。そうでなければ先を見据えた戦いなど到底叶わないだろう。
「アソルゾさま、どこかへ行かれるのですか?」
「あぁ、俺はこの国を強くしたい。その為にも、才ある者と力ある者たちをここに連れて来たい。お前と共に行きたいが、お前は戦えないからな。多少の剣術をかじった程度の実力でも、俺が自分で見つけるしかないだろう。友のアルヴォネンはすでに発ってしまったからな。俺もうかうかとしてられん。留守を頼めるか?」
「留守というには心もとないでしょうけれど、わたくしも貴族の生まれ。あなたの帰りをお待ちしていますわ。あなたが戻らなくても、途中で庭師を見つけてお庭を作って下さいね?」
「分かった。庭から輝かせるというのだな? いいだろう、ジュルツの城と共に庭も目立たせるように頼むとしよう。では行ってくるぞ。健やかに過ごせよ、ビーネア」
「言われなくとも、過ごしますわ。どうぞ、途中で気の迷いなど起こしませぬよう……」
「起こさぬよ。では行ってくる」
何とも気の強い女だ。だからこそ直ぐに惚れこんでしまったのだが、あの気位の高さは恐らく崩れることが無いだろう。ビーネアと共に過ごし、いつか必ず、彼女の新たなる息吹を芽生えさせてみせる。
名も無き女の行方を追いながら、訪れたことのない地を進むアルヴォネン。騎士としての腕は出会った時から目を見張るものがあった。彼の国は、遠き地にあるようだが、友となった今でも国の名を教えてはくれなかった。
「我は生まれの国を出た時に誓いを立てた。自らの意志で出ると決めたのであらば、二度とその地を踏まぬとな。国の名など我はおろか、お主にも名乗らぬよ。たとえ伴侶となろう相手であってもだ」
「頑なではあるが、誇り高い騎士の国ということは想像に容易いな。ならば、俺もお前が出て行きたくなくなるような国をつくってみせる。アルヴォネン、お前の強さと誇りを伝えて行け。期待しているぞ」
「よかろう」
友として、尊い騎士として期待を背負ったアルヴォネンは、ジュルツを離れ、霧の国を訪れたのちに、イディアラ国に足を踏み入れていた。供をする者などいなく、頼るは女の通り跡。いずれの決着までに、自らをも奮い立たせ、毅然とした態度で他国の地を巡っていた。
「アルヴォネン様、イディアラ国で騎士をしてはいただけないでしょうか? 貴方の様な方は他におりません」
「そなたの国に騎士の様な輩は必要なかろう。その力を後世に伝えて行くがよい。もし存分に発揮したくば、南方のジュルツを目指すがよかろう。ジュルツに戻った時には酒でも酌み交わそうぞ!」
「分かりました。イディアラの力をジュルツに使わせていただきます」
「うむ。ではな、シェスティン」
「はい。わたしの力を認めて頂き、光栄ですわ。騎士たちも弓術を必要とすることでしょう。わたしはそれをお伝えしていきます」
友のアソルゾとは別に、自分の国として認めたジュルツに、有望な人材を向かわせていくアルヴォネン。計り知れぬ人望を備えた彼の旅の行く先に恐れるものはない。
非力な俺が何度挑んでみても敵うわけが無かった。だからこそ駄目元で誘ってみることにした。彼の様に自らの気を支配している術士には感銘を受けた。その彼なら、よりよくしてくれると考えていた。
「腕っぷしで敵わぬ私に頭を下げてまで願うこととは何ですか?」
「あなたのその実力を我が国の為にお教え願いたいのです。まだ力無き王ではありますが、どうかお力添えを」
「なるほど、国王が他国巡りで国づくりをしているというのですな。しかし私はキヴィサーク国に仕える身。申し訳ないが、あなたの国に仕えることは出来ません」
「で、では、国ではなく、人や人じゃないものに対してではどうでしょうか?」
「ふむ……? 国王にではなく、国王の御子ということですか? それと人じゃないもの。すなわち植物か動物か。そうですな、それでしたらその御子が国を背負って立つその時まで見守るということでよろしいですか? それと植物相手ということでしたらば、庭師としてお世話になるとしましょう」
「ありがとうございます。体術の達人であるタリズ様であれば、今の御姿をも変えることが出来ましょう」
俺はジュルツの国づくりの為に、他国を巡っていた。だが、騎士でもない俺はアルヴォネンのように戦いなどで人望を得られない。多少ごときの腕では敵わぬことの方が多いのだ。他国を訪れ、王としての威厳を見せつけては人は寄り付かない。だからこそ言葉遣いにせよ、接しの態度にせよ、礼節をわきまえねばならぬと感じていた。
名も無き南方の国を騎士大国として世に馳せる為には、王として動かねばならぬ。これは必要なことなのだ。人脈を得るには国に留まり続けていては、駄目なのだ。
まだ生まれの予定など聞いていないが、国の姫として望む子が出来るという兆候を聞かされた。それならばなおのこと、子が生まれる前に国として成立させておかねばならない。その為にも俺とアルヴォネンとで、よしみの国や、見知らぬ国を巡るしか方法は無い。
俺は国の内を、アルヴォネンは外を固めて行く。それこそが理想の国づくりなのかもしれない。




